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TEAM T.K.m 我々Team T.K.mは、ライダー木村を中心としたバイク好きの集まった 本物の手作りプライベートチームです。 一年の中心を8耐に置き、一年がかりで"8耐完走"を目指す色んな人達の集まりです。 レース運営資金もチーム全員でスポンサーを獲得をモットーに皆で頑張って活動しています。 何処のチームにも属さず、独自のレーシングチームを作りたいと思い、ライダー木村が結成しました。 他メーカー系のステッカーなど色々貼っていても一向に気にしません。 大きなチームでは考えられないような事を、手作りプライベートチームというメリットで好きにさせて頂いてます。 ![]() *こっから長いです。温かい目で見てくれる方はどぅぞ。 T.K.mが出来るまで… TEAM T.K.m代表・木村の本格的レースデビューは1988年中山サーキットでのSP400である。 最終目標はもちろん国際A級、そして夢の鈴鹿8時間耐久レースに出場する!! 1993年にはノービスの甲子園 鈴鹿4時間耐久レースに古巣でもあるRC甲子園から出場するが・・・ 途中、リタイヤに終わる。 この時既に「25歳で芽が出なかったら辞める!」と決めていた木村だが 予定より2年早い23歳に引退を決意する。 引退後は遊びやレジャーなどしまくったが何をやっても物足りなさを感じて日々を過ごした。 そんなある日、仕事仲間から「バイクのサンデーレースに出ないか?」と誘われ 迷いなくレースに参加した。時に木村は1997年・27歳であった。 しかし以前の様な気持ちではなく「趣味的にやろう!」と軽い気持ちで再デビュー。 当時、TIサーキット(現岡山国際)ではモトルネッサンスという西日本最大のサンデーレースが 大ブレイク中!!1番上のカテゴリー・ウルトラNKクラス(当時エントリー80台)にGSF1200を駆って出場 見事に1997年シリーズで敵なしのぶっちぎりで全戦優勝を果たし 1998年国際ライセンスに昇格する。 この頃から木村は昔果たせなかった目標、そして夢が芽生え始めたのである。 「国際に昇格できたら8耐やりたいなぁ…」 翌年、スーパーバイクを手に入れ8耐にエントリーが決まり、資金も何とか工面し 「今年こそ、夢を果たすぞ!!」と言っていた矢先に夏のメーカー走行会で大クラッシュ! 2か月の入院生活を余儀なくされる。 8耐出場を逃したが諦めきれず、2001年に苦労に苦労を重ね、やっとの思いで 監督兼マネージャー兼ライダーで夢である鈴鹿8耐に見事出場、そして完走! おまけにクラス優勝を果たした。 「どうせやるなら、一回で終わるのは嫌やな…」と思い 「8耐やるならチームシンスケの様に10年やりたいな…」 ここにTEAM T.K.mを結成したのです。 ちなみに T.K.mの意味は… Tは知博のT Kは木村のK mは木村の奥さんの名前・美恵子のmなのです。 TEAM Mの方が、いいのとちゃうか?と周りは言ってるらしいが… |
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