源義経、静御前

良い宇宙人と悪い宇宙人



NO 4879   

源義経、静御前 


千成記

ソラ情報です。

http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20030205143924


2003年1月18日(土)

源義経、静御前。

2003年1月18日  真夜中咳が突然でて目が覚める。


「咳を出して起きてもらいました。

吉野の者です。

(静御前?)

吉野の里のことをお知らせします。

私達の本当の意味をお知らせします。

私は本当はお姫様なのです。

思い出すのも辛く、並みのことではありませんでした。

足の長い人とはイスキリのことで、イスキリのことを足の長い人 (長髄彦?)*  と呼んでいました。

吉野に逃れてきた訳は、、、」

寝る。

* 【長髄彦】 = 外人で足が長い人をそう呼んだ。


来日したイスキリ (イエス) の仲間のユダヤ人の子孫の一人で誰の子孫かわかりません。

「海のイシカミが集まると言うので降りてきました。

私 (義経) はお寺に預けられました。

そこは鞍馬山で、支配星が降りた所です。

私は “源” と名乗りました。

あちこちの山に住んでいる人は星述べを信じる人で、私を応援してくれました。

静か (静御前) との出会いは忘れられません。

(伝説として) 皆が伝えてくれていることは正しいのです」

寝る。


「吉野の者のお話です。

私は “静御前” と呼ばれた者です。

私がイシカミのことを源の義経に知らせたのです。

義経はなぜ “源” と言うかと言うと、 星述べをする村の 白い木のものだからです。

いつものように星述べの者はいじめられ、義経も苦労させられました。

鞍馬山には金星のモノが降りていたのです。

それで義経は大きな力をもらったのです。

吉野のことは 辛くて思い出しても涙が出ます。

私が頼りにしていた義経は 遠くへ行かされました。

小さな我が子は 取り上げられました。

その時の辛さは 言葉ではあらわせません。

私達がなぜこのような辛い目に合わされたかと言うと、 八幡様のことを言ったからです。

八幡様は大国主の本当の家来で殺された人達だ、と言ったので怒られたのです。

(以前、嘘を教えられたタケルノミコトが大国主の家来を8人殺した・・と伝えられた)


(八幡様を拝むのでなく) イスキリという人のことを一生懸命言ったので、朝廷ににらまれたのです。

足の長い人 (イスキリ=イエス) が病気を治す本当の神様だと知らされていましたから、、、。 」


【ビジョン】

“目を閉じていると青い小さな星のようなものがたくさん現れる。

その後海に氷山が浮かんでいる模様が現れる”


「海のイシカミ達が空に登ったことをあらわす」 と。

「ソラのものが降りて話すように言いました。

私が (頼朝に) 一番嫌がられたのは、 病気を治すといわれる イスキリ をお祭りする神社にお参りするようにと、   (義経に) 言ったからです。

私は浜辺の国の姫でした。

(日本海丹後?)


それなのになぜ白拍子 (舞姫) になったかと言うと、 家にいた者から星述べのことを聞かされたからでした。

そして当時ときめいていた義経様が、 なぜ立派な家に行かれたかと言うと、 武術にたけていたので養子として行かれたと聞きました。

私は姫の白拍子ということで招かれたのです」

寝る。


「義経のイシキ (霊) です。

私は星述べの子孫でした。

星原では幸せに暮らす事が出来なく、小さい時にお寺にやられました。

そして今も知らされているように、とても武術にたけていたのは、  (金星のものに) 支配されていたからです。

なぜ源の家に養子にやられたかと言うと、今伝えられている事と違うのです。

星述べの私 (義経) が、源氏の始まりなのです。

私はお寺に行った時 (ひこばえ?の) 模様の描かれた着物を着ていました。

そのことを思い出しました。

弁慶は、イシカミ (を真似て作られた = 遺伝子操作された?) に似た大きい人 でした。

それで、今も伝えられているように強かったのです。

比叡山の化身でした」

「空海がイシカミを封印して困っている、と 吉野の山 (のイシカミ) に呼ばれたのです。

山彦が山桜の下に葬られたと知っていたので、 吉野の山にも桜を植えようと思ったのです。

それはイシカミの知らせでした。

星述べが忘れられないように一番努力した者です。

星述べの言葉を伝えました。

これから空に上って行きます」

白い光の波が次々と上から降りてきて、しばらくすると今度は白い光の波が下から次々上に揚がって行く。




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