宇宙の大元とその弟 | 仁徳天皇陵

良い宇宙人と悪い宇宙人



NO 4873   

宇宙の大元とその弟 | 仁徳天皇陵。 


千成記

ソラ情報です。

http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20030226112710


2003年2月26日(水)

宇宙の大元とその弟 | 仁徳天皇陵

2003年2月26日  真夜中目が覚めて


「広くて何もない宇宙は退屈でした。

白い木 (=稲妻) となって、地球に降りたその後の ホシノミナを眺めていました。

そして星原の家を出た時に、私も地球に降りようと思いました。

本当は人間に生まれてくるのが嫌でした。

それでも地球神なら良いと思い生まれてきました。

(私は)宇宙の大元です。

(以前にも宇宙の大元と地球神は同じ、と聞かされていました)


(私は)イシキの世界では大切にされましたが、人の道は険しく肉体は窮屈でした。

(肉体を持ってから) 一番知りたいと思ったことは、“ホシノミナはどこにいるか” と言うことでした」

寝る。


「私は山彦です。

宇宙の大元でもあります。

私は宇宙の大元ですが、人間として地球に降りてみようと思ったのは、 ホシノミナが降りている所 (=星原) が分かったからです。

それで その傍に降りようと思ったのです。

星原には、ノアの息子とヒミコの娘が一緒に住んでいました。

その2人の子供として降りようと思いました。

なぜかと、言うと2人のあることが気に入っていたからです。

2人は本当に愛し合っていましたし、イシカミ達と話が出来からです。

(私が)一番最初に作った射手座のもの (イシカミ) が地球に降りて、 どのようになっているか知りたいと思っていました。

学びの多い体験でした。

(私が学んだことは)宇宙の大元である山彦を滅ぼせば、 宇宙の大元の弟(たち)は、 自分(たち)が宇宙一になれると思ったということです。

それで大元の弟(たち)は人間に乗り移り、 しめし合わせて山彦を抹殺したのです。

そしてそれから先は争いが好きな大元の弟(たち)が宇宙を支配して、 争いを好む者達が世の中を支配して行ったのです」

寝る。


2003年2月25日  小指にサインあり。


「天皇家に伝わることは、仁徳天皇が伝えたことなのです。

それで仁徳天皇のお墓 (堺市の仁徳陵) に堀を築いて、 人が入れなくしたのです。

(明治に作られた?)


仁徳陵には、かつては自由に入る事が出来て、仁徳天皇を偲んでいました。

いつの日か仁徳天皇の素性が知れる時、意味が解かれると分かったからです。

あのお墓の形はギリシャ文字のオームの形と言いましたが、 それはイエスが日本に来た (イスキリと名乗った) ことと繋がるからです。

【オームの文字は “最後” と言う意味の記号である】 と、  白い木の子供 (仁徳) がイエスから教えられ、 “亡くなった後はこの形にして欲しい” と頼んでいました。

仁徳天皇の亡き後に仁徳天皇を偲んだ人々により、あのような大きなお墓が作られたのです」

寝る。

【(寝る)とは夜中にチャネリングが開始され、チャネリングが終わって、チャネリングで 聞いた内容を白木妙子さんがメモ用紙に 書き終えた後に眠いのですぐ寝ること (千成記)】


http://sora.ishikami.jp/cropcircle/index.php?id=23

クロップサークル

No.23

2001/9/28

星の中の王様、すなわちホシノミナです。

星型ばかり描いて悲しまれたので、明るい形にしました。




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