義経

良い宇宙人と悪い宇宙人



NO 4853   

義経  


千成記

ソラ情報です。

過去においてはイシカミの話をする者は皆殺されたようです。

http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20030121133658


003年1月21日(火)

義経。

                   


「義経は、子供の頃は金星 (のイシキが) 降りていました。

当時、金星は地球を応援する星でした。

金星はその後支配星の誘惑に負けて、 面白そうと支配する側に付いていましたが、今は改心しました。

金星の若者が言ったのです。

“他の仲間 (太陽系) と一緒に地球を応援しよう” と。

それで金星も今では地球を応援してくれるようになったのです。

そして金星は吉野のイシカミに “射手座に帰るように” と説得してくれたのです。

それで吉野のイシカミは義経に降りて、真実を説明するように言ってくれたのです。

大人になった義経には吉野のイシカミが降りていました」 寝る。

朝、何度も同じ言葉 【吉野の里に降る雪は、、、】 という言葉が出てくる。

「吉野の里に降る雪は、、私の愛する妻と子の血に染まっていきました。

義経です。

吉野の里で、静かと子供は殺されました。

なぜ殺されたかと言うと、静かがイシカミの言葉を伝えたからです。

“8まん” さまとは、 イシカミを信じる人 (=大国主の家来) が8人殺されたことを知らせています。

その (8人の) 人たちから伝えて欲しいと言われたことが、 “8まんだいぼさつ” と言わないで、“8まん” とだけ言って欲しいと言うことです。

それを聞いてお寺の人が、 “菩薩に文句をいう” と怒ったのです。

そして最初に子供が殺され、 次に静かが殺されたのです。

静かな吉野の里に慟哭の声が流れました。

大きな身体の弁慶が泣いていました。

意味を知ることなく私達 (義経と弁慶) は追われることになったのです。

私と弁慶は、その日のうちに吉野を抜け出しました。

それから有名な “安宅の関” を抜け出し、東北を目指しました。

東北なら、未だ仏教の支配がされていないと思ったからです。

けれどもそこで待っていたのは、 仏教に支配された若者でした。

弁慶は殺され、その後に金色堂が建てられたのです。

ようやく全てをお知らせでき、安心して眠れます。義経より」

 

 




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