エジプトの「太陽の船」、クロップサークル追加(十勝地方)

良い宇宙人と悪い宇宙人



NO 4823   

エジプトの「太陽の船」、クロップサークル追加(十勝地方) 


千成記


これ↓はエジプトの太陽の船の動画です。

http://www.youtube.com/watch?v=88Cyoo6kY9Q

ソラ情報です。

http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20030716002126


2003年7月16日(水)

エジプトの「太陽の船」、クロップサークル追加(十勝地方)

2003年7月15日

【太陽の船】

エジプトの砂漠から出て来た “太陽の船” は、 学説では、王が亡くなってから魂が乗る為に埋められたと言われています。

けれども実際に航海したらしい傷跡が残っていて、レバノン杉で作られ、外洋の航海にも耐えられる設計の船だそうです。

私も見てきましたが、とても大きく航海の傷がついているので不思議だなと、見た時に思いました。

船の全長は 43 メートルで、1224 のパーツで構成されていて、釘は一本も使われていないそうです。

その写真を見ていると、


「これは私達が作ったものです。

ユー族と呼ばれた者です。

そうです。

帆は張らずに人が漕ぎました。

大昔は人間の知恵だけでは何も出来ませんでした。

声が聞こえ言われるままにしていくと (船などが) 出来上がりました。

このように (腐らずに) しっかりと残っているのは、そこが砂漠になったからです。

なぜそのように砂漠になったかというと、地球の地軸が傾いたからです。

地球が余りに支配星 (地球を支配していたプレアデナイなど) に支配され、悲惨な世界になった為に、彗星を呼び寄せたのです。

彗星の衝突で大きな振動があり、海の水も割れました。

この時に世界中の海岸近くにある多くの町が沈みました。

私達の国は、“パレスチナ = パレス (宮殿) チナ (小さな)= 我が家がある国”  と呼んでいました。

そこにはたくさんの果物がなり、蜂蜜や食べ物がたくさん取れました。

又私達は大きな船を作る事が出来ました。

それで食べ物を売り、船を作る仕事をしようと言わば出稼ぎに行ったのです。

そして、仕事をしてお金を貰って家に帰ろうと思ったのですが、その当時のエジプトの王様は悪い人だったので、私達は家族共々捕らえられて奴隷にされたのです。

あの船をなぜあのような形にしたかというと、見張りに立つ時に掴まえる? ためです。

また上手に泳ぐ首の長い鳥を真似したのです。

実際に航海した傷跡のあるレバノン杉の船が、何故エジプトの砂漠の中にあったかという謎が解けたでしょう。

エジプトにもかっては大木はありましたが、虚しい事にミイラの箱作りに使われ、 船は作られていなかったのです。

私達 (ユー族) が船造りの技術と食料の輸出をしようとした最初の民族なのです」

十勝地方にも沢山クロップサークルが出来ているそうで、写真を送ってくださいました。

こちらは波打ったような模様になっているのは、上の方だけ倒した? のではないでしょうか。

日勝峠のイシカミのロボットが作ったそうです。

http://sora.ishikami.jp/image_dir/special/obi_crop03/index4.html




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