(3)永井博土救護報告6)
長崎医科大学放射線学教授の長崎市原子爆弾傷害時の昭和20年8月から10月までの間に於ける救護状態の報告書から引用する。
永井博士グループの治療は、大体、4項目にわけられている。
1)環境療法、
2)鉱泉療法、
3)自家移血刺激療法
4)一般療法
(a)外傷
(b)類火傷
(c)早発性血液障害
(d)早発性消化器障害
(e)遅発性血液障害
(f)フオーレル水の少量、肝臓野菜食療法、骨髄スープ、野菜としてはキュウリが多く用いられた。 果実として梨、柿がビタミン源として充分与えられた。 馬鈴薯、南瓜、冬瓜を副食物として、入院よりは家庭静養法を主としたので、栄養は充分であった。 別にビタミンC及びBの注射、高熱に対しては、フェナセチン、ズルファミン投与をしたが、無効であった。
(g)民間療法(医師の指示によらず)
柿の葉、ドクダミ、数珠玉、白南天、ロカイ、青紫蘇、ゲンノショウコ等の煎汁が多く用いられた。 酢を飲ませて有効だったという者がある。 また重篤な患者が最後だからと言って、日本酒を大量飲んで軽快したのもある。
この他には、日本では民間薬のまとまった報告はない。
(4)私の資料内容
その内容の大部分は、電話、葉書、手紙で報告されたものであるが、日常臨床の外来で聞いたものや原爆医薬史、新聞、小説「黒い雨」に語られているものも少数人っている。
1)協力者の人数
48人であった。 そのうち、本人自身によるものは23人であり、その他は家族や親戚の証言によるものである。 報告者一人で、二人ないし数人、数十名の報告もあった。
2)爆心地からの距離について(Table4)
距離の判明しているものは、28名であった。 表の如く240メートル1人、700メートル6人、800メートル1人、1,000メートル5人、1,200メートル2人、1,400メートル5人、1,500メートル4人、1,700メートル3人、1,800メートル5人、2,000メートル、2,300メートル、2,500メートル、3,000メートルは1人ずつである。
5. 被爆民間療法の種類及び民間薬について
民間療法としては、伝承による民間薬を使用したが、それには、内服と外用とがある。 外用は主として火傷に対するものであった。 民間薬には、植物性のものばかりでなく、魚介類も多い。 その他、吐法及び灸法がある。 また日常の食品、果物を薬用ないし準薬用として用いている。 table5.のA、B、C、D、E、Fを参照されたい。
下表の如くであるが、できれば一つ一つの症例について詳細に照会して御参考に供したいが、紙面の都合上、代表的な症例を呈示しながら解説したい。
6. 民間薬の種類と症例
(1)ドクダミ(重薬)
爆心からの距離700メートル2人、1,000メートル2人、1,500メートル1人、1,800メートル1人、2,300メートル1人、2,500メートル1人、即ち1,000メートル以内は4名となっている。 使用した患者11名のうち距離の不明なものは三名であった。
この報告された11名には死亡者はいないが、それは、効果があって生存している方からの報告が主体となっているからであって、無効または死亡した人の報告は集まらなかったものと思われる。 生存者は皆効果があったということである。
症例(1)姉17歳、妹14歳
共に1,000メートルの街路上で被爆したが、幸い大きな火傷、外傷はなかった。
姉は即日、鼻出血と共に高熱を出し、3日間意識不明であったという。 覚めてから母親に毎日ドクダミを服用させられ、約1年つづけた。 現在、広島大学原医研の外科に看護婦として勤務しているが、妹は元気であったので、ドクダミものまずにいたが、九月初旬、突然発熱、脱毛、下痢、咽喉頭炎、下血などの放射能症を発し、12月下旬には死亡したが自分はドクダミ服用の効果があって、現在まで元気に生きていられると思います。 大学でも一般の医師達はこの方面に無関心ですが、先生は、このような民間薬のことを理解して下さることは有り難いと思いますので、お電話致しました、というのである。
症例(2)久米登氏談(『広島原爆医療史』より)
原爆症についてこういう実例があります。
「私の姪が基町の連隊区司令部(700メートル)に於いて下敷きとなり、はい出て3日目に帰ってきました。 そのとき相当弱っていまして、すぐ豊田郡安登村に疎開しましたが、そこの医者は、薬はあるがドクダミをお茶代わりにどんどん飲んだ方が良いと言ったそうです。 その後、歯鮫炎、脱毛、発熱がありましたが、田舎で食べた新鮮な野菜とドクダミを飲んだお蔭で元気になり、現在では結婚して子供が1人おります。
ところがその妹が、コンクリートの建築の銀行集会所(240メートル)の室内で電話交換手をしていましたが、岩国の海軍病院に入院し、経過は良いといわれていたのが、8月11日には発症し、8月17日には死亡しました。 病院に収容されたものが死亡し、田舎の医者にみてもらったものが元気なんです。 やはり田舎で養生したのが良かったのでしょう」とこのように言っています。
ところが、この死亡した姪を含め同じ職場の9人はすべて岩国病院に入院し、白血球数が算定されてあったわけです。 (『広島・長崎の原爆災害』83頁)。
即ち被爆後6・7日目の白血球はすべて400?150であり、その後約1週間後には9人共に死亡しているという最重症例の中に入っています。
私はこのように被爆後6・7日目で白血球数が500以下というような重症例にはドクダミ煎茶だけでは効果はなかったのではないかと思います。 救われた姪のように3日後から服用したことがよかったように思われます。 それによって放射能障害が軽かったので救命されたのでしょう。
症例(1)も3日後から服用している。
○薬理作用
ドクダミ(重薬)は魚腥草、十薬ともいい、ドクダミ科の全草を乾燥したもので、主成分は
methyl‐n‐nonylketone C11H22O、myrcene C10H16、geranialなどを含む精油。
quercetin C21H20O11、KCl、K2Sa4 などである。
薬能は清熱解毒薬に入っている。
また抗菌作用、抗ウイルス作用、利尿作用があるといわれている。 中国の臨床的研究では肺膿瘍、大葉性肺炎に桔梗を配合して?痰作用を強めて用いる。 また魚腥草を煎茶としてお茶代わりに飲んで消炎作用を強める。
たとえば、皮膚疾患については、荊芥連翹湯や柴胡清肝散にドクダミを加えたり、胸腹部の炎症性疾患の際、この薬物を加えることによって奇効を呈することが多い。 このほか、湿熱による急性腸炎や赤痢などにも用いられる。 ドクダミと共に最も頻用される民間薬にゲンノショウコがある。
(2)楠の木の葉
これは一例であるが、あまりにも劇的に治癒したので報告しておきます。
症例 当時、18歳の青年で爆心から800メートルの広瀬小学校校庭にいた。 火傷はなく、前額にガラス片による傷と右大腿部打撲があったが、大体元気で暮らしていたところが8月末日(3週後)になり、全身の出血斑、発熱、脱毛、下痢を発症し、次第に重態となり、四・五日後には絶望視されて、家人は葬式の支度をしていたという。 母方の祖母が楠木の葉を煎じて飲めというので樟脳の匂いが鼻について飲みにくかったが、これを服用したら、翌日から熱が下りはじめ、一週間後にはすべての出血は止まった。
ただ不思議なことは、この楠の木の葉を飲みはじめたら、頭や大腿の外傷の部位が化膿しはじめて、膿が沢山出た。 これは、薬のために膿を出す力が出たように思うというのである。 その後たいした病気もせず、42年後の現在まで元気に働いているが、自分の身体の調子が悪いときには、一日この薬を服用することにしているというのである。
○薬理作用
性味は辛、苦、温といわれている。 鼻をつく特異な芳香がある。 毒性があり、主として殺虫剤に用いられる。 『和語本草綱目』では、霍乱吐下止まざるに煎服すとなっており、転筋、足腫、水腫足より起こるものに洗うとなっている。 また楠木の皮を霍乱、吐瀉、小児の吐乳に煎服し、胃を暖め、気を正すとなっている。
楠の木の葉は注射薬として強心剤として用いられるが、楠の木の葉の内服については、古典にも現代にも文献がないようである。
(3)柿の葉
柿の葉に熱湯を注ぎ、数分後にこれを飲む。 ビタミンCを多く含むというので、非常に多用されたらしい。 柿の葉をお茶代わりにのむということは、9月3日の都築正男教授の講演にも述べられているが、広島では、郊外から爆心地へ肉親の死体探しに一週間、毎日通った人などは夕方自宅に帰ったら、近所の年寄りから毒消しになると言って柿茶を毎日のまされた。 その御蔭で二次放射能障害が出ないで、今も元気でいるという人がかなりいるようである。
○薬理効果
柿の葉は止血、利尿、血圧降下の作用等があるという。
主成分はビタミンC、carotin、cryptoxanthin、rutin、quercitrin等である。 また柿渋は火傷に外用されている。
(4)田螺(タニシ)
症例 彼女は爆心地から約1,000メートルのところにある広島女学院の生徒であった。 授業中で室内であったため、幸い外傷もたいしたこともなかったが、8月中旬(2週間後)から発熱、出血斑、脱毛、歯齦出血、下血などの放射線障害が出て、8月下旬には瀕死の状態で絶望的であったので、お坊さんが来て、葬式の心積もりであった。 ところが、夜になって父が急に家の裏に行き、田から田螺を採取してきて、外の殼層をやぶり、生のままをすりつぶし、臭いので、鼻をつまんで無理矢理のませたところ、翌日から次第に熱が下り、出血もとまって、一命をとりとめたというのである。 現在は、結婚して一児の母であるという。
○薬理作用
性味は、甘寒であり、清熱、水を利すの効能かある。 熱による尿閉、黄疸、脚気、水腫、便血、疔瘡、腫毒を治する。
腎臓性腹水の治療に外用することもある。 煎汁は熱を療し、酒を醒ます。 食べると大小便を利し、腹中の結熱、脚気、手足の浮腫を去るに用いられる。 奥田拓男著『岡山の薬草』には、タニシを殼から出し、細かくたたきつぶし、小麦粉を少々加えて練り、和紙にのばし、腫脹の上に張る外用と、水煮して食べると黄疸によいということになっている。 しかし、この症例のように、生のまますりつぶして服用するということは、文献にない伝承である。
(5)塩水
1,500メートルの戸外で親子ともに被爆し、父の方は頭部火傷で軽度のものであった。 娘の方は、記載がないので不明であるが、外傷も火傷も大したものではないようであった。 救護の仕事を夕方までやって夕方自宅に帰り、平素救護訓練をうけるとき、毒を扱ったら塩水を飲むということを聞いていたので、自分と娘は多量の塩水を飲んで床についた。 8日の朝まで熱が高くて意識不明となっていたが、不思議なことに、同じ時刻に真黄の水性下痢便を出して熱が下って、元気になったというのである。
7. 生野菜及び果物について
胡瓜、南瓜、トマト、大根、人参、ジャガイモ、玄米、挑、無花果、西瓜等である。
(つづく)
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