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NO3097 

被差別部落 


タカシ記

「ソラ情報」です。

http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20031111201210


2003年11月11日(火)

被差別部落。

ある掲示板を読んで、未だに差別をされる事で苦しんでおられる事がわかりました。

平和を愛し、早くより文化の進んだ本当の日本人であるヤマタイコクの子孫が、未だに被差別部落といわれ無き差別で苦しんでおられる事がどうしても納得できないのです。

“部落民はヤマタイコクの子孫である”と言う事は99年11月に思ってもいない言葉 (チャネリング) で知らされ、 本 【星からのメッセージ】 の原稿の締め切りは終わっていたのですが、どうしてもこの事は皆様に知っていただきたいと無理にお願いして追加しました。

その後もヤマタイコクのことはポツリポツリと知らされ、 四国や九州に直接出かけて行きましたが、知らされたこととあっていることもありました。

この情報はこれまでの文献で伝えられている歴史と大きく違うので受け入れられないとよく言われますが、権力者の都合の悪いものは焚書の憂き目に会うのがこれまでの歴史と思います。

又、大昔には文字を書くことを禁じられた時があったと知らされた頃、丁度 “古代文字の展示会” があると、わざわざ速達で知らせてくれましたので出かけまた。

神主姿の方もちらほら見えましたが、本当に蛇に似せた文字が大きな掛け軸に書かれたのが沢山展示してあり、その時の感じは言葉では表せないくらいでした。

“文字を書くと蛇になる、と脅かし文字を禁止した”、 と言う事が良く分かり、何故いろいろな古代文字があるのは、先日、少名彦が隠れて文字を伝えたと知らされた事と一致しました。

この事でも文字で伝えられている事が、権力者に都合の良いように伝えられてきたという事がはっきりとしていると思います。

6年にわたる情報を簡単にお伝えする事はとても難しいですが、6年に渡り次々と伝えられてくる事はそれまでの情報が補足され筋道が通って行きます。


【伝えられたことの大筋は】

大昔に空から柔らかい意識のあるものが降りてきて、山や岩になり、あらゆる生物の源を作り出したものがイシカミと呼ばれ、山ノ神として崇められていた。

その分身がデエダラボッチや世界中の巨人伝説等になっているもので、それらの意識と人間はコンタクトを取っていろいろな知恵や食物を与えられ、 人間は急速に進化した。

けれどもその人間をお互い争わせる事でエネルギーを得ていた大きな星達が、1998年まで地球を支配していた為に悲惨な歴史を送って来たということです。

その大きな支配星により、人間は翻弄され悲劇が絶えませんでした。

その悲劇の一つがヤマタイコクでその名前だけ有名なのに、その真実は完全に消されて行ったのです。

ヤマタイコクは大陸から渡って来た大国主とヒミコが、四国の山の上の台地で生活を始め、イシカミやその巨人とテレパシー? で、 いろいろな生活の知恵や文字も教えて貰い急速に発達したそうです。

周りの人もその知恵や教えを請いに来たりして信望を集め、大きな集落になり平和に暮らしていたと知らされました。

けれども若者の裏切りによりヤマトに攻められ、大国主は出雲へ追いやられ、ヤマタイコクの人々は刺青(いれずみ)を付けられ、ヤマトへ奴隷として連れて行かれたそうです。

この情報が初めて知らされた時は、上唇の上がチクチクして「このようにヒミコはオシナマエ (=刺青) をつけられて、 (ヤマトへ) 奴隷として連れて行かれる事になりました」と知らされました。

そしてヤマタイコクの人達は大国主の指導で田を作るのが上手だったので、全ての人が刺青を付けられヤマトの国に連れて行かれ、田を作らされては取り上げられ差別されてきたそうです。

自然を利用したあらゆる知恵が伝えられているサンカやアイヌの方達と同じようにヤマタイコクの人たちも最初に住み着いていた日本人そのものと思います。

ヤマタイコクを築いた大国主は争いが嫌な平和主義であったので、ヤマタイコクの人達も同じように争いは苦手で、自然を愛し自然を利用した知恵で暮らしていたのに、後からやって来た好戦的な人達によって支配下に置かれたと思います。

ヒミコは奴隷としてヤマトへ連れて行かれる前に逃げ出して、四国にある阿波の土柱の洞窟で自殺したと知らされました。

四国へ行く大分前に、夢で変わった景色の上を飛び跳ねている夢を見ましたが、実際阿波の土柱は夢で見たのと同じ景色でした。

なぜそのような夢を見せられたかというと、ヒミコは亡くなって奴隷にされずに自由になれたので、うれしくて飛び跳ねたと知らされました。

四国の神山町には、ヒミコが亡くなったという伝説が残っており、巨石の遺跡もあります。

ヤマタイコクとは山台国と書き、山の上の平らな所に国を作ったそうです。

四国の山を想像してもなかなかピンときませんでしたが、大昔の山の上はもっと平らだったが、雨が多くて土が流れていったので、現在の様に土地が狭くなったと知らされました。

山奥には確かに山にへばりつくような田もありました。

北海道の余市岳という山の頂上は飛行場ができる位の広さがあるそうですが、それはヤマタイコクがこのような平らな所にあったということを知らせているそうで、 (四国も) 今の地形と大昔の地形は違うという事も忘れてはならないと思います。

先日大宰府天満宮に行ってきましたが、道真は権力者によって徹底的に隠された死の国と呼ばれた四国が、ヤマタイコクだった事を知ってその事を知らせようとしたので九州に流されたそうです。

(詳しくは、ここだけでは書けませんが)

又百人一首は、大国主の娘・ヒミコの娘と、ノアの息子の悲劇 (倭の国) を和歌に隠して伝えられたと知らされました。

長い年月の間、なぜ首と書いて伝えられたかというと、この歌の真実がばれると首が飛ぶことを覚悟して、和歌は作られたということです。

ヒミコの娘の悲劇を伝え聞いた道真と同時代の貴族達から、


「毎日何をするでもなく過ごしていて、 単調な風景や愛情関係の歌ばかりを詠んでいただけでは無かったのです。

その悲劇を、首を覚悟で伝えました」

とも伝えられました。

*  魏志倭人伝の ‘卑弥呼’ は偽ヒミコで、 (北九州・壱岐の) 邪馬台国は、 後年 (四国のヤマタイコクの) 名前を真似た国のことと知らされています。

尚、この事についてお知らせに書こうと思い始めた時、1時間程だけ急に右鼻だけが異常に敏感になり、空気を吸い込むだけで痛くなるくらいでした。

なぜかすぐには意味がわかりませんでしたが、その後鼻の異常感はヤマタイコクの人のオシナマエ (=刺青) と関係があると伝えられました。

オシナマエは女性は上唇の上に付けられ、男性は目と目の間の鼻の上に真一文字につけられたそうで、その事を知らせて欲しいので鼻に異常感を与えたそうでした。

尚、四国在住の方が同じく 「四国は死の国にされた」 とご研究されています。




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