タルムード(財産と所有権)
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● 非ユダヤ人はイスラエル人の財産に対し所有権を有せず。 (シュルハン・アルフ、 第三巻正義の楯) ● ゴイの財産は主なき物品のごとし。 (シュルハン・アルーフ、コーゼン・ハミズパ ット、一一六の五)。 ●
ゴイの土地は荒野のごとし。 ●
ユダヤ人はゴイから奪ってよい。
ゴイは 金を持つべきではなく、持てば神の名において不名誉となるだろう。(シュルハン・ アルーフ、コーゼン・ハミズパット、三四八) ● ノアの息子は小銭たりとも盗めば死罪に処せらるべきであるが、イスラエル人がゴ イに損害を負わせることは差支えなし。 なんじの隣人を傷つけるなかれとは書いてあ るが、ゴイを傷つけるなかれとは書かれていない。 (ミズナ、サンヘドリン、五七)。 ●ゴイの失せ物を見付けた者は自分の所有にしてはならないが、[ユダヤ人が]ゴイ に返すことは禁じられている。(シュルハン・アルーフ、コーゼン・ハミズパット、 二六六の一)。 ●ユダヤ人はユダヤ同族より利子を取るべからず。唯アクムよりのみこれを取るべし。 而してかかる取引は使者をしてこれをなさしむべし。 使者ならば、かく為しても、罪 を犯したるには非ずして、戒律もまた遵守されたるなり。(シュルハン・アルフ、第 二巻智慧の教) ● タルムードの誡において神は命じて曰く、ゴイに金を貸すには必ず高利を以てすべ し、と。 これ、彼等が借りたる金により利する事なからんため、かつまた、我等が金 錢にて彼等に助力を與うることなく、むしろ損害を與えんがためなり。<モシェー・ バル・マエモン> ●拾得物をゴイに返却せんと思うは罪なり。 コイの紛失せる物は、これを己が所有と なすも差支えなし。 「汝の兄弟の物は総べてこれを返却せよ」とタルムードに記され たる故なり。 然るにゴイは兄弟に非ざる故に、拾得物を彼に返却する者は罪を犯すな り。<モシェー・バル・マエモン> ●葡萄園にて草食う牛を発見せし人は、それを所有主に牽き行くべし。 但しその葡萄 園が非ユダヤ人の所有なる時は、かく為すに及ばず。(シュルハン・アルフ、第三巻 正義の楯) ●非ユダヤ人が平常居住徘徊する場所において遺失物を発見せし時は、これを返却す るに及ばず。(シュルハン・アルフ、第三巻正義の楯) ●非ユダヤ人の失いたる物は、拾得者これを己が許に留め置くべきのみならず、返却 することを禁ぜらる。 その理由は、申命記の二十二章一節には「汝の兄弟の失いし物 は返却すべし」とあればなり。 但ししばしば非ユダヤ人の物を返却し、あるいは盗難 より免れしむるを要する場合あるも、そは無事平穏を期する時のみなり。(シュルハ ン・アルフ、第三巻正義の楯) ●
拾得物をゴイに返却せんと思うは罪なり。 『汝の兄弟の物は總べてこれを返却せよ』とタルムードに記され たる故なり。 然るにゴイは兄弟に非ざる故に、拾得物を彼に返却する者は罪を犯すな り。 かくなすによりこの世の神を拜せざる者の勢を再び増すが故なり。<モシェー・ バル・マエモン> ● 拾得物を紛失者に返却すべしとの誡は、ユダヤ人に対してのみ守らるべきものにし て、ゴイに対しては然らず。 <ベハイ法師> ●獣は非ユダヤ人の所有にして、積荷はイスラエル人の所有なる時は、手を貸すべか らず。 然れども、若し牛がイスラエル人の所有にして、積荷が非ユダヤ人の物なる時 は、これを助くべきなり。(シュルハン・アルフ、第三巻正義の楯) ●アクムに負債あるイスラエル人は、そのアクム死し、その事に就きて知れるアクム 無き時は、その嗣子に支払をなす義務なし。 イスラエル人が非ユダヤ人に改宗せる時 も、彼はその親戚の相続者たり得べし。 イスラエル人はまた背教者なる親戚の相続を もなし得。 また夫は背教者なるその妻に代りて相続をなし得べし。(シュルハン・ア ルフ、第三巻正義の楯) ● 非ユダヤ人より盗みたる物を用いて女と婚約するは差支えなし。 (シュルハン・ア ルフ、第四巻救いの岩) ●アクムに対しては詐欺は成立せず。レビ記十九章の十一節に「己が兄弟(ユダヤ人) を欺くべからず)とあればなり。 然れどもアクムにしてユダヤ人を欺ける時は、詐取 せる所のものを我等(ユダヤ人)の法律に従って返さざるべからず。 アクムにしてユ ダヤ人よりまされる扱いを受くる本なからん為なり。(シュルハン・アルフ、第三巻 正義の楯) ●ユダヤ人にしてアクムより盗みをなしたる時、もし誓うことを強制さるるならば、 彼はその心の中にて、その誓の無効なることを宣言すべし。 そは強いられたる誓なれ ばなり。(シュルハン・アルフ、第二巻智慧の教) ● ゴイに向って誓いを立てた者は、盗賊であれ税吏であれ、責任を取らなくてよい。 (トセフタ・スゼブノット、一一) ● 結婚、誓約、約束を取り消すには、ユダヤ人はラビの所に行かねばならぬが、ラビ が不在の場合は、他のユダヤ人を三人呼び集め、かれらに残念ながら取り消すと言え ばよい。 そうすると三人はなんじは許された≠ニ言う。(シュルハン・アルーフ、 二、一の二四七)
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