ハイデガー概論
written by ipusiron(2000,2,7)
■ハイデガー
- マルティン・ハイデガー(ハイデッガー)
- 哲学者
- 実存主義←実存主義とは20世紀を代表する思想の1つです。例えば、モーリス・メルロ・ポンティ、ジャン・ポール・サルトル。
- 1889-1976←かなり最近の哲学者ですね♪
- ドイツ観念主義←この時のハイデガーは、時間・死・生の根底に有る不安(アンクスト)などの深遠、かつ根源的な問題に取り組んでいた。
- ヨーロッパ哲学の中心←この時のハイデガーは、20世紀思想のさまざまな流れを横切り、哲学の「意外な伝統」のあれこれに疑義を呈した。
- 神学者←この時のハイデガーは、現代キリスト教思想に哲学的基盤を提示した。
- ポスト構造主義者←例えば、影響を受けた人には、ユルゲン・ハーバーマス、ハーバート・マルクーゼ、ミシェル・フーコーなど。
- 脱構築主義者←思想家ジャック・デリダにとって、最も重要な発想の源となる。
- 保守的田園主義者←この時のハイデガーは、昔ながらの生活習慣を守り、古くからの民間伝承や習慣を信じて安泰に暮らしていた「農民的過去」の姿を愛する。
- ドイツ国家社会主義(ナチズム)←1930年代に、ナチズムを積極的に支持し、その跡も自分の公的発言を全面否定することはなかった。これは、時代に圧倒されて政治的判断を誤ったのだろうか?それとも、ハイデガー哲学そのものとナチズムは、密接に関係するのだろうか?
- 時には保守的、時には革新的、時には世俗的、時には神学的であり、反伝統的でありながら、社会に深く根ざす。←さまざまな思想の立場に立ち、思想を展開した。
- エコロジー運動の先駆者←知りませんでした(汗)。
- 小説家ライナー・マイア・リルケは、好んでいた作家の1人です。
■ハイデガー用語
- <存在するもの>(das
Seiende
ダス・ザイエンデ)←さまざまな特徴を持ち、その特徴によって規定され、識別される<個物>である。
- <存在>(Sein
ザイン)←これら個物の存在を、これらが存在するという事実を、これらが<ある>ということを指す。
- 実体的←個物のあれこれに<ついての>陳述。
- 存在論的←それら小物の<存在>に関する陳述。
- 存在論的差異←<存在>と<存在するもの>は<別物>である。その両者の違いのこと。
- 範疇論←近代にまで影響を与える。
■ハイデガーの根本思想
- What is
"is"?←「ある」とは何か?即ち、存在とは何かということです。
- ある単語を無視するということは、その単語が持ちうるあらゆる意味合いをも無視することにほかならない。
- 「存在」に目を向けるということは、西欧思想の従来の関心事に背を向け、従来の思考方法、基本概念、暗黙の前提、等等を根本から問い直すことにほかならない。←つまり、別の方向に進む「思考形態」を提示する必要がある。
- 「存在するもの」には、この世界のさまざまなモノだけでなく、出来事や関係、過程なども含まれる。そして、これらは、科学や常識の対象として研究することができる。
- 五感で感じる、特徴づける、処分する、商品化する、寸法を測る、等等のいっさいを、「存在」は受け付けない。つまり、存在するもののあれこれを扱い、それらについて考えるときの通常のやり方を、強固にはねつける。
- 「ある」ものは、すべて、一つの<実体>として、あるいは、一つの<属性>として、存在することになる。これは一見、経験主義指向の近代常識に極めて近いように思える。しかし、もう一つ、別の命題を立てることもできる。即ち、「傘がある」。傘が存在することを言明するのである。傘の<存在>そんものは、実体でも属性でもない。ハイデガーにとっては、ここに問題があった。
- もっとも重要で影響の大きかった著書「存在と時間」(1927)は、存在とはなにかという問題をあつかう。この問題こそ哲学の本質的な問題であるとハイデッガーは主張する。しかし、この問題にこたえようとすれば、人間とはどのような「存在」かという問題にこたえなければならない。ハイデッガーによれば、人間は自分がつくったわけではない世界になげこまれている。この世界は、自然の物も文化的な物もふくめて、潜在的に有用な事物から構成されている。これらの物は過去から人間のもとにとどき、未来の目的のために現在つかわれる。したがって、ハイデッガーは、物と人間と時間構造のそれぞれの存在様式の間に、日常的関係とは別の基本的な関係を設定する。しかし、実際の人間は、こうした基本的な関係のうえではなく、より日常的な世界に生き、紋切り型のあさはかな大衆的行動などに埋没する危険につねにさらされている。人間は不安という感情によって、死と人生の最終的な無意味さに直面させられるが、これによってはじめて、存在と自由の真の意味がえられる。
■ハイデガーの言動・文献←ハイデガーの私的文書は現在、マールバハのドイツ文書館に保管されていて、閲覧は厳しく制限されています。
●「しかし、そうやって日常的に対処したい考察したりしていても、<なにかが存在する>という事実から逃れることはできない。我々は通常、この事実を見逃している。」←「我々は、そうした事実それぞれの特徴を把握した上で、日常的に物事に対処している。しかも、それらについて、科学的にも哲学的にも考察することができる。」という議論に対してのハイデガーの言動。
■ハイデガー周辺の言論・文献
●「存在の意味を問う?絶対的前提であるべきことについて問うのは無意味だ。無理に問うたところで、答えるすべはない。(中略)ハイデガーは驚くべきまでの無知と、無節操な歪曲と、いんちきと呼んでさしつかえない所業を露呈した。」英国の分析学者A・J・エア←1982年の言
●「ハイデガーの著作には、ドイツロマン派哲学という蝋燭[ろうそく]の、最後輝きが見て取れる。最大の著作『存在と時間』は難解きわまりない――いや、あるいは、たんなるたわごとなのだろうか。であれば、それだけのことと笑い捨てるしかないが、私にはいずれとも判断がつかないし、これまで目にした評論のいずれも、解明の緒にさえついていない。」英国の保守的哲学者ロジャー・スクラトン←1992年の言
●「新発明されたこの世界には、進歩、変化、新しさを由とするモダニズムの論理が蔓延している。」
●「神学的教養がなかったら、思索の道に巡りあうことはできなかったであろう。」
●「プラトンによれば、あらゆる存在は、完全な不変の「形」としてイデア(理想的存在)を持つ。」
●「我々が目で見、耳で聞き、手で触って体験する存在は、イデアの不完全な投影、あるいは「模写」にすぎない。」
●「アリストテレスによれば、存在の領域は、存在するもののさまざまな範疇[はんちゅう](カテゴリー)に区分される。」
●「第一に、存在するものは実体と属性のいずれか二つに一つである。」
●「思うに、現実のさまざまな――物理学的、数学的、論理学的、心理的、形式上的――様態は、「実体」で説明することはできない。」
●「フッサールはどのようにして、「普遍的に真」である意識に到達したか?」←現象学的還元によって、である。単なる個物や事象に関心を向けることを一時中止し、それらを「考慮の外」に置く。それらを除去したとき、あとに残るのが、精神の本質的、普遍的構造である。」
●「私たちが「存在する」という言葉でじつは、なにを意味しているのか、という問いに、私たちは今日、答えを持っているだろうか。<いや、持ってはいない>。では、「存在」という表現が理解すらできない、ということに、私たちは今日とほうにくれているだろうか。<いや、そんなことはない>。従って、具体的な形で<存在>の意味を問うことこそ、この論文の目的となる。」
■参考
●経験主義者は、知識は現実世界における体験から導かれるものであり、感覚知覚による「直接」経験が不可欠だ、と主張する。<観察と実験こそが最重要>である。
●<実証主義>は、この主張をさらに推し進める。哲学も<科学>のごとく、考察を進めなければならない。
■関連リンク・参考文献
- 『FOR BEGINNERS
ハイデガー』J・コンリンズ
- 『倫理用語集』
- 『存在と時間』ハイデガー←風変わりで意味のつかみにくい語彙を駆使して緻密[ちみつ]な論理を展開している、難解な書である。ドイツ語の原書でも難しく、翻訳するのはそれに輪をかけて難しい。しかも、ハイデガーは『存在と時間』全500ページに渡って、数多くの斬新な概念を提示している。この書を、すらすら読めかつ理解できれば、自信持ってもいいでしょう。挑戦してみる(微笑)?
- 『形而上学入門』ハイデガー←1953年。
- Microsoft
エンカルタ百科事典←ハイデッガー
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