平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 98 歌   水無月祓へ (従二位家隆)
風そよぐ楢の小川の夕暮は禊ぎぞ夏のしるしなりける

◆ 禊 ぎ ◆  「みそぎ」(禊ぎ)の本来の意味は、「身の罪又は穢れのある時や重大な神事 などに従う前に、川や海で身を洗い清めること」(広辞苑)なのですが、平成の人々はこれとは別 のことを連想するようになりました。それは国会議員(代議士)の選挙資金に関係した贈収賄行為 (身の罪またはけがれ)に対する身の浄めとしての「禊ぎ」と言うことで、「禊ぎすべし」との 選挙民の声や報道機関の主張は耳にたこができるくらいやかましいものですが、その行為が発覚 する度にお念仏のように唱えられるのが「みそぎ」という言葉になってしまいました。
 普通、神社にお参りして、神前に向かう前に手を洗いますし、行者は滝に打たれて身のけがれ を叩き落しますが、彼等の場合は金銭的汚れを洗い落す事(お金から縁を切ること)が求められる のです。そのためには選挙を行なって、選挙民の判断を仰ぐことが必要なのですが、何度選挙を 行ってもなかなかその汚れを洗い落とさない人、ないしは洗い落としたくない人が多いのです。
 こういう汚れた事態には「禊ぎ」という神の言葉を使うのさえ汚らわしく気が退けるくらいです。 言うならば、「裸になってやり直せ」「顔を洗って出直してこい」ぐらいが妥当なところでしょう。

◆ 神事(二十四節気) ◆   この歌では陰暦で夏の最終日六月三十日に行われる水無月祓え (夏越しの祓え)のことを指しているとされています。毎年この日上賀茂神社では、年の前半の けがれを払い、後半の幸いと悪疫退散を祈ります。平安の昔やそれ以前から行われていた日本の 年中行事には、平成の今も庶民の間に受け継がれているものがあります。時代の流れと外来文化の 激流に逢う度に消えそうになる行事もありますが、ほとんどが誰の心にも、ほっとしたものを感 じさせるものばかりです。
 例えば睦月の若水や七草(人日)、如月の節分(ついな)、弥生の雛祭り(上巳)、お水取りや 春分、卯月の灌仏会(花祭り)、皐月の端午の賀茂祭り(葵祭り)、水無月の更衣や大祓え、 文月の七夕や盂蘭盆、葉月の中秋観月(十五夜)、長月の重陽や秋分、神奈月の残菊宴、霜月 の七五三、師走の冬至、大祓え、除夜などです。
 これらの中で、七草、雛祭り、端午、七夕、重陽は五節句と言われる供御の式日になっている ものの日々です。昔の人々は二十四節気(春夏秋冬の立つ日と分け目)に節目を付けて季節の到来 を感じ、移り変わりを見ながら季を迎えては節を送り、自分の年を重ねてきたのです。

◆ 季節感 ◆   歌の中には「風」・「そよぐ」・「小川」・「夕暮れ」・「禊ぎ」・ 「夏」などの言葉群から連想されたり感じられることは、何か涼しさ、すがすがしさ、あるいは さわやかさなどではないでしょうか。
 「禊ぎ」は「夏のしるし」と詠っているものの、「夏」の終わりを告げる「しるし」ですから、 すなわち秋の訪れを暗に意味していることになるわけで、秋の涼しさ、すがすがしさあるいはさわ やかさとなります。
 夏が終わり、秋が来るという季節感は平安の時代の人々の方が平成の人々よりも敏感であり 且つ豊かであったと思います。それは、前述の陰暦でのいろいろな行事が季節の移り変わりと 密接な関係にあったからで、暦と目に映る景色、耳で聞き取る風、肌で感じる気温とを比べな がら、鼻で嗅ぎ分ける香り、舌で味わう旬のもので、季節を体感していましたから、結局人間の 五感で生活していたのです。
 平成の人々の周囲からは、不幸にもこの種の季節を体感できる物が奪われつつあるのです。 平安朝には家隆さんのような貴族でも、都の内に住まいしていながら、一寸足をのばして、都の 近郊の上賀茂神社に夕暮れ時に行けば、風がそよぎ、ならの小川が流れ、「禊ぎ」としての水無 月祓えを見ることによって夏と秋の移り目を体感することができたのです。
 一方、平成の人々は同じ京都の町の中にあっても、その感じ方は違います。まず
 【目に映る景色】  例えば雲の模様変わりによる季節の変化を読みとる機会が少なくなって います。昔の人はよく空を仰いでは、雲の動きを見つめていたと思いますが、現代は飛行機が 飛んでいても、ほとんど仰ぐ人はおりません。まして、雲の移り変わりに季節を感じ取ろうと 言う人もおりません。季節の移り変わりが見られる自然が身近に存在しなくなったことも理 由の一つでしょう。次に
 【匂い】  町の中で生活する機会が多くなった平成の人々には、だんだん嗅覚が人間の造り だす匂いに鈍化して行き、ついには自然の匂いには反応しなくなっているのです。その典型的 な悪例は、近世になって一般化したタバコを喫する習慣でしょう。たばこを吸う人も、その煙 をすわされる人も、お互いに嗅覚をだめにしています。子供の頃の、特に季節毎の匂いは本当 に懐かしいものです。春の花の匂い、夏の海辺の潮の匂い、秋の刈り取られた稲の匂い、冬の 霜の朝の冷気など忘れたくないものです。更に
 【季節を聞き分けること】 自然の音や人の声に季節を感じることが多いものです。又、 食物によっても季節を感じられたものですが、これらも年中手に入る物が多くなったため、季 節が遠のいてゆきましたので、なんとか取り戻す方法を考えたいところです。

***  百人一首の百人家族   ***
◆ 仏道に就く家隆 ◆  藤原家隆は定家と共に新古今集期の代表的な歌人とされ、定家より 四才年上ですが、定家より四年早く嘉禎三年四月九日(一二三七年)八十才で世を去っていま す。定家が生涯を敷島の道に生き、最後まで歌に拘ったのに対して、家隆は非常にさばさばと した老境を過ごしたようで、{百人一首一夕話」(巻の九)には、次のような歌が引用され ていて、難波の里に於ける仏道精進のあとも清々しい印象を与えます。

 「契りあれば難波の里に宿り来て浪の入り日を拝みつるかな」
 「思ひきや七十七つの七月の今日の七日に逢はんものとは」
 「八十路まであるか無きかの玉の緒は乱さで救へ救世の誓ひに」
 「阿弥陀仏の十度申して終わりなば誰も聞く人導かれなん」

***  百人一首の忘備録 ***
 この歌の場所「ならの小川」は京都市北区上賀茂神社の中を流れている御手洗川のことです。 賀茂神社と言えば葵祭りが思い出されます。
 平安遷都千二百年目の平成六年五月の葵祭りは、もともと予定されていた十五日(日曜日)が 雨天のため、翌日十六日に雨上がりの快晴の下、千四百年前に始まった年中行事が挙行され、 まさしく王朝絵巻をそのまま巻き戻したような印象を与える雅の世界を再現したわけです。
 下賀茂神社は平成六年五月二十日に、第三十三回目の二十一年に一度の式年遷宮の儀式が挙行 され、本殿の建て替え工事に着手し、平成十年に完工の予定です。

                              平成六年五月十五日

                             

掲載 平成16年5月7日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
ご感想はE−mail先へ、ご投函下さい。

フロントページに戻る。
「敷島随想の世界」に移る。
海外旅行保険の加入はコチラ! 独自ドメインの取得をするなら そろそろ結婚適齢期???
[PR] | RMT葬式 費用高崎浦安大井町新越谷中国SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼントゴルフ会員権留学レーシックマッサージFXアフィリエイトFXホームページ制作デイトレード海外現地情報ハワイ旅行タイバンコクハワイ レンタカーベスト ハワイ ホテル レーツバリ島Hawaii hotelsHawaii Activitiesbhhrハワイホテルテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行 - タイムシェア - ホテル 予約
無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - プーケット ホテル - タイムセル - 口コミ - 格安国際電話 - ホノルルマラソン - サイトパトロール - 誹謗中傷 - 宿泊料金比較 - 口コミ