平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 97 歌   明石の大門 (権中納言定家)
来ぬ人をまつほの浦の夕凪に焼くや藻塩の身も焦がれつつ 

◆ 四国への橋 ◆  大阪湾および瀬戸内海では、平成の大工事と言われる関西新空港及び本四 連絡橋の尾道ー今治ルート及び明石ー鳴門ルートの建設が進められております。 日本が東京周辺 への一極集中を避けるため、関西地区にも拠点を置いて世界の動向に対応していこうとしているわ けです。
 関西新空港は平成六年九月の開港に向けていろいろな準備が進められており、日本初の二十四時 間空港として、各国との関係を更に密にすることでしょう。
 一方、国内の四島との連絡はほぼ完成しました。すなわち北海道ー青森の青函海底連絡トンネル (昭和六三年、一九八八年完成)、本四連絡橋の岡山ー坂出ルート(昭和六三年、一九八八年完成)、 関門海底トンネル(下関ー門司間、昭和十九年、一九四四年完成)です。
 工事中の本四連絡橋・明石大橋(明石ー淡路島)は、ようやく主橋塔と主ロープの張り渡しが終 わり、いよいよ本格的に橋梁工事に懸かろうとしています。平成六年七月二十七日付けの新聞記事 には、明石側の建設現場近くに百分の一のスケールの模型が展示されたとのニュースが載ってい ます。

◆ 明石大橋 ◆   淡路島を詠んだ百人一首は二首あり、七八番歌「淡路島」(源兼昌)と、 この九七番歌「来ぬ人を」(藤原定家)です。万葉集の時代の人々は、明石海峡を「明石の大門」 と称して大和の都への出入り口と見なしていたのです。柿本人麻呂の歌に、次のような「明石 の門」の歌があります。

 「天ざかる夷の長道ゆ恋ひくれば明石の門より大和島見ゆ」(万葉集・巻第三・二五六)

又、明石海峡は千鳥が「通ふ」ことはあっても、人や車が橋を架けて「通う」事など、千年以上 前の人々には思ってもみなかった事でしょう。千年たってようやく、「明石の大門」に明石大橋と いう「かんぬき」が取り付けられることになり、「閂(かんぬき)」を通してみる大和島の風景は 更に見応えのあるものになるでしょう。
 明石大橋の淡路島側の橋脚が立つ付近が松帆地区で、淡路島最北端江崎灯台近くの海岸が定家の 歌にある松帆の浦になります。ちなみに江崎灯台は日本で八番目に建設された洋式灯台で、対岸の 明石港と淡路町岩屋を結ぶ「通い舟」などの海上交通安全を守っているのです。

◆ 待つ身 ◆   藤原定家は自分で選んだ百人一首に入れるべき自分の歌に、その生涯で二、 三千首は詠んだであろうと思う多数の自作歌の中より、何故この「松帆の浦の藻塩焼く身」を選 定したのでしょうか。多くの推測が提言され、学会に発表されているようですが、一つ言えるこ とは『百人一首に載せるに足る自信作だった』という事なのでしょう。

 この歌の主題は、頭の五文字と末尾の五文字の「来ぬ人を」ー「こがれつつ」と言うことです。 いわば二句、三句、四句の修飾語句を主題の一句と五句で包んだ形式を採っています。言い換え ますと、一句の主題から二句、三句と少しずつ関連語で連鎖させていって、最後に元の主題の 五句の語に戻るという技巧をこらしていると思います。


                    ーーーーーーー動  的ーーーーーーー
 来ぬ人・・・・・・→待つ       焼く・・・・→藻塩の身・・・→「こがれつつ」 
           松帆の浦・・・・→夕凪        (焦がる)(恋にこがれる)
 ーーーーーーー静  的ーーーーーーー

一句、二句、三句では、「来ぬ」・「待つ」・「夕凪」と全て、静止の状態を歌っているのに 対して、四句、五句では「焼く」・「焦がれ」と動的状態に一転しています。
 又、一句から三句での中心語は「待つ」であり、四から五句の中心語は「藻塩」でしょう。す なわち「待つ」が「来ぬ人」と「松帆の浦」を結びつける鎖語になり、「藻塩」が「焼く」と 「焦がれ」の動作を連鎖しているのです。更に「松帆の浦」と「藻塩」が関連語として、組み 込まれているのですから、各々の語はもはや動かしがたいがっちりとした構造に組み上がって いる感じがします。

***  言葉の世界への散歩  ***
◆ 松帆・夕凪・藻塩 ◆  この歌ではこれら三つの単語に注目してみましょう。
<(一)松帆> まず、「松帆」の「帆」とは風を含ませて船を進ませるため、船柱に張り上げ た船具としての布のことですから、海岸の松の枝振りが如何にも海岸を進む帆のように見える ため松帆と言ったのでしょう。その「松帆」は、第三句の「夕凪」の関連語とも言えます。 「凪」では「帆」に風を含ませることが出来ませんから、船は前に進めません。風を「待つ」 しかありません。「松帆」も「夕凪」ではなく、煙が靡く「夕風」を「待って」いるのです。
 ちなみに、百人一首では、「待つ」を「松」に懸けた読み方は、十六番歌「立ち別れ」 (在原業平)の「まつとしきかば」とこの歌の二首が見られるのみです。

<(二)夕凪>  第三句の「夕凪」という語も、この歌には必須の用語と言うことになるで しょう。夕方の時刻に一時風がぴたりと止まる状態を「来ぬ人を」じっとして動かないで待っ ている人の外観的状態を比喩するには、ぴったりの用語と言えます。朝凪でもだめで、まして 「夕風」では、全く状態が変わってきます。「夕凪」であれば藻塩焼く煙はいず方にも靡かず、 すっと上空へ立ち上るだけです。夕風が吹き出しますと、恋いこがれた心の分身としての藻塩 の煙りは、心の引かれる方向に靡いていくことになります。
 夕風が吹き出すと「来む人」の方向に藻塩火が靡くものと仮想して、

「恋ふ方へ 靡け藻塩火 夕風に 松帆の浦に 身を焦がしつつ」
 「身も焦がれ 松帆の浦の 夕風に 靡け藻塩火 思ひの方へ」

 ちなみに、「夕」の語を詠み込んだ百人一首は七一番歌「夕されば」(源経信)と、この歌の 二首のみですが、「凪」は藤原定家一人です。
  (註)朝、夕の時刻については、第三十話参照

<(三)藻塩>  「藻塩」とは、海草を簀の上に積み海水をかけて塩分を含ませ、それを焼い て水に溶かし、上澄みを釜で煮詰めて作る塩のことです。「藻塩」で思い出される歌は、在原行平 の次の歌です。

 「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつわぶと答へよ」
                        (古今集・巻第十八・雑下・九六二)

 須磨は松帆の浦の対岸にある明石の隣になります。製塩業は瀬戸内海沿岸の地帯が適していて、 近世では、赤穂や坂出などの塩田が有名でしたが、平成現代には廃れてしまい、塩田も廃さ れました。人の生活には欠かせない塩は現在では化学工業装置で大量に生産されていますが、 千年前は海水からいろいろな方式で取り出す塩が唯一の塩の素だったわけです。
  百人一首の最初に「刈穂」の食料を確保して「庵」の住まいを準備し、「衣」手も整えてい ますので、あとは水と塩と雑品が有れば生きて行けます。その中でも人とは切っても切れない 必需品「塩」を百人一首の歌に詠み込んで残した所はさすが定家と言えます。

                           平成六年七月三十日

                             

掲載 平成16年5月7日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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