平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 96 歌   高齢世代 (前入道太政大臣)
花誘ふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり 

◆ 経りゆく我が身 ◆   平成の世になってから昭和時代に突入した日本の高齢化社会に関 する世間の話題が一段と新聞、ラジオやテレビジョンの番組にさえ数が増えてきたように思い ます。まさしく日本の平均寿命は七十年代より八十年代へ向かって急速に上昇しており、それ ぞれの世代の人々がそれぞれの高齢化社会対策に関係せざるを得なくなり、誰しもが始めての 体験のため、困惑と一部に混乱と苛立ちやあきらめが渦巻くようになりました。特に高齢世代 に入っている人々の悩みは多種多様ですが、生きている事への生き甲斐の持ち方に悩み、如何 に死ねばよいかに悩まねばならないわけです。
 この歌のように人は昔から、「ふりゆく」こと、さらには「死」に対して如何に自分なりに 納得するかに悪戦苦闘してきたわけで、単に宗教で解決するというような単純なものではあ りません。
  この歌に用いられている語句は、上の句が華やかな自然現象の三語、すなわち「花」、「嵐」、 「雪」を用いているのに対して、下の句の方は、これらの言葉と逆の「ふり」(降り、古り、経り)、 、「ゆく」(往く、行く、逝く)、「わがみ」等を詠んでいます。
 公経はこの歌で「ふりゆく」「我が身」がどうだと言う結論までははっきりと歌に詠み込ん ではいませんが、明らかに諦観を持って我が身の変わりゆく様を冷静に観察しています。
 上の句においては、下の句に言いたいところの「我が身」(動物界の代表としての人間)に対 して、自然に「ふりゆく」物の中より、植物界の代表として「花」を、自然現象界より「嵐」と 「雪」を事例として引き合いに出しています。「花」は咲くと共に散っていく、「嵐」は吹い てくるとすぐに去っていく、又「雪」も降れば時が経つつにつれて消えてゆくと言いたいの ではないでしょうか。この歌は詰まるところ、

 「花のごと 嵐の如く 雪のごと はた我が身こそ ふりゆくものぞ」

という事なのでしょうか。
 このように自然界の花、嵐、雪が来たりては去ることの繰り返しである如く、自然界の一部で ある人が生まれては逝くことも繰り返す自然現象の一部であると諦観すれば、公経のように冷静に 「我が身」の「ふりゆき」を眺めることが出来るのでしょうか。
 「我が身」の「ふりゆく」状況を、いろいろな感慨を込めて詠んでいる百人一首の対になって いる歌としては、九番歌「花の色は」があり、「我が身」「世にふる」「ながめせしまに」「花の 色は移りにけり」と小野小町は、この歌では明らかに諦めと共に「世にふる」事を挙げています。 したがって九六番歌の方が、人生哲学の面からの悟りの程度は一枚上手であると言えましょう。
 この世における人の一生は、人目につく表が華やかであればあるほど、裏は人目に曝らされてた くない、その人一人だけの「我が身」があり、「ふりゆく」事を恐れるものです。「奢る平氏は久 しからず」で、奢れば奢るほど滅び行くときの悲哀は無惨なものに映るものです。千年前の一氏族 の栄枯盛衰だけに限らず、平成現代においても、人気商売の職業人についても同じ事が言えましょ う。殊に流行歌手、流行作家、映画俳優と、こと人にもてはやされることにのみ、存在価値がある 者は全て、「ふりゆく」「我が身」が気になると言えましょう。

◆ 経りゆく内閣 ◆   平成六年六月二十五日、たった二ヶ月間政権を担当したにすぎなかっ た羽田内閣が少数政党間の政権獲得へのそれぞれの思惑から総辞職に追い込まれました。政策の やりとりや駆け引きの中ではなく、単なる誰を内閣総理大臣に据えたらよいかということだけで、 羽田内閣が「ふりゆく」という事態に陥りました。民主議会政体になってから総理大臣自身が病 気や不祥事がらみでない最も短命な内閣の終わりでした。

 「遅れ咲く 嵐の庭の 桜花 ふりゆく時は 疾く分かぬ間に」

 桜花であればぱっと咲いて春雨や春の嵐に惜しげもなく、さっさと散っていくため、惜しまれ 且つ名残りのあるものですが、近年の内閣は、これという花も咲かぬ内ならまだしも、花を咲か そうともせぬうちに「降り逝く」ようです。

 「嵐呼ぶ 国の会議は 花咲かで 散りゆくものは 内閣なりけり」

 そういえば公経は、太政大臣としていかなる治政を策定したのでしょうか。
 公経はこの歌で「ふりゆく」「我が身」を諦観していると想定しましたが、現実の世界では成立 した鎌倉武士政権と朝廷間で、かなり苦しい綱渡りをやって生き抜いたようです。源頼朝と縁戚 関係にあったため、後鳥羽院には疎んじられたものの、承久の乱では鎌倉方に付いたようで、 朝廷で太政大臣に昇れたのも鎌倉幕府の後ろ立てがあってのことのようです。
 歌人としては新古今集に権中納言公経で、玉葉集では入道前太政大臣として撰歌されています。

 「もみぢ葉をさこそ嵐の払ふらめこの山本も雨と降るなり」(新古今集・巻第五・秋下・五四三)
 「つくづくと思ひ明石の浦千鳥浪の枕に泣く泣くぞ聞く」(新古今集・巻第十四・恋四・一三三一)

明石の千鳥とは七八番歌「淡路島」(源兼昌)の歌を本歌取りしているような歌になっています。  玉葉集では花を詠んだものとして次のような歌があります。

 「白雲の棚引く色もかつ消えぬ花咲く山の峯の春風」(玉葉集・巻第二・春下・二二五)
「春をしたふ名残の花も色くれぬとよらの寺の入相の空」(玉葉集・巻第二・春下・二八三)

***  百人一首の道草   ***
 公経の歌で特徴のある用語は「花さそふ」、「嵐の庭」などでしょう。これを少々変えた語句を 用いて、「我が年齢」を詠んでみますと、

 「花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりつむものは 齢なりけり」

 嵐と花と出てきますと、昭和十年代の映画「愛染かつら」の主題歌に次のような歌詞があり ました。

 「花も嵐も踏み越えて 行くが男の生きる道、
  鳴いてくれるな ほろほろ鳥よ、
  月の比叡を一人行く」

 これを歌に詠みますと次のようになります。

 「心なき 花も嵐も 踏み越えて 行くが男の 生きる道かな」

平成六年六月二十六日

                             

掲載 平成16年5月7日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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