平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 95 歌   墨染めの袖 (前大僧正慈円)
おほけなく憂き世の民におほふかな我が立つ杣に墨染めの袖

◆ 寺の町 ◆  千二百年の歴史を有する古都京都は、その市街を歩くと五分と経たずにお寺が 見つかるほど、大きな寺院の多いお寺の町です。「人も歩けば、お寺に入る」と言うことです。 したがって仏教に関することは、何でも揃っているとみて良いわけです。
 平成六年五月の末、京都大学の構内から、平安時代中期(九〜十世紀)の梵鐘鋳造工房跡が発 見されました。梵鐘の鋳造は平安京内だけでなく、他所でも作られていたわけですが、大規模な 専門工房が認められたのは初めてということです。
 この発見のきっかけになったのは、同大学が人間環境学の校舎を建造するための事前基礎調査 であったわけですから、仏教で言うところの因縁があって発見されるべくして発見されたという ことかもしれません。もっとも京都の市街地では、どこを発掘しても何か古い時代の跡が出現す るようで、それこそ千二百年分の歴史が全部埋蔵されていて、いつでもタイムカプセルを開けら れるといったところでしょうか。

◆ 比叡山 ◆   梵鐘と言えば大寺院にとっては、と言うより、仏教にはなくてはならない 道具であります。これだけ仏教と関係の深い平安京で生まれた平安時代に於ける「百人一首」で ありながら、宗教と関係する百人一首の歌は、この九五番歌「おほけなく」の歌だけです。歌の 背景に仏教の思想を匂わせるものはかなりありますが、詠んだ歌の用語そのものに仏教の道具が 言及されているものはこの歌だけです。すなわち「うき世」、「民」(民衆)、「杣」(比叡山) 及び「墨染めの袖」(黒く染めた法衣)などが仏教に関係する語句です。
 ちなみに、百人一首で「世」という語は十首で使われていますが、「うき世」と使われている のは、この歌と六八番歌の二首のみです。また「杣」で代表される比叡山は、西に京の町を、東 に近江の琵琶湖を望む標高八百五十m弱の大岳や四明岳を最高峰とし、最澄(伝教大師)を開祖 とする延暦寺(八二三年)の霊山になっています。
 「叡」とは、「賢く、明るく、事理に通達すること。聖。天子。」ということで、「比」とは、 「比べる。試す。親しむ。近づく。従う。並ぶ。」ということですから、言って見れば、天子に並 ぶものという大変名誉な名山ということになります。
 最澄の天台宗開宗当初の目的は、平安京の近くにあって国を守ること、すなわち、鎮護国家祈願 が大きな目的であったとされています。伝教大師の歌(新古今集・巻二十・釈教歌・一九二一) にあるように、

 「あのくたら さんみゃく さんぼだい わがたつそまに みょうがあらせたまへ」

仏教が紀元前六世紀末にインドで成立してから、日本に伝来したのは六世紀ですから、既に この時点で、仏教の歴史は千年経過していたわけです。
 人類の歴史は宗教との葛藤とも言えると思いますから、仏教もその時代、時代の風潮に様々に 利用され、人も利用して来たわけです。
 仏教成立の当初は人間の個人個人の哲学であったと思われるものが、千年経てば支配者の趣味 的な儀礼になったり、国家運営の一手段と変貌したり、更には武力集団にまで極端に走ってしま った時期もあったわけで、「一隅を照らす」という名言を残した最澄自身も、自分の創始した民 衆救済活動があらぬ方向に、驚くような活動をする宗教団体に変貌することもあるので、あの世 で嘆いているかも知れません。

◆ 新興宗教 ◆   六世紀に伝来した古い宗教に対して、八世紀に最澄と空海が天台宗と 真言宗の最新仏教を導入し、更に十二世紀から十三世紀には、禅宗の導入と、浄土宗、浄土真宗、 日蓮宗などの民衆仏教が新興しました。その度に旧派と新派が闘争を繰り返し、双方が主張を譲ら ぬため、醜い殺し合いをするという宗教にあるまじき、宗教とは全く反対のことに走る暴力と暴言 の集団になり果ててしまったのは歴史の語るところです。
 慈円の時代での新興宗教の数は、ごく数えるだけの限られたものだったのですが、近代社会、 特に平成の現代では、人より少し話がうまく話せて、加えて、お金を集めることに長けていること で、まやかしの宗教法人がいとも簡単に成立しうる「よきうき」世です。国に登録されている宗 教団体は数百は数えるのではないかと思いますから、どれを選ぶか選り取り見取りで迷います。
 平成の現代は慈円の平安末期と違って、各人が宗派に属さなくとも、いずれの宗教に入信しよ うとも、信教の自由は保障されています。 何をどう信じ、どう行動しようと各人の自由である ことが、もともとの宗教の立場であるはずが、一方が一方を抑えようとするために宗教が襲教に なってしまうのです。もう一つ、人間の弱点は、古いもので人に一般に認められている物が正し くて、新しい物や未知の物を排除しようとするところがあります。
 鎌倉仏教も千年経てば権威のある間違いのない宗教になり、それから派生したやや新しい宗教 は邪教として叩かれるというのが一般です。これから千年後の日本でも、やはり平成の宗教事情 と変わらぬ事が起こっているでしょう。
 一方、平安期に於ける宗教の日常生活に占める役割と平成現代でのそれは、比較にならないく らい宗教の影に差があります。果たして、千年後の日本人の生活の中に、仏教を初めとする宗教 は息づいているでしょうか。個人の幸福を追求する哲学が日常生活や年中行事の一部に形骸化し 果ててしまい、本来の意味をなさなくなってしまっているような気もします。

***  百人一首の百人家族  ***
◆ 慈円と行尊 ◆   前大僧正の位では慈円と行尊が百人一首の歌に出てきますが、両人とも 仏教の匂いを感じる歌を詠んでいます。行尊は慈円よりちょうど百年前の一0五五年(天喜元年) 生まれで、慈円の生まれる二十年前になくなりましたから、一世紀前の天台座主の大先達という 事になります。慈円は民衆に思いを寄せ、行尊は山桜に語りかけました。
 行尊と慈円を歌で繋いでみましょう。

 「墨染めの 袖に舞散る 山桜 あはれとおもふ 民ともどもに」

 慈円の歌は、平成の人々にも非常に分かり易く、かつ人間味のある歌が多いようです。新古 今集の中から拾ってみます。

 「皆人の知り顔にして知らぬかな必ず死ぬる習ひありとは」(巻第八・哀傷・八三二)

   巻第十八には、次のような五連歌があります。

 「世の中を今はの心つくからにすぎにし方ぞいとど恋しき」(一八二三)
 「世を厭ふ心の深く成るままに過ぐる月日をうち数へつつ」(一八二四)
 「一方に思ひをりにし心にはなほ背かるる身を如何にせむ」(一八二五)
 「何故にこの世を深く厭ふぞと人に問へかし易く答へむ」(一八二六)
 「思ふべき我が後の世はあるか無きか無ければこそはこの世には住め」(一八二七)

 さては、和歌の道をば趣味であると称して、次のように詠っています。

 「皆人の一つの癖はあるぞとよ我には許せ敷島の道」(拾玉集・七九九)

 *** 百人一首の道草  ***
 慈円の歌に踏韻を見てみたいと思います。
 お経を唱えることや呪文を唱えることには、「あ」、「う」、「お」の音が適しているようです。
 例えば、・・・・・なあ むう あ み だ あ ぶう つう・・・・であり、真言の一言である 「おん」、「ふーん」、「うーん」などですから、歌の中でも、「お」、「う」が第一句から、 第三句まで句頭に出ています。

 「お ほけなく う きよのたみに お ほ ふかな わ がたつそまに すみぞめのそで」

 「おほ」の二字に拘るならば、次のように法衣を替えて

 呪文 「おーん」

    「おほけなく おおくのたみを おほふかな おおそまやまの おほきすみぞめ」

 呪文 「うーん」

平成六年六月三日

                             

掲載 平成16年5月7日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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