この歌の趣きは墨絵鑑賞のようなもので、白と灰色と黒色の風景が目の前に渾然一体となって展 開しているような感じを受けます。墨絵風という点では、三一番歌「朝ぼらけ」(白雪:冬)(坂 上是則)、六四番歌「朝ぼらけ」(川霧:秋、冬)(藤原定頼)等の歌とも、趣きは似通っていま す。七三番歌「高砂の」(桜:春)(大江匡房)の歌も墨絵風と考えますと、春、秋、冬の季節の 墨絵が揃うことになります。
◆ 季節感覚 ◆ 季節感が乏しくなってきた平成の世。都会の真ん中にあっては、四季折々
の趣は何を拠り所に味わうべきか、その拠り所を探すことさえむづかしくなっています。
ー空を区切り取ってしまった四角な高層建造物ー
ー土の匂いを封じ込めた舗装道路ー
ー夜を追い出すネオンの明かりー
ー暑さ寒さを遮断してしまった温度調節の部屋ー
これでは、寂蓮法師の詠んだ村雨、露、真木の葉、霧、夕暮れなどの自然の趣が一切断ち切られ
てしまうのも当然です。
都会の季節とは何か。それは窓を通して眺められる空模様、行き交う人々の服装や、ラジオ・
テレビなどの情報網によった天気模様などだけから見られる間接的な四季であって、自ら体感す
る季節感覚は、ほとんど皆無と言ってよいでしょう。都会で自然に帰りたい気持ちは、季節を求
め、都会を脱して海に山に旅する行動に駆りたてることになるのでしょう。春は花見に、夏は海
に山に、秋は紅葉狩りに、冬はスキーになど、日本国中どこもかしこも、誰もが一斉に同じ事に
走るようになりました。そのため、残された昔の自然環境もあまりの殺到する人々のために壊れ
かけている所もあるのです。
◆ 自然保護運動 ◆ 平安朝の頃には考えもしなかった「自然を保護する運動」と言うも
のが昭和の後半期から興ってきました。西欧諸国の考え方に習って、まず国や地方自治体が景勝
地の破壊を保護するための国立公園や国定公園を指定し、それでも追いつかない所は、民間人の
自主的活動として、「ナショナルトラスト運動」なるものが興隆してきました。個人が資金を出し
合って保護地区を買い上げて管理するというものです。これほどまでしても、なおかつ平成現代
では、自然が人間からどんどん離れていくのが実情です。
寂蓮法師の歌のような「秋の夕暮れ」が体験できるような場所はどれほどあるのでしょう。たと
え適当な場所が見つけ出されたとしても、寂蓮法師と同じ様な心境で「霧立ち上る秋の夕暮れ」を
体験できる平成現代人はどれほどいるのでしょうか。何事も見ることが出来たら、それで終わり
という平成現代人には秋の夕暮れも四季の中の一瞬であって、「真木の葉に立つ霧」を見ればそれ
で終りではないでしょうか。
◆ 叙景の要語 ◆ 寂蓮法師の歌の叙景用語を見てみましょう。
まず、「村雨」と言う用語は「真木の葉」と同様にこの八七番歌独特の用語で、墨絵の背景と
主景をなしています。「叢雨」、「驟雨」、「白雨」、「繁雨」とも書き、ひとしきり強く降って
くる俄雨のことです。しとしとと降る雨であれば霧が立つ秋の夕暮れにならず、秋雨になってしま
うわけですし、「真木の葉」に残る露も、俄雨の露の方が長雨の絶えず雫がしたたっているより何
か新鮮で、印象が深いように思います。さあっと夕立のようにひとしきり降ってきた雨は、真木や
周辺の木々を濡らし、水気を含ませ、夕暮れと共に霧が静かに立ち込めてくるという時の流れに沿
った情景が浮かび上がってきます。
「雨」と言う語句は漢和辞典によりますと約八十もあります。寂蓮法師に似つかわしい雨を選ん
でみましょう。「甘雨」、「法雨」、「如雨」、「好雨」、「善雨」、「涙雨」、「端雨」、
「慈雨」のうち、現在でも多用されるものは、「慈雨」ではないでしょうか。平成六年夏の旱魃
には切に望む雨です。なお、白雨に対して「紅雨」は、赤い花びらの散ることです。
「まきの葉」の「まき」は、槙の木のことではなく「真木」(杉や檜などの良材)のことで、
「村雨」が上から下に真っ直ぐに降ってくる動きに対して、真木が地上から天に向かってすっくと
立っている姿が似つかわしいのです。背の低い折れ曲がった雑木では墨絵になりません。
「霧立ち上る」の霧も、「村雨」の上から下への動きに対称的に、下から上空へ立ちのぼる情景
となっています。「霧立のぼる」で思い出すのは、宝塚歌劇団員の芸名ですから、すっくと立った
「男装の麗人」なのです。 (「百人の歌苑」参照)
「秋の夕暮れ」は、七十番歌「寂しさに」(良暹法師)と対になっていて、共通語句は、「立ち」
と「秋の夕暮れ」です。この歌の出典である新古今集に、「秋の夕暮れ」の歌は、九首も載せられ
ています。一種の流行の歌語であったのかも知れません。この歌のもう一つの用語の特徴としては、
「の」の字が、第一句から第五句まで、各句に一字入ることに依って全句を結びつけている事です。
この用法を活用してみます。
「朝霧の 露の未だひぬ 芝の上に 靄立ち上る 夏の東雲」
*** 百人一首の百人家族 ***
寂蓮法師は俗名を藤原定長と言い、一時期、叔父に当たる藤原俊成(藤原定家の父)の猶子と
なりました。藤原定家は俊成四十九歳の時の子ですが、定家が生まれる前に、歌の才能があり、
俊成の歌道(御子左家)を継ぐ人物として、定長が考えられていたようで、恵まれないのは定長
です。
定家が未だ幼時の仁安二年(一一六七年)の二十歳代の後半から既に歌合わせに出詠していた
とされていて、後鳥羽院に歌才を認められ、押しも押されぬ和歌所寄人の一人に昇進し、新古今
集の撰者に選ばれながら、その作業に参加することなく世を去ったわけで、この点でも恵まれな
かった定長です。その代わり、新古今集では後鳥羽院よりも多く、三十五首も入集して、定家、
家隆に列ぶ主要歌人に評価されています。
寂蓮法師は、「真木」と「秋の夕暮れ」が好みのようで、彼にとって幻の歌集になった新古今
集には有名な「三夕の歌」の一首として、次の歌が後世に残りました。
「寂しさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ」(新古今集・巻第四・秋上・三六一)
*** 百人一首の忘備録 ***
この歌には、「雨冠」の用語が三語(「村雨」、「露」、「霧」)詠み込まれており、雨と露と
霧という天然現象の三態がうまく詠み込まれた歌になっています。
雨冠の漢字で、露や霧のような現象を表すものは三十字ほどあります。
雨の部類:零(ふる)、霈(大雨)、霎(小雨)、霖(長雨)、霪(長雨)
、
露の部類:雫(しずく)、霑(うるおふ)、霤(あまだれ)
霧の部類:雪(ゆき)、雰・霧・霏(きり)、
その他の天然現象:雲、雷、雹(ひょう)、電(いなずま)、霄(そら)、霓(にじ)、
霙(みぞれ)、霜、靄(もや)、霞、霆(いなずま)、震(ふるう)、
霽(はれる)、霰(あられ)
その他の雨冠の字:需、覇、霊、霸、霹(はたたき)、霾(つちふる)、靈、霍(刀の閃き)、
春雨を詠んで、「雨冠」の漢字を五語ほど歌に入れてみます。
「春雨の 雫に濡れる 桜花 霧に霞むは 遠雷の峯」
「春雨は 桜の花に 雨垂れて 霧か霞か 白雲の峯」
【百人一首の談話室】「雨冠の天然現象」
百人一首の中で雨冠の自然現象を詠んでいるものは二十首ほど有り、雲(五首)、雪(四首)、
露(四首)、霜(三首)、霧及び雨(各二首)などが出てきます。寂連法師の歌では一首に三語も
雨冠の字を含ませています。日常生活に於いてこれらの気象という自然現象は最も直接的に歌人の
個人個人に働きかけ、その歌心を揺さぶる原因になっています。
百人一首の気象は京都地域についてであり、万葉集の気象は奈良の地方についてのものです
から、ほとんど同地方といってもよいくらいです。いずれに於いても歌の対象としては、霞、雨、
露、霜、雪、等は共通で詠まれています。
百人一首の人々が体験したこれらの自然現象と平成現代の私達が経験している物とは、同じ様で
同じではないのでは、と思うところが有ります。それは生活環境の悪化です。
まず雨について考えてみましょう。地上の水分は上空へ蒸発し、又凝縮して雨となって降って
くるわけですから、地上に生活する人間の数が増え環境が悪化していくにつれて蒸発する水分も
悪化してくるわけです。
現在問題になっている炭酸ガスを含有した酸性雨は、地上の動植物さらには、地上の生活環境
そのものを侵食し、生態系を破壊している恐れがあります。 平安朝の雨は生き物にとって慈雨
であったわけですが、これからは生き物を変質させる媒体になる可能性があるわけです。小野小
町の歌はその観点から見ますと誠に恐ろしくも千年後の世界を見ていたことになります。すなわ
ち彼女の百人一首の歌は次のように詠めます。
花の色は:地上に存する全ての美しい形のあるものは
移りにけりな:色褪せて、なおかつ変質してしまったことだ
いたづらに:人の世に益することなく
わが身世にふる:人々が何となく生活していく間に
ながめせしまに:何の為す術もなく手を拱きながら
雨に次いで降る物としては霜と雪ですが、いずれも都の中や近辺でも見ることが少なくなったよ
うです。明治・大正の時代の人は「昔はよく雪が降った」と言いますが、確かに降雪の冬は少なく、
少しづつ冬は暖冬に変わっているのかもしれません。冬の朝でもほんとうに寒く、木橋の上の霜な
ども見かける事が少なくなりました。たとえ雪が降り霜が降っても、やはり汚染されつつある汚
れた雪であり、霜なのかも知れません。
平成六年八月二十七日
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