平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 80 歌   黒髪の乱れ (待賢門院堀河)
長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ

◆ 女心の乱れ ◆  百人一首の中では女性の歌人が二十一名います。最も女性らしい歌であり、 且つ女性でないと歌えない歌一首こそ、この歌ではないでしょうか。他の女性の歌もそれぞれに女 性側の気持ちや願いを述べているものもありますが、特にこの歌では、その心情と姿態が合わさっ て詠い込まれている点、他の歌とは違い独特の妖艶さで異彩を放っている点と言えましょう。
 この歌に於ける心情と姿態とは、「ながからむ」→「命」、「心」と「黒髪」の→「乱れ」、 「物」を→「思」ふ、事が詠み込まれていることです。
 心の内の思い、すなわち「いつまでも思い続けたい」、「何時までも一緒でありたい」あるいは 「何時までも命を長らえたい」等と思うことと、現実ではそうではない反対の成り行き「いつかは 忘れてあるいは忘れられてしまうであろう」、「いつかは別れなければならない」あるいは「いつ かは命が終わる」であろう事などが心を惑わせ、この内面的な乱れを髪が乱れてという外面的な姿 態による具体的な形となって表現されているというもので、読めば読むほど、歌としての構成の優 れたものになっていることがわかります。

◆ ながからむ ◆  この歌の第一句「ながからむ」を、「ながからむ心」と繋いで読みますと、 男性が言った台詞ではなく、女性の独り言のように解釈できそうです。
 ーお互いの恋(恋愛関係)やお互いの生命の長いことを願う心を持っているのに、相手の男性に、
  あるいは神に分かってもらえず、(あるいは不確実で、不安定な気持ちのため)どうしたら
解ってもらえるのか、あるいは願いを叶えてくれるのか、あれこれと毎夜毎夜悩む心持ちで、
夜が明けた朝は黒髪も乱れて、またもあれこれと物思いに心も乱れることだ。ー

と言うような心理描写になるのでしょうか。
 「ながからむ」を一語入れ替えて、「む」を「ぬ」としますと、
 「ながからぬ 心を知らば 黒髪も 乱れて君を あだとこそ思へ」
などと、破綻を予期した甚だ不穏当な恋愛状態を詠ったことになります。また、

 「長からず 命を知りて 黒髪の 乱れて明日の 我が身思はめ」

としますと、死期を予期した、これまた悲壮な追いつめられた心理状態を詠ったことになります。
 「ながからむ」は「黒髪」の縁語、「心」は「乱れて」に懸かり、「黒髪」も「乱れ」に、 「乱れ」は「思ひ」へも影響しているのではないでしょうか。また上句では、「知らず」と言った 一方で、下句は「思へ」と反対の心の動きを示していることも、右に左に気持ちの動揺しているこ と示しているのでしょう。

◆ 乱れ髪 ◆   第三句からの「黒髪の乱れ」は、この歌の心を視覚的に、且つ女性の象徴と して示していると言えます。「黒髪の乱れ」とは、甚だ官能的な表現で、情熱の歌人・和泉式部の 有名な歌も「黒髪の乱れ」で始まっているものがあります。

 「黒髪の乱れも知らずうち伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき」(後拾遺集・巻十三・恋三・七五五)

 明治期の情熱の女流歌人・与謝野晶子の第一歌集は、ズバリ「乱れ髪」と題されております。
 「黒髪の乱れ」ですぐに思い出されるのが、「源氏物語絵巻」など平安朝の風俗を伝える絵画類の 中の宮廷女性の長い黒い髪(垂れ髪)です。対するに、男性の髪形を見ますと、冠の下は首筋もす っきりとしたものになっているのが一般のようで、はなはだ対照的です。彼女らの髪の長さは自分 の身長以上も有ろうかと思われるほどの長さで、普段の生活もなにかと面倒なことと、他人事なが ら気になるところです。平成現代の女性は家の内外で活動的ですから、このような垂れ髪は何かと 不便でしょう。こんなに長い髪であれば、「黒髪の乱れ」も、本当に乱れていると言う形に見えま しょう。
 平成の宮仕えの人々(サラリーマン)は、毎朝、毎夕、電車に乗って会社という勤めの場に行き 来しています。当然男女の接触の場面も通勤途上や執務上多いわけですが、「黒い長い髪」もその 生活の中では、ちょっと迷惑なものになっています。満員電車の中での「黒い長い髪」が他人の顔や 服にあたり構わず乱舞しては、不快感をばら撒いているのです。

 「ながからじ 心もしらで 黒髪の 乱れ振りまく 迷惑おもへ」

 ご本人も食事の時など、不自由な恰好で髪を手でおさえて大変だと思うのですが。
 女性の髪は、洋服のスカートと同じくその長い短かいに時代の流行があり、且つ、両者は反比例 しているように思います。戦時体制下では、髪は短く服は長袖に長袴(もんぺという、ほぼ平安期 の庶民の直垂(ひたたれのような服装)という様相が、だんだん時代と共に変化して、髪は長く、 服装は短く、(短くどころか、「一糸まとわぬ」ならぬ「一糸のみまとっただけ」の、服とはほど 遠い物)になりつつあります。
 「髪は女の命」と言うのも解りますが、長ければそれでよいと言う物ではありますまい。長さの 問題に加えて、色の問題もあります。日本女性は生まれつき黒色をしており、西欧人種の有色と 対照的です。平成の世では、男も女も有色にあこがれて毛染めをする者がいます。西欧人は東洋 人特に日本女性の黒髪に憧れているというのに。

***  百人一首の忘備録  *** 
 後朝の歌とした場合、第一句の「ながからむ」は、一夜を明かした男性が女性に語りかけた言葉 としてみますと、一首の中に対話を持ち込んでいることになります。このような相手の言葉を持ち 込んだ歌としては、他に五四番歌の「忘れじ」と言う男の言葉を掴み取って歌に盛り込んでいる例 があります。さらに四五番歌の「あはれとも」もこの部類に属するでしょう。ちなみに、二人が合 唱した例としては、四二番歌の「末の松山波越さじ」となりますし、独り言の台詞としては、五八 番歌「いでそよ」であり、「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬ」(十一番歌)、「わすらるる身を ばおもはず」(三八番歌)、「今はただおもひ絶えなむ」(六三番歌)等では、長い独り言になり ます。
 会話をまるまる持ち込んだ歌はないようですので、百人一首の用語を使って会話風に歌としてみ ましょう。

 「ながからむ」えも「忘れじ」と「契りきな」「末の松山波こさじ」とて
 「わすらるる身をばおもはず」「今はただ」「いでそよ」「あはれ」「おもひ絶えなむ」

 ***  百人一首の道草  ***
 女性の髪の長さに見合った最適の画法は、「源氏物語絵巻」などの絵に活用されているものでは ないでしょうか。「吹抜屋台」という家屋内部の描写方法は非常に優れた思いつきで、画面の平面 を立体的に、同時に多くの内容が描けること、見る側からすれば、一種の「のぞき見趣味」的な立 場で、同じ目線の高さではなく、上空から第三者的に見られると言う点で目を引きつけるように なっています。この描写法は、現代でもいろいろなところで見かけられる斬新な方法で、誰の考 案になるのか日本独特の物なのか興味のあるところです。

         平成六年五月十四日

                             

掲載 平成16年5月6日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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