平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 70 歌   秋の夕暮れ (良暹法師)
寂しさに宿を立ち出でてながむればいづこも同じ秋の夕暮れ

◆ 寂 し ◆ 我が家(宿)をふらりと出たくなった原因は、人恋しさの「寂しさ」です。どこ から来る「寂しさ」か分からないまま、「寂しさ」を紛らわしたくて、又は紛らわしてくれる物が 野外にあるだろうという気持ちから、家を出たものの、結局は「いずこも秋」で、「いずこも寂し さ」で満たされていることが分かったという事ですから、「寂しさは秋による」という解決策のな い堂々めぐりになっていることに気ずいたわけです。すなわち、歌の頭と尾は繋がっていて、秋→寂 しい→宿を出る→秋の順繰りになっているわけです。
 「さびし」という語の意味は、平安朝も今もほとんど同じで、非常に生命の永い形容詞です。 「さびし」という感情は、日本人にはよく合った表現のため、人の感情と表現は変わらないと言う ことでしょうか。
 百人一首の中では、二八番歌「山里は」(源宗于)と四七番歌「八重葎」(恵慶法師)で「山里 の寂しさ」や「宿の寂しさ」を詠んでいます。特に四七番歌とは「宿」「さびし」「秋」と三語も 共通語を有していることになります。
 この二首の「混合歌」としては、次の通りでしょうか。

 「八重葎 茂れる宿を 立ち出でて 寂しく眺む 秋の夕暮れ」
 「寂しさに 籠る宿より ながむれど 人こそみえね 秋の夕暮れ」

◆ 寂蓮法師 ◆  同じ共通語でも「寂しさ」と「秋の夕暮れ」を主課題とする歌で、良暹 法師の詠みに近い歌は寂連法師の次の歌です。

 「寂しさはその色としもなかりけりまきたつ山の秋の夕暮れ」(新古今集・巻四・秋上・三六一)

良暹法師の歌もこの歌も「秋の夕暮れ」は「寂しさ」を代表する時節のように詠われているわけ ですが、このような詠みになったのは、後拾遺集あたりからなのでしょうか。少なくとも、古今集 や拾遺集の「秋」の巻には、「秋の夕暮れ」止めの歌はありません。
 良暹法師の歌の出典である後拾遺集の秋上や秋下には、「秋の夕暮れ」止めの歌が各々一首づつ載 せられています。

 「君なくて荒れたる宿の浅茅生にうづら鳴くなり秋の夕暮れ」(巻四・秋上・三0二・源時綱)
 「年積もる人こそいとどをしまるれけふばかりなる秋の夕暮れ」(巻五・秋下・三七五・大弐資通)

 いずれの歌も「寂しさ」の用語こそなくとも、歌の背後には、その感情が十分に感じられます。 平成現代の日本人的感覚でも、「春の宵」は何か「艶なるもの」を、「夏の夕べ」には「憩いや安 らぎ」を、「冬の黄昏」では、「寂しさ」を通り越して、「侘びしさ」や「厳しさ」を、「秋の夕 暮れ」は、やはり「寂しさ」を感じます。

◆ いづこも同じ ◆  この歌の用語は、第一句から第五句まで、平成現代の少年にでも語義が 分かる平易なものになっています。ここで、「いずこも同じ」という語について寸評を加えてみます。 この語句は特に平成の人々には、ある意味で安心を覚える語句になっているのです。
 昭和の太平洋戦争以降、欧米式の民主主義が移入され、何から何まで「同じ」ー平等、平等とい う言葉が流行しました。あげくの果てには、食べるものから生活の時間帯まで、同じでなければな らず、時と場合によっては考え方まで一緒であることが暗に要求されることもあるのです。
 同じアパートに住み、亭主は同じ会社に勤めるいわゆるサラリーマン家族はその典型でしょうか。 少しでも他人と違うと落ち着かない、と言う日本人の戦後の集団社会の「いずこも同じ」は、この ようにして根ずいてきたのかもしれません。

 「秋さりて 窓をあくれば 匂ひ来る いずこも同じ さんまの夕餉」
「秋近し 隣はなにを する人ぞ いずこも同じ 野球観戦」

 正しく同じものを食べ、同じテレビジョンで、同じ世の中の出来事に、同じように興味を持って 一喜一憂している日本人村が日本国中のあちこちにあるのです。勿論良暹法師の時代には、人々が 「いづこも同じ」でなく、自然が「いづこも同じ」であったわけですが。
 ちなみに、「いづこも同じ」の「いづこ」について、百人一首の中で同じ語句を求めますと、三六 番歌「夏の夜は」(清原深養父)の「雲のいづこに」があります。八一番歌「ほととぎす」(藤原 実定)には同じ第三句に「ながむれば」の語句が入っています。偶然にも両方とも夏の明け方の歌 です。
 さて、良暹法師の「宿」は「いずこ」でしょうか。彼の歌に、

 「大原や未だ炭窯もならはねば我が宿のみぞけぶりたえける」(詞華集・巻十・雑下・三六五)

とありますから、多分、大原の里に居を構えていたのでしょう。今でも大原は山里の風情が残って おり、平成現代の人々も秋には自然を求めて大原の里に入り、夕暮れの寂しさを満喫するのです。 もはや「いずこも同じ」でない大原の里の秋の夕暮れは、是非とも後世の百人一首を賞する人々には 護り伝えたいものです。
 良暹法師の「寂しさ」の歌はその平明な用語のため、又、何時の時代の日本人にもその心情が共 感を持って迎えられる「秋の夕暮れ」を詠んだため、かつまた、藤原定家によって百人一首の一人 に選ばれたため、その名を永く残すことになりました。
 一方、百人一首には、西行法師、寂蓮法師あるいは定家などの有名な「秋の夕暮れ」の「三夕の 歌」が人口に膾炙されることになったのも歌の内容とは別に、定家には何らかの目的が二夕の歌に 求めれたからでしょう。

*** 百人一首の道草  ***
◆ 三夕の歌 ◆  「秋の夕暮れ」止めの歌をみましょう。「秋の夕暮れ」止めの百人一首は、 八七番歌「村雨の」(寂蓮法師)が対になっています。寂蓮法師も選者の一人になった新古今集 (巻四・秋上および巻五・秋下)では有名な三夕の歌の他にも、いろいろな秋の夕暮れが詠まれて います。
                           「ながむれば衣手涼し久方の天の河原の秋の夕暮れ」(三二一番歌・式子内親王)
 「小倉山麓の野辺の花薄ほのかに見ゆる秋の夕暮れ」(三四七番歌・読人不知)
 「おしなべておもひし事の数々になほ色勝る秋の夕暮れ」(三五七番歌・藤原良経)
 「たえでやはおもひありとも如何せむ葎の宿の秋の夕暮れ」(三六四番歌・藤原雅経)
 「われならぬ人もあはれや勝るらむ鹿泣く山の秋の夕暮れ」(四四三番歌・藤原通親)

 第五句の「秋の夕暮れ」と第一句から第四句との各々の対によって、本歌取りの真似事を試み てみましょう。
 「さびしさに」ー「秋の夕暮れ」
         「小倉山 紅葉踏み分け なく鹿に さびしさつのる 秋の夕暮れ」
 「宿を立ち出でて」ー「秋の夕暮れ」
         「ひと訪はぬ 葎の宿を 立ち出でて いづこにともの 秋の夕暮れ」
 「ながむれば」ー「秋の夕暮れ」
         「ながむれば 天の河原に 彦星の 舟の白波 秋の夕暮れ」
 「いづこも同じ」ー「秋の夕暮れ」
         「高雄山 いづこも同じ 紅葉ばも なほ色勝る 秋の夕暮れ」

***  百人一首の百人家族  ***
◆ 良暹法師 ◆   良暹法師の「暹」という漢字は、平成現代の当用漢字には入っていない ものですが、漢和辞典に依りますと、「日」と「進」の合成語からも推定されるように、「セン; 日が昇ること、日の出」という意味です。「良い日の出」ということですから、大変目出度い吉兆 の名前です。誰に名付けてもらったのか知れませんが、父は不明で、母はかの激情の歌人「藤原 実方」の童女白菊と伝えられております。藤原実方も何かと話題の多い人だったようですが、この 良暹法師も比叡山の僧となり、歌の道では長暦二年(一0三八年)頃より、歌合せに出始め、康平 年間(一0六0年頃)に亡くなるまで、和歌やその他で逸話を多く残した人のようです。
 比叡山の僧侶らしい歌として、
 ー比叡の山の念仏に登りて、月を見て詠めるー

 「天つ風雲吹きはらふ高嶺にて入るまでみつる秋の夜の月」(詞華集・巻第三・秋・九八)

 一方、僧侶らしからぬやや心細い歌として、
 ー病重くなりにける頃、雪の降るを見て詠めるー

 「おぼつかな未だ見ぬ道を死出の山雪踏み分けて越えんとすらん」
                                   (詞華集・巻十・雑下・三五九) やはり比叡僧良暹も人の子であったわけです。

      平成六年八月二十三日 

      
掲載 平成16年5月3日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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