平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 66 歌   知る人 (前大僧正行尊)
もろともにあはれと思へ山桜花より外に知る人もなし

◆ 山桜僧 ◆  この歌から修行中の行尊が、大峰山中で(見たのではなく)「出会った」山桜 と、その山桜と対面している修行僧(行尊)の顔が思い浮かびます。山を登り詰めてきて、ようや く見晴らしの良い峯の尾根路に辿り着いてほっと息を吐いて、ふと対面の山の中腹を見たとき、 「万緑叢中白一点」の山桜の大樹が(見えたのではなく)呼びかけてきたのでしょう。緑の中にそ の一画だけが白雲のように浮いている桜に、「おーい」と思わず修行僧も心の中で呼びかけに応え たのかもしれません。
 山桜は山に登ってくる人を求めて何年もその場所で待っていたというのではなく、山桜は山桜な りに自分の居場所はそこと定めて、一人自分の世界を作ってきたわけで、言い換えれば山桜も一人 の修行僧のようなものかも知れません。山桜はもともとその花の美しさを見てもらいたいために山 中に咲いては人を求めていたのでも、桜見物に来られたくないから人里離れた山中でひっそりと咲 いていたのでもありません。ただ自然のままに悠然と山中に座して、春が来れば花を咲かせている 桜。山桜こそ修行僧そのもので、行尊の感情移入が行われているのかもしれません。
 山中の桜になりたい行尊ー。その行尊の気持ちに応えている山桜ー。まさしく「もろともにあは れと思い」(お互いにしみじみと懐かしく思い)あっている山桜と修行僧は、「あいみたがい(相 身互身)」の「知る人」の間柄になっています。

◆ 問答 ◆ この歌は「山桜」を、呼びかける相手としての「人」に見立てている擬人技法をと っています。歌の内容に屁理屈をつけてみますと、まず、第一句から第三句までは山桜に対して 呼びかけ、第四句、第五句は自問自答している形になっています。「もろともに」とは、「山桜も 自分も」と言うことですから、
一。(一) 山桜よ自分をあはれと思へ ーもろともにー
   (二) 自分は山桜をあはれと思ふ ーもろともにー
二。(一) 自分は山桜より外に知る人なし ーもろともにー
   (二)山桜よ、自分より外に知見する人なしーもろともにー
と言う構成になるのでしょうか。
 この四文章を「もろともに」の語句で、半分に圧縮して二文章にしたのが行尊歌で、
 「もろともに」 + 一。(一) + 二。(一) の取り合わせになります。従って、
 「もろともに」 + 一・(二) + 二。(二) の構成でも歌が出来上がります。

 「もろともに あはれとおもふ 山桜 我より外に 知る人もなし」
 山桜が、行尊の身代わりであるならば、山桜自身が作った歌も出来るわけです。

 「もろともに あはれとおもへ 墨染めの 袖より外に 知る人もなし」

 山桜に知る人になってもらいたいと頼まれれば、山伏修験行者としての甲斐があるというもの です。

◆ 大峰山修業の行者 ◆  行尊が修業をしていた大峰山は、既に十一世紀には山岳修験場とし て名をなしていたわけです。もともと山岳信仰は密教的呪法の験力を身につけようとする宗教で修 行者を賢者とか山伏とか称しています。(小町谷照彦「古典文学知識必携」)
 吉野山や葛城山に行をした役小角が開祖とされています。その吉野山と熊野信仰の地、熊野を 結ぶ大峰山を修行の場とするようになったのは、行尊より更に前の十世紀のことらしく、その後行 尊より百年後、吉野に庵を構えた西行法師もその験者の一人と言えるかも知れません。
 平成現代でもこの修行は綿々と引き継がれており、いわゆる山伏姿の人々が絶え間なく大峰山を 目指してにぎわいの行列をなしています。密教的な修行が廃れない限り、大峰山信仰も絶えること はないでしょう。
 行尊は大峰山修行に明け暮れた高僧らしく、金葉集・巻第九・雑上・五七五番歌には次のような 詞書と歌が残っています。
 ー年久しく苦行しありきて、熊野に験くらべしけるを祐家卿参りあひて見けるに、ことのほかに やせおとろへて姿もあやしげにやつしたりければ、見忘れて、傍らなる僧に、いかなる人ぞことの ほかにしるしありげなる人かな、などたづねけるをききてよめるー

 「心こそ世をば捨てしか幻の姿も人にわすられにけり」

 また次のようにも詠んでいます。

 「思ひ出でてもしもたずぬる人もあらばありとないひそ定め無き世に」
(大僧正行尊)(新古今集・巻十八・雑下・一八三三)
またまた詠んだ歌は、お坊さんらしい内容の物が多いようです。

 「早き瀬に立たぬばかりぞ水車我も浮き世にめぐるとを知れ」(金葉集・巻九・雑上・五四九)
 「おもへども定め無き世のはかなさに何時を待てともえこそたのめね」
                                       (新古今集・巻九・離別・八七九)  ちなみに、新古今集では二人の大僧正が並んで歌を詠んでいます。

  「数ならぬ身を何故に恨みけむとてもかくてもすぐしける世を」
                  (新古今集・巻十八・雑下・一八三四・大僧正行尊)
「いつかわれ み山の里の 寂しきに あるじとなりて ひとに問はれむ」
                  (新古今集・巻第十八・雑下・一八三五・前大僧正慈円)

                     ◆ 大僧正 ◆   行尊は源基平の長男として出生し、十歳で父を失いましたが、円城寺にて 僧行に励み、天治二年(一一二五年)五三歳で鳥羽天皇の護持僧となり、七十歳を越えて遂に大 僧正に栄達した精進の人と言えます。修行の道だけでなく、書、管弦及び歌の諸道にも才能を 発揮したようで、特に歌については藤原顕季や源俊頼らと関係を深め、歌集「行尊大僧正集」を 残しています。(久保田淳「古典和歌必携」)。 大僧正まで登り詰めた行尊(ぎょうそん、ま たはゆきたか、とでもよむのでしょうか)とは、まさしく僧職に相応しい名前を親からもらった ものだと思います。実弟の名前も「行宗」と言いましたから、彼も僧職に就くために相応しい名 前です。さらに歌人として「久安百首」など定家の百人一首の先例となっている歌集も残してい るわけです。金葉集では百人一首に選ばれた兄の歌のあとに兄弟並んで入集しています。

 「幾年に我なりぬらんもろびとの花看る春をよそに聞きつつ」
                 (金葉集・巻九・雑上・五一一・源行宗)

 さらに、兄の影響を受けたと思われる歌があります。

 「如何にせん憂き世の中に炭窯の果ては煙となりぬべき身を」
                                 (金葉集・巻十・雑下・六六九・源行宗)  行尊・行宗という名前を聞きますと、歴史上の人物として有名な行基(六六八〜七四九)の名前 が思い出されます。父親の基平も、奈良時代の社会事業と民間布教に尽力したこの高僧のようにな れと願いを懸けて、子供達の名前を行尊・行宗と名付けたのかもしれません。
 偶然かわかりませんが、行基こそ聖武天皇の大仏造営事業に協力して、七四五年(行尊大僧正に 遡ること三百八十年前)本邦初の大僧正に叙せられた人物なのですから、何かの仏縁が名前を通し て有ったのかも知れません。又、逆に行尊の没後約八十年経って、関白忠通の子に当たる大僧正 慈円(百人一首九五番歌「おほけなく」の作者)が出てきて、百人一首中二名の大僧正が「もろ ともに」入集しています。これも又仏縁と言うべきでしょうか。

*** 百人一首の道草  ***
第一句 もろともに
  百人一首の中で、この歌にのみ用いられている用語で、「花と我」と言うことですが、「相 身互 い」を用いますと次のような歌が出てきます。

 「山桜 あはれと思ふ 修めの身 相身互いの 知る人なれや」

第二句 あはれ
  百人一首で「あはれ」が用いられている歌は、他に四五番歌「あはれとも」(藤原伊尹)と 七五番歌「契りおきし」(藤原基俊) の二首です。前者は「かわいそう」という意味に、後者 では、「あはれ」(ああ)という感動詞として用いられていますので、行尊の「あはれ」(しみ じみと引きつけられる、しみじみとした趣きがある)という意味は行尊の歌だけです。
第五句 知る人

  藤原興風の三四番歌「誰をかも」が好対照になります。興風の歌では、「知る人」は「高砂  の松」にしたいわけで、行尊の「大峰山の「山桜」」に対しているわけです。

 「誰をかも 知る人にせむ 大峰の 花も昔の 友ならなくに」
 「もろともに あはれとおもへ 高砂の 松より外に 知る人もなし」

                              平成六年十月十五日


掲載 平成16年5月2日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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