平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 65 歌   干さぬ袖 (相  模)
恨みわび干さぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ

◆ 袖の歌 ◆  この歌では「干さぬ袖」がキーワードになっていますので、相模の「袖の歌」を 第一句の袖(上袖)と第五句の袖(下袖)として、後拾遺集から拾ってみましょう。

 上袖・巻第十三・七四五番歌 誰が袖に君かさぬらん唐衣夜な夜な我にかたしかせつつ
巻第十四・七九五番歌 我が袖を秋の草葉にくらべばやいづれか露の置きは勝ると
 下袖・巻第十・ 五四九番歌 問はばやと思ひやるだに露けきを如何にぞ君が袖は朽ちぬや
    巻第十一・六四0番歌 逢ふことのなきよりかねて辛ければさてあらましに濡るる袖かな

 この和歌集に彼女の歌は四十首撰歌されていますが、その一割強にあたる八首に一首は袖を詠んだ 歌になっているわけで、彼女の歌道には袖は必須の道具になっています。
 この歌の出典である後拾遺集にある詞書は「永承六年(一0五一年)内裏歌合せに」となってい ますから、この時期の後冷泉天皇は二十七歳の新進気鋭であり、道長の後を受けた頼通が宇治に平 等院を建立するなど藤原氏が全盛を誇る時世で、約百年前村上天皇の天徳歌合を意識した内裏歌会が 催されたときにあたります。
 誰との「恨みわび」の恋なのか明確に言及されていませんが、単なる詠題に対する詠みではない 体験を踏まえた内容になっています。体験の深さが物を言ったのでしょうか、永承六年五月五日の 内裏歌合わせでの相対する「右方」の歌は、右近少将源隆俊の次の歌で、相模が勝ちを獲ってい ます。

 「下萌ゆる嘆きをだにも知らせばやたく火のかみの印ばかりに」(内裏根合・永承六年・十)

◆ 相模と定頼 ◆  相模の周辺に見え隠れする男関係に百人一首で一番手前の六四番歌作者権 中納言定頼がいます。定頼は、かの藤原公任の子息として血筋もピカ一だし、歌道や書道も才能が あり、性格も甚だ社交性があって、女性群によくうけたと見られます。小式部内侍の六十番歌「大 江山」の仕掛人も、元はと言えば定頼の戯れの一言からでた産物との逸話が伝わっているくらい です。
 定頼の名前が出てくる詞書きを持った歌を後拾遺集の中で拾ってみますと、
 ー中納言定頼今は更にこじなどいひて帰りてお供しはべらざりければつかはしけるー

 「こじとだに言はで絶えなば憂かりける人の誠をいかで知らまし」(巻第十三・恋三・七五三)

   ー中納言定頼家を離れて一人侍りける頃、住み侍りけるところの小柴垣の中におかせはべりけるー
  「人知れず心ながくや時雨るらん更けゆく秋の夜半の寝覚めに」(巻第十六・雑二・九三七)

 この歌に対する定頼からの返事は次の通りです。

 「年経ぬる下の心や通ひけん思ひもかけぬ人のみずくき」(相模集・八四)

 定頼との関係においては「乾さぬ袖」を持つ必要がなかったように見えます。

◆ 相模守夫人 ◆  歌人「相模」は、相模守大江公資(きみすけ又はきむより)に嫁いだため、 その官職名を名前として呼ばれていたわけです。相模守としての公資自身の歌が後拾遺集に二、三 あります。
 ー相模守にてのぼりはべりけるにおいその森のもとにて時鳥を聞きて詠めるー

 「東路の思ひ出にせん時鳥おいその森の夜半の一声」 (後拾遺集・巻第三・夏・一九五)

 平安朝の女性の名前は百人一首の中に見られるように、親族の官職名を名前代わりにしています。 例えば、「衛門、式部、大輔、右近、別当、内侍、少納言、儀同三司、大弐三位」等ですし、又官 職の地名も「相模、伊勢、周防、讃岐、紀伊」と言った具合に流用されています。
 「相模」は、今で言えばさしずめ「・・・」国大使の奥さんとでもいうべきところでしょうか。 現在では大使夫人と言うことでもその呼び方を「アメリカ」、「イギリス」あるいは「フランス」 さんなどと呼ばれることはありません。平成現代では、女性も独立して職業を持ち、会社を経営す るようになっていますから、男性の付属物として言及されることはほとんどありません。むしろ女 性の方が有名で、「・・・」女史のご亭主とか、女優「・・・・」さんの夫などと立場が逆転して いる場合もあります。
 相模は名前こそ夫の官職を拝借しているものの、実生活では夫に従うのではなく、自主独立の考 えであったようです。

***  百人一首の百人家族  ***
◆ 名を惜しむ武人の子 ◆  彼女の父親は「詳らかならずあるいは源頼光」と推測するむきも あるようです。 頼光と言えば、大江山の鬼退治の話が有名です。武勇の人を父(義父かも知れ ない)に持った女性として考えますと、自分は自分の意志で生き抜いていくという男勝りの考え、 あるいはこの歌に詠んだように、「名こそ惜しけれ」と名を大切に思う考えなどは、何となく分かる ようにも思います。「恋に朽ちなん名こそ惜しけれ」と名を惜しむことによって、永承六年の内裏 歌合わせにも源常俊に詠み勝っているのです。
 当時の女性の立場から見れば名を惜しむという考えは、女性としては非常に強い自我の主張のよ うに思えます。百人一首では二番後の六七番「春の夜の」(周防内侍)も同じく名を惜しむ女性で す。万葉集の時代には既に山上憶良が「ますらを」は名を立てて、後世に聞き継ぎ語り継がれねば ならない考えを歌で示しました。この考え方は、ごく最近まで、すなわち昭和の中頃まで、私達 日本民族の中で教えられ、培われてきた考えであったのです。
 清和源氏の源流をなす源頼光の子頼国から三代後世に源平合戦の口火を切った源三位頼政が出て、 その娘さんに九二番歌「我が袖は」の二条院讃岐がいます。
   一方、頼光の弟頼信から五代後世は、義朝ー頼朝ー実朝(九三番歌「世の中は」の作者)の系譜 に繋がってゆきます。百人一首では、九二番、九三番と遠い親戚同志が仲良く並んで選歌されて いるのも、何かの縁でしょうか。

      

***  百人一首の忘備録 ***
◆ 涙に濡れて ◆  四二番歌で涙に濡れた袖を絞ったのは清原元輔ですが、涙に濡れて絞るこ となく乾さぬ袖を持ったまま「恨みわび」ている女性は多く、この歌以外に、七二番(紀伊)、九 十番(大輔)、九二番(讃岐)などがそれに相当する歌です。この四名の女性の恋の悩みに涙する 状態は、袖の濡れ方の違いに応じて少しづつ程度が異なることが分かります。
 六五番(乾さぬ袖だにある)すでに涙に濡れた袖だが、乾いていない。
 七二番(あだ波はかけじ) 波をかけると濡れてしまう。まだぬれていない。
九十番(濡れにぞ濡れし) もはや袖は色も変わるほどに濡れている。
 九二番(乾く間も無し)  乾くかと思えば濡れる。
 濡れの程度を軽い順に並べますと、七二番ー六五番ー九二番ー九十番になっています。
 七二番歌は完全に男性から一線を画し、冷静に構えていますし、六五番歌は「恨みわび」、涙に 濡れた袖を見て反省し、「よくよく考えてみると、この恋のために名が朽ちることが惜しくなって きた」と言っているのです。
 九二番歌では、「潮干に見えぬ沖の石のように」と言うところが微妙です。もともと沖の石とは 潮干によって海上に顔を出し、潮に濡れた石が乾く所ですが、この沖の石は海上に顔を出しそうで、 顔を出さない、すなわちこの恋の涙に濡れた袖は乾きそうで乾かないと言う状態なのでしょう。
   最後の九十番は、もはや袖の色まで変わってぼとぼとに濡れていると言っているわけです。いずれ も涙に濡れた袖を詠んだ六五番(相模)と九二番(讃岐)は、その作者の父方同志は遠縁(相模の 兄弟の四代末裔が讃岐)に当たるという関係にあるところも、百人一首の面白いところです。

     【百人一首の談話室】「人工物」
 百人一首の中に出てくる人工物(少なくとも人力が関与している物)を分類しますと次の表のよ うになります。

分  野歌の対象物
住まい庵:一、八  宿:四七、八十  まろや:七一
閨:八五、 庭:九六  軒端:百
衣類衣:一、二、九一、九四  衣手:十五  枕:六七
さむしろ:九一  袖:四二、六五、七二、九十、九二、九五
墨染め:九五 もじずり:十四
川・橋橋:六  柵:三二  網代木:六四  みをつくし:二十、八八
釣り舟:十一  船人、舵:四六 小舟、綱手:九三
神事ぬさ:二四
関・門関:十、六二、七八  門:四六  
都・里都:八、六一  里:二八、三一
田:一  門田:七一

百人一首でよく詠まれているものは、やはり身につけている物(衣類)や身近な物(住まい、川、 橋、舟など)が多いようです。
 衣類の中でも袖が五首もあり、最も多く詠まれています。
 最も高度に人の手が掛かっている物はやはり袖であり、物品では住まいであり舟ということにな ります。これらの平安朝の物品類を見ていますと、平成現代に於ける私達の身の回りの人工物といろ いろな点がかなり異なることが分かります。「袖」を除く、家、橋、舟など素材は大半が植物、すな わち材木類です。
 これに反して現在では多彩な品物が溢れ、ラジオ、テレビ、オートバイ、自動車など、とにかく 騒音の激しい物ばかりが人間を締め上げています。石や粘土に変わって、鉄やコンクリートが幅を 利かせ過ぎているのです。自然の素材が隅に追いやられています。
 平安朝では、衣類の色彩はかなりきらびやかな物であったようです。例えば葵祭りの行列の衣装を 見てもその鮮やかさは大変印象的です。逆に平成現代の衣装の方が色彩の点では乏しさが感じられ るくらいです。夏は白系統、冬は黒、茶系統、平素は褐色、灰色の中間色が何となく全体の服装傾 向として着用されているようで、個々人の特徴を欠き、単一色に見えがちです。少しずつ、日本人 も色彩に対する感覚が鈍ってきているのでしょうか。
 この原因の一つは自然が遠のいていったことによると思われますし、自然の素材を自然のままに 用いる機会が少なくなったことにもよるようです。着物だから豊かな柄模様の色彩が映えるわけ ですが、洋装に柄も模様もあったものではありません。一寸模様をあしらった背広やワンピースが 有れば面白いかも知れません。着用する人間にはかなりの勇気が必要ですが。
 はてさて、千年後の人工物はどうなっているのでしょうか。鉄材やコンクリートは影を潜め、別の 新素材が生活の基礎になっているかも知れません。着物が影を潜めモノトーンの洋服に変わった ように。

平成六年七月十七日


掲載 平成16年5月2日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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