平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 59 歌   代筆伯母さん (赤染衛門)
やすらはで寝なましものをさ夜更けてかたぶくまでの月を見しかな

◆ 恋文の代筆 ◆  この赤染衛門の歌は、その出典である「後拾遺集」の詞書きによりますと、 通う男性を待ち続ける女性(作者の妹)のむなしい気持ちを思いはかっての代作であるというのです。
 代作と言えば平成現代の人々はだんだん筆無精になって手紙どころか葉書の代筆さえしなくなり ました。葉書を書く機会としては、例えば、年賀状、暑中見舞あるいは喪中挨拶など、全て予め 準備された定型文を印刷やゴム印で「代行」させますから、もはや代筆などと言う心やさしい代替 でなく、個性のない偽作としか言い様のない通信になってしまっています。
 宛先さえもパーソナル・コンピューター(パソコン)に登録した名簿を引き出してプリントさ せるという事ですから、もはや代筆という用語は不適当で、手に筆記用具を持って紙に向かって文 字を書くという動作は一切無く、単にパソコンのキーを押すだけの通信文の「機械製作」とでも言 うような実も蓋もないものになりました。
  電話が一般化していない時代には手紙や葉書が主たる通信の手段でしたから、相手に意志を伝え たいときは、否が応でも筆を手にしなければなりませんでした。どうしても自ら書けない場合や文 章に慣れていなくて、文字が書けない人のために代筆業という職業がありました。平成の世でも特 殊な目的の文書は、代理人に頼る場合があります。例えば法律に準拠した行為に伴なう文書類や特 許文書などがそれに当たります。
 最近まで残っていたのが恋文の代筆でしょう。千年たっても人間社会の中での男女の行動様式は 変らないものです。恋文の代筆であれば、女性への手紙の男性の代理人は男性で、女性の代理人には 女性と考えられます。
 現にこの五九番歌「やすらはで・・」の歌は、後拾遺集・巻十二・恋二・六八0番歌の詞書きと して、
 「中の関白少将に侍りける時、はらからなる人に物いひ渡り侍りけり、頼めてこざりけるつとめて 女に代りてよめる 赤染衛門」
 とあり、通う男性(中関白藤原道隆)を待つ女性(赤染衛門の妹)に代わって衛門が詠んでいる わけです。衛門自身も同様な経験があるために身代わりになって和歌を代作できたのではないでし ょうか。
 独り寝を嘆いている百人一首の歌としてはこの歌より六番若い五三番歌の「嘆きつつ」(道綱母) も同じです。この歌の場合は、明らかに歌の作者本人が自分の体験として「独り寝」の夜は「如何に 久しきもの」かと知った上で詠んだものであり、実感がある上、しかも彼女の生涯を濃縮して詠んだ 歌とも言われているものでした。
 代作は代作でも、百人一首の中には心変わりした嘆きを女性に言いたい男性になり代わって、男性 が代作している例(四二番歌「契りきな」(清原元輔)、四五番歌「あはれとも」(藤原伊尹))も あります。これらの人々はこの種の経験が豊富で、よくその男性の心情が分かるから代詠している のか、単にその種の歌を詠むことが好きなだけなのか、よく分かりませんが、非常に特異な才能と 言わざるを得ません。

◆ 世話好き伯母さん ◆  赤染衛門はこの種の代作を生涯にどれほど行なったのか分かりま せんが、物の本によると彼女の性格は、よく気の付く人の上に、周囲に気をかけたい人でもあり、 今で言う世話好き叔母さん的なところがあったように言われていますから、まんざら女性の側に 立っての代作には、それほどの苦労もなく、さらさらと詠んでは渡し、詠んでは配りしていたのか も知れません。その証拠に、この歌と同じ様な状況が後拾遺集・巻十五・八六0番歌でも見られ、 その詞書きには、
 ー中関白少将に侍りけるとき、内の御物忌みに籠もるとて月のいらぬさきにと急ぎ出で侍りけれ ばつとめて女に代わりて遣わしける 赤染衛門ー
 とあって、次の歌が詠まれています。

 「いりぬとて人の急ぎし月影は出でての後も久しくぞみし」

 あるいは音信のない人には、「どうしたの」と声をかけてあげるやさしい心の持ち主の衛門伯母 さんなのです。同じく、後拾遺集・巻十七・雑三・一0一三番歌に

 ー世の中常なく侍りけること、久しう音せぬ人の許に遣わしけるー

 「きえもあへず儚きほどの露ばかりありやなしやと人のとへかし」

さてまた、
 ー摂津国に通ふ人の今なん下ると言ひて後にも又京にありけるを聞きて、人に代わりて詠める

 「ありてやは音せざるべき津の国の今ぞ生田の杜といひしは」
                                   (後拾遺集・巻十九・雑五・一一四一番歌)

 代作は代作でも「娘に代わりて」と言う詞書きのある歌として、
 ー右大将道綱久しう音せでなど恨みぬぞといひてはべりければ

 「恨むとも今はみえじとおもふこそせめて辛さのあまりなりけれ」>br> (後拾遺集・巻十二・恋二・七一0)
 この歌の後に続いて、
 ー夜ことに来んと言ひて夜がれしはべりける男の許に言ひ遣わししけるー

 「今宵さへあらばかくこそ思ほえめけふ暮れぬ間のいのちともかな」
                 (後拾遺集・巻第十二・恋二・七一一・和泉式部)
 「明日ならば忘らるる身になりぬべしけふを過ぐさぬ命ともがな」
                 (後拾遺集・巻第十二・恋二・七一二・赤染衛門)

 いやはや大変気配りの出来るご親戚筋ですね。平安朝でも現代でも赤染衛門のように、今で言う 「気配り」の良くできる伯母さんがいれば周囲の人は大助かりです。
 この気配りの癖は姪の和泉式部夫婦の不仲へも立ち入っており、
                ー橘道貞式部を忘れて陸奥に下りはべりければ式部が許につかわしける                                「行く人も留まるも如何におもふらん別れてのちの又の別れを」
(後拾遺集・巻八・別れ・四九一番歌)
東国へ誰か旅立つと言えば、

 ー大江為基吾妻へまかり下りけるに、扇を遣わすとて

 「惜しむともなきものゆえにしかすがの渡りと聞けばただならぬかな」
(拾遺集・巻六・別れ・三一六番歌)
 何ともはや苦労性の伯母さんですこと。ちなみに気を使ってあげた姪の和泉式部は、後拾遺集で 叔母の赤染衛門の「やすらはで・・・」の歌に並んで詠んだ歌は、

 ー人の頼めてこず侍りければつとめて遣わしけるー

 「起きながら明かしつるかな共寝せぬ鴨の上毛の霜ならなくに」
(後拾遺集・巻十二・恋二・六八二番)

***  百人一首の道草  ***
◆ 赤染衛門 ◆   作者の氏名「赤染衛門」は、どう詠んでも男性の名前と言わざるを得ないの ですが、残念ながら名の由来は、全て父親赤染時用の娘だからで、「赤染」の性を、右衛門尉の 官職に就いていたから、「衛門」を名にしてもらったわけです。
 まず赤染という苗字も大変特徴があり、一度聞いたらなかなか忘れられない音韻と鮮やかさが印 象に残ります。だいたい百人一首の女性の名前は、「伊勢」や「右近」など官職で呼ばれているた め、全て男性の名前のように思います。

◆ 赤 色 ◆  「赤」と言う字の名前は電話帳を引いただけでも、赤井、赤石、赤尾、赤川、 赤城、赤坂、赤沢、赤星,赤堀、赤羽、赤穂、赤瀬、赤田、赤塚、赤間、赤松、赤山など現代でも 多くありますが、赤染はめづらしい部類に入りましょう。これらの中でも歴史上に名を残している のは、赤星由良之助という人形浄瑠璃・竹田出雲「仮名手本忠臣蔵」の主人公や本物の忠臣蔵の 舞台である赤穂、さらには南北朝及び室町時代の部族の赤松などでしょう。
 又昭和の時代の大学受験生には、東京大学の代名詞である赤門が、少年には赤胴鈴之助という漫 画の少年剣士が忘れがたい名前になっているはずです。
   ちなみに百人一首の中での色の名称としては、白が最も多く、雪、波、霜、露、衣、菊等の色と して引用されており、赤や黒はごく一部にしか用いられていません。その点でも代筆伯母さん、 世話好き伯母さんとしての赤染さんは大変印象的です。

                    平成六年七月十二日


掲載 平成16年4月30日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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