平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 55 歌   名こそ流れて (大納言公任)
滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ

◆ 名 声 ◆ この歌の主題は名所や旧跡の名声の高さを詠っている事でしょう。名滝の名声は 著名な「名古曽滝」のこととされています。京都嵯峨野にある大覚寺境内の一画に、今も石碑で 滝の旧蹟が示されています。嵯峨天皇が離宮にされた大覚寺の庭に滝殿が造営されたのは、歌人 藤原公任の時代からでも約百五十年前のことであり、平成の時代からでは約千二百年前になりま す。人の作った名所や旧跡は法隆寺のように一千年以上の生命を保っている例はごく僅かで、ほと んどはあっと言う間に跡形もなくなる場合が普通です。人災あるいは天災で姿を消してしまう 造営物に比較して形を有さない名声は、時の流れと共に展開したり、拡大していき、あるいは 消滅していくものです。
 歌人公任自身も「三舟の才」の名声高く、千二百年後の平成の世までその「名」が「流れ」て 「なほ」どころかますます博学多才の士として「聞え」ています。公任は「名声」のことを詠って、 自身の「名声」を後世に伝える結果になっているのです。日本人は昔から名声を大層重んじ、誰し もが望んだものなのです。既に万葉の時代に山上憶良が詠っています。

 「をのこやもむなしかるべき万世に語り継ぐべき名は立てずして」(巻第六・雑歌・九七八)

 百人一首の中で「名」を採り上げている歌には、二五番三条右大臣の「名にし負ふ」、四一番壬 生忠見の「我が名」、六五番相模の「名こそ惜しけれ」、六七番周防内侍の「名こそ惜しけれ」と ありますから、男性も女性も名と名声と噂を気にしています。
 「名こそ流れて」と誰しも名を残し名声を流したいものですが、歴史上の人物は良きに付け悪し きに付け、いろいろの名声を流しています。ところが一度与えらた「名」は、なかなか後世の人々 には変更してもらいにくいものです。英雄は英雄のまま、少々の都合の悪い事も英雄の名によって 消されてしまいますし、逆に悪人は悪人のまま、少々の善行も悪人の名前には如何ともしがたいほ ど変更させてくれず、なかなか汚名返上させてくれません。悪名を流されるくらいなら、むしろ 無名のままの方がよい場合もありそうですから、有名人になるのも考えものです。悪名は流したく て流しているのではないだけに、当人にとってはたまらない気持ちでしょう。多くは当人の没後の ことですから、余計に何とも遣りようがないのです。

◆ 歌 仙 ◆   藤原公任は百人一首のほぼ中程に位置する重鎮の人と言えます。敷島の道へ の貢献度は大変なもので、百人の人物群では、二十番台までの人麻呂、家持あるいは伊勢、三十番 台の紀貫之、七十番台の俊頼、八十番台の俊成や西行、九十番台の定家等に比類されると思います が、特にその学識の深さは二十番台の菅原道真と双璧をなすと言っても良いでしょう。
 紀貫之が古今集で六歌仙を挙げたのに対して、公任は三十六歌仙を選定しています。公任の選ん だ三十六人衆は七世紀末、持統・文武朝の柿本人麻呂から十世紀末の藤原仲文や高光の頃までの約 三百年に渡るもので、万葉集から三代集(古今集、後撰集、拾遺集)に及んでおります。公任の 三十六歌仙のうち、百人一首にはいっていない歌人は、三人に一人の割になる十二名です。従って 公任の歌人像と定家の歌人像の考え方は三人に一人は違っていたのかも知れません。
  公任の勅撰和歌集への初出は拾遺集で、その拾遺集一0一五番には当人の秀歌として、

   「春来てぞ人も訪ひける山里は花こそ宿の主なりけれ」(巻第十六・雑春・一0一五)

が載せられています。

***  百人一首の忘備録  ***
◆ 和漢朗詠集 ◆  三船の才(漢詩、和歌、管弦)を生かした彼の業績は「和漢朗詠集」で あり、彼の和歌論を展開した「新撰髄脳」と言うことになります。「和漢朗詠集」と「百人一首」 の関係を調べてみます。
 「和漢朗詠集」の構成は、巻上に自然を詠ずる対象として春、夏、秋、冬の計一一四題を、巻 下には人事に関した詠として四十八題を設け、漢詩五五八題、和歌二一六首の組み合わせになっ ています。
これらの和歌のうちより、百人一首の歌人は三十三名で、百人のほぼ三分の一に当たりますが、歌数 は僅かに八首です。従って、公任と定家が心を一つに出来たのは十二首に一首の割合であったとい う事になります。その八人の歌人とは、三番柿本人麻呂、七番阿倍仲麻呂、十一番参議篁、十二番 僧正遍昭、二一番素性法師、二八番源宗于、二九番凡河内躬恒、三四番藤原興風の面々です。ちな みに和歌一首のみ取られた歌人は、恵慶法師、大江千里、大伴家持、清原深養父、光孝天皇、坂上 是則、藤原実方、曽爾好忠、藤原伊尹、藤原道信、源重之の十一人です。

***  百人一首の忘備録 ***「和漢朗詠集」
 藤原公任の編集した「和漢朗詠集」の内容について少し分析してみましょう。
一。構成 巻上(自然) 春(二十一題)夏(十二題)秋(二十四題)冬(九題) 計六十六題
     巻下(人事) 雑部(四十八題) 総計 百十四題。
二。詩歌数  漢詩句 五五八首  唐人詩文 二三四首 本朝詩文 三五四首
       和歌  二一六首 総計 八百四首
三。歌人 唐人 白居易 一三五首 朝人 菅原文時 四十四首

 藤原公任が選んだ歌人は次の三十三名になります。百人一首との対比で見るならば、五十五人中 三十三名が藤原定家と同じ歌人になります。詩歌も百人一首と同じ和歌を選定しているのは八首に なりますから、歌の感覚は更に歌人の四分の一が完全に一致していたことになります。従って百人 一首の中でもこの八首の歌の寿命は非常に長いことになります。

百人一首
歌番号
歌人名和漢朗詠集
入集歌数
百人一首
共通歌
百人一首
歌番号
歌人名和漢朗詠集
入集歌数
百人一首
共通歌
柿本人麻呂あり山部赤人なし
大伴家持なし阿倍仲麻呂あり
十一小野 篁十二あり十二僧正遍昭あり
十五光孝天皇なし十七在原業平なし
十八藤原敏行なし十九伊勢なし
二十一素性法師あり二十三大江千里なし
二十四菅原道真三十八なし二十七中納言兼輔なし
二十八源 宗于あり二十九凡河内躬恒十三あり
三十壬生忠岑なし三十一坂上是則なし
三十三紀 友則なし三十四藤原興風あり
三十五紀 貫之二十一なし三十六清原深養父なし
四十平 兼盛なし四十一清原元輔なし
四十五謙徳公なし四十六曽禰好忠なし
四十七恵慶法師なし四十八源 重之なし
四十九大中臣能宣なし五十藤原義孝なし
五十一藤原実方なし五十二藤原道信なし

  公任と定家の歌に対する違いは次のような和漢朗詠集と百人一首の違いにも出ているようです。
 歌人については、和漢朗詠集では、小野小町が選ばれていないこと、歌では、菅原道真及び紀貫之の 歌に百人一首の歌が選ばれていないこと、などです。
 公任の好みは次の八首にもその一端が出ているのでしょう。いずれも心情を表に出さないで、少し こった詠い回しの物が多いようです。

  三番 足引きの山鳥の尾のしだれ尾の長々しき夜を一人かも寝む   柿本人麻呂
  七番 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも    阿倍仲麻呂
 十一番 わたの原八十島かけて漕ぎいでぬと人には告げよあまの釣り舟 参議 篁 
十二番 天津風雲のかよひ路吹きとじよ乙女の姿しばしとどめむ    僧正遍昭
二十一番 今こむといひしばかりに長月の有明の月を待ちいでつるかな  素性法師
二十八番 山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草も枯れぬとおもへば   源 宗于 
二十九番 心あてにおらばやおらむ初霜の置き惑わせる白菊の花     凡河内躬恒
三十四番 誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに  藤原興風

***  百人一首の百人家族  ***
◆ 藤原公任 ◆  歌才に加えて、藤原道長の時代の四納言としての公任は、斎信、行成、源俊賢 とともに行政の面でも、有職故実の面でも、その才能を発揮した万能選手と言えそうです。斎信は 太政大臣為光の子で、弟に左近中将道信がおり、五十番歌の作者義孝に次ぐ二十三才の若さで早世 した歌道の達人で、公任の敷島の道を受け継いでおります。環境と素質に恵まれた百人一首の作者 群の中でも、飛びきりきらびやかな人物の一人に数えられています。

***  百人一首の道草  ***
◆ 音の世界 ◆  藤原公任の五五番歌では、第一句の「滝の音は」は、「滝の糸は」とも詠ま れているようです。前者では、滝に対して音感的発想を抱いており、後者では、視覚的着想に基づい ているといえます。一音変えるだけで和歌の世界がかなり変貌することが分かります。なおこの歌 では滝の音の方が次の点から面白いと思われます。それは、この歌の縁語の組み合わせが、大変 面白くなっているからです。すなわち滝の音と滝の名で、久しくなるのは聞えなくなった滝の音と、 なお久しく聞える滝の名と言うことです。

 滝の音・・・・・絶えてーーー音なし(なりぬ)ーーー聞えず
 滝の名・・・・・久しくーーー流れて ーーー聞ゆ

 物理的な滝の音は消えても、耳に聞える音声としての滝の名だけは消えないと言いたいのです。

◆ 頭韻の句頭音 ◆  縁語の組合わせに加えて、各句の頭の音も面白い音声の並べ方で、 「たき」「たえ」「なり」「なこそ」「なほ」のように、たーたーなーなーな となっています。
 ここで言葉遊びとして、「な」音を連音させてみましょう。

 「名古曽滝 流れは空に なりぬれど 名こそ流れて なほ聞えけれ」

 一方、「た」音を連ねてみますと、

 「滝の音は 絶えて久しく 経ちしかど 妙なる滝の名 たれも知りける」

 更に調子に乗って先ほどの「滝の音」と「滝の糸」にならって、一字替えの歌の改作を文法を 無視してまで行なってみるのも面白いものです。

 「滝の音は 消えて久しく なりぬれど 名のみ流れて なほ聞こえけり」
 「滝の糸は 萎えて久しく なりぬれば 名のみ流れて 細々聞ゆ」

                              平成六年四月二十九日


掲載 平成16年4月29日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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