平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 53 歌   独り寝の夜 (右大將道綱母)
嘆きつつ独り寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る

◆ 嘆きの独白 ◆  平明な独白のように、平成現代語並みの用語でさらりと詠んだところが この歌の非常に印象的なところで、そのまま意訳無しに嘆きが読みとれます。
 大正七年頃から詠われ始めた流行歌で竹久夢二の「宵待草」に「待てど暮らせど来ぬ人を宵待 草のやるせなさ、今宵は月も出ぬそうな」と、言っている通りです。道綱母の場合、歌は、一夜の 時間の経過を一首にしているわけですが、一人寝る夜の体験は一夜だけでなく幾夜も前例があっ たために、ついに堪忍袋の緒が切れて、「如何に久しきものとかは知る」や、と反問し、苦言し たくなったわけで「待てど暮らせど」に類する「待ちぼうけ」の一首でしょう。
◆ 日記文学 ◆   自分の言いたいことを言葉で表現して言いたい相手に伝える場合、平安 朝の当時は、文(手紙の類)、和歌、漢籍(漢文、漢詩)それに新たに興った文学(説話、物語、 小説、日記など)です。平成の現代では文字や言葉よりも、より直接的な声の録音、映像の録画も 可能ですから、その便利さや伝承する内容の正確さの点では格段の差が認められます。
 平安期に勃興した国文学の一つの特徴は、外来文化による文学以外に「ひらかなとカタカナ」 の文字と、それを用いた説話文学類として、「竹取物語、伊勢物語、大和物語、宇津保物語、 落窪物語」など、小説としての「源氏物語」、随筆随想類としての「枕草子」、さらには日記 類としての「土佐日記、蜻蛉日記、紫式部日記、和泉式部日記」などです。特に注目すべきこ とは、これらの新しい言語表現形態の多くが、才能を有する女性群に支えられている点でしょう。
 この五三番歌の作者藤原道綱母(藤原倫寧女)もその一人で、前述の日記文学のジャンルに於い て紀貫之に次いで日本で初めて女性として「蜻蛉日記」を後世に残したのです。
 この日記は、夫藤原兼家が二十六歳で彼女のもとに通い始めた頃から、息子道綱を得て、壮年に なる四十六歳までの二十一年間の夫婦生活を、彼女の目を通してみた記録で、二番手の夫人の悲 哀をしみじみと嘆いた内容になっています。

◆ 性格と才能 ◆  当時の貴族の家庭生活は一夫多妻が普通でしたから、何も彼女一人だけ が恵まれない状況にあったわけではありませんが、当時の何百万人かの女性を代表して、当時の 夫婦生活の内容を後世に、例えば千年後の平成の人々にも伝えてくれているのです。やはり彼女 には、物を書く才能が他の女性より数段飛び抜けていて、いわば紫式部が仮想の世界を源氏物語 として構築し、貴族社会を画くのに優れていたように、彼女は自分の心情をそのまま日記として 綴ることによって貴族社会を記述することに向いていたのでしょう。
ちなみに「更級日記」の菅原孝標女(一00八〜一0五九)の母は藤原倫寧の娘ですから、道 綱母は叔母に当たるわけです。やはり文学的才能が藤原倫寧から受け継がれて、その娘や孫が日 本文学史上に残るだけの文才を発揮したことになります。もっとも菅原孝標女と道綱母とは世代 が違うためお互いは顔を知らないままのようです。
 その日記の初出の和歌とは、

 「嘆きつつかへす衣のつゆけきにいとど空さへ時雨染むらむ」

であって、「なげき」、「つゆけき」、「しぐれ」、「そむ」等、何と陰鬱な、暗い言葉ばかり 並べたことでしょうか。
 彼女の性格を推測するに、非常に物事を真面目に捉えて、裏腹がなく、自分から決して偽り事を 言わないし、相手の言葉もそのままに受け取り、自分で傷つき、悩み、苛立つことが多かったので はないでしょうか。内省的な面を持つ彼女の性格は、当時の貴族社会におけるある一つのタイプ であって、必ずしも当時の貴族社会の女性が全員そうであったということにはなりません。同じ 平安朝前期の女流文人でも三十年ほど後輩の清少納言などは、彼女と正反対に非常に明るい性格 で、物事を端的にかつ機知に富んだ見方をする平成現代の翔んでいる女性のように多芸多才であ ることが分かります。

***  百人一首の道草 ***
 ◆ 独り寝 ◆    「独り寝」を嘆いているのは何も道綱母一人ではなく、かの歌聖柿本 人麻呂が、「長々しき夜」を「独り寝」(三番歌)ていますし、五九番歌「やすらはで」(赤染 衛門)、八五番歌「よもすがら」俊恵法師)、九一番歌「きりぎりす」(良経)等も共に嘆いて います。これら四首のうち、三番、八五番、九一番歌は男性の側からみた秋の夜長の歌と見れば、 五三番歌と同じ女性側の読みは五九番歌という事になります。それらの違え取り歌は可能でし ょうか。

(本歌)五三番 「嘆きつつ一人寝る夜の明くる間は如何に久しきものとかは知る」
    五九番 「やすらはで寝なましものを小夜更けてかたぶくまでの月を見しかな」
(違え取り歌)
五三番外 「嘆きつつ 寝ねざらましを 明けぬれば 傾く月は かくも侘びしき」
    五九番外 「やすらはで 一人寝る夜も 小夜更けて 月も一人の 我を見すえつ」

 独り寝の夜は長々しいという点では三番歌も変わりありませんから、

  三番外 「山鳥の 尾のしだり尾の ながながし 独り寝の夜は 久しきと知る」

独り物思う夜もつれなきものですから、八五番歌は変じて、

    八五番外 「嘆きつつ 物思ふ夜は 明けやらで 如何につれなき ものとかは知る」

 となり、さらに、独り寝る点が同じ九一番歌も変じて

    九一番外 「嘆きつつ 鳴くや霜夜の きりぎりす 我も侘びしく 独りかも寝む」

 やはり男性の独り寝のわびしさより、男性を待つ女性のひとり寝の方が侘びしさはつのりま しょう。又一般的には独り寝は、後朝の歌より惨めでしょうね。

***  百人一首の百人家族  ***
◆ 本朝三美人 ◆  道綱母は、「尊卑分脈」という本に依りますと、本朝三美人(光明皇后、 衣通姫、染殿后など諸説有り)の一人としていつも数えられていたという事ですから、前述の性格 とこの容貌から全体像を想像しますに、美人で澄ましていて、ちょっと近寄りがたい女性であった ように思います。内心では自分は美人であって、もっと夫に高く評価してもらってもよいはずなの に、何かと自分の思うレベルに全てのことが未達の為、ついつい「嘆きつつ」「一人寝る夜」が 多かったのでしょう。さすればこの歌は彼女の生涯を詠った歌かも知れません。

                              平成六年七月十日


掲載 平成16年4月28日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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