ー実方の君の元に陸奥に下るに、いつしか浜名の橋わたらんとおもふに、早く橋は焼けにけりー
「水の上の浜名の橋も焼けにけり打ちけつ波や寄り来ざりけん」(重之集・九四)
と陸奥に任官している実方に歌を送っています。
こうして百人一首の歌を番号順に見ますと、前後の作者間には何かの関係が保たれている場合
が多いようです。例えば、隣の五二番の藤原道信と五三番右大将道綱母とは、伯母さんと甥の関
係であり、五三番と五四番は伯母さんと姪の関係と言った具合です。
◆ 燃ゆる思ひ ◆ さて、この歌の中心課題である「燃ゆる思ひ」に関係した「燃ゆる」と 言う用語は、隣の隣四九番大中臣能宣の歌 「・・夜は燃え・・」 と対になっています。 「燃ゆる」という点から見ますと、平安貴族社会での情熱の歌人として挙げられるのは、和泉 式部ということになります。「燃ゆる思ひ」は、彼女にとってお手のもので、
「けふもまたかくやいぶきのさしも草さらば我のみ燃えやわたらむ」
(新古今集・巻第十一・恋歌一・一0一二)
と詠い、実方の歌とよく似た調子の歌になっています。彼等は同時代人とすれば、「いぶきのさし
も草」は常套用語であったのかも知れません。平成の現在で言うならば、少し古い歌謡曲の歌詞に
なりますが、「百万ボルトの君の瞳」と言った類いでしょうか。
実方も「燃ゆる思ひ」を何とか言葉で表現して、「ひとづてならで」当人に直接伝えたい気持ち
であったのでしょう。それが出来ない悔しさを「さしもしらじな」と和歌で表現せざるを得なかっ
たのです。
和歌は当時の最も要点をつかんだ意志表明手段であり、心情の伝達方法であり、聞き取りやすく
永く後世に残す記録方法であったと思います。万葉時代の人々の心と言動も手に取るように、それ
こそ息遣いまでが分かるのは和歌ならでこそでしょう。
◆ もぐさ ◆ この歌では、「さしも草」の「ヨモギ」が出てきます。すぐに薬のもぐさを
思い出して、「お灸」の連想から「熱いなあ」という「叫び」声が出てしまいます。一体、当時の
薬はどうなっていたのでしょうか。多分中国文化の輸入による、いわゆる漢方薬が主流を占め、そ
れ以外は日本古来薬類がおまじないと共に使われていたのではないでしょうか。
「熱い」と言う感情に訴えるものとして引き合いに出された「もぐさ」も平成の世で言うならば、
英語の「ホット(hot)」が連想されます。「ホットな関係」などと、新聞の三面記事や週刊誌の
話題として採り上げられます。このような範疇になりますと、和歌の世界とは無縁になり、優美さ
などはない、何かどろどろした三文世間話の世界に入ってしまいます。
良い意味での「ホットニュース」とは、まだ湯気が立っている新鮮なニュースと言うことで、聞い
ていて楽しく嬉しくなるため、早くみんなに教えてやりたいという種類のものです。平安の昔の
ホットニュースはすべてが口こみで、人の口から口へと伝達される物だったのでしょう。新聞、
ラジオ、テレビなどいわゆるマスメディアのない社会でのニュースの伝わり方は事実に対してか
なりの幅を持ったものであったと考えられます。
◆ ホットなカレー ◆ 同じ「hot」は「hot」でも、食べ物のhotとなるとカレーを思い出し
ます。舌がひりひりし、口の中が「燃える」ような、味覚を「麻痺」させる辛さがカレーの特徴
です。
カレーで思い出しますのは、大阪千日前にある「自由軒」という店のカレーです。「夫婦ぜん
ざい」等を書いた大阪の作家織田作之助が出入りしたという店です。
この歌もカレー料理のような趣があります。すなわち
具:いぶき(言)、しらじ(知)、おもひ(思)
ルーまたはスパイス:かく、と、だに、え、や、は、の、さし、も、な、を
隠し味:いぶきー伊吹(息吹き)ー言ふ、さしもーさしも草ー燃ゆる
とでも言った内容ではないでしょうか。
*** 百人一首の忘備録 ***
◆ 品詞分解 ◆ この歌の用語を文法で分類しますと、次のようになります。
動詞+助動詞 :「知ら」「じ」「燃ゆる」 六文字/三十一文字=十九%
固有名詞+名詞 :「いぶき」「さしも草」「思ひ」 十一文字/三十一文字=三十六%
副助詞+副詞 :「かく」「だに」「え」「さ」「しも」 八文字/三十一文字=二十六%
助詞 :「と」 「やは」 「の」 「な」 「を」 六文字/三十一文字=十九%
( 格助詞)(係助詞)(格助詞)(終助詞)(格助詞)
何と三十一文字の四十五%が名詞と動詞以外という点より、あいまい言語の典型と言われる日本語
表現の最たる例と言えるのではないでしょうか。
◆ え音 ◆ この歌の特徴は第二句頭に「え」音が使われている点で、百人一首ではこの歌の みです。「え」頭語は、平安時代及びそれ以前でも余り使われていなく、日本人は「え」音の発音 が不得手であったのではないでしょうか。「え」の付く単語はどちらかと言えば、外来語(漢語) から導入したものが多く、年号に「え」音が逆に多いように思いますし、古語辞典の「え」部を引い ても用語が少ない上に漢字表現が多く、いわゆる「やまと言葉」が少ないように思うからです。 更にこの歌の三句目および四句目には、さ行音が繰り返し使われ、「さ」と「し」が入り乱れ、 「しゅっ、しゅっ」と、もぐさが煙を出して歌の中でくすぶっているように聞えるとみるのは、 言い過ぎでしょうか。
平成六年四月二十六日
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