平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 49 歌  対  句 (大中臣能宣)
御垣守衛士のたく火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ

 この歌の核心を一語で表現するならば、「物思」ということになります。「物思」の状況を示す 説明が、第三句と第四句に「夜は燃え昼は消え」とつけ加えられ、さらにその比喩として、第一 句、第二句に「御垣守の衛士の焚く火」を積み重ねたという構成になっています。特に状況説明の 第三句と第四句は「夜ー昼」「燃えー消え」対比の言葉が組み合わされた対句になっています。

 能宣が和歌所の寄人として撰歌した後撰和歌集での対句形式の歌を拾ってみましょう。

 「来や来やと待つ夕暮といまはとて帰る朝といづれ優れり」(巻九・恋一・五一一・元良親王)
 「ほかの瀬は深くなるらし飛鳥河きのふの淵ぞわが身なりける」(巻九・恋一・五二六・読人不知)

 能宣自身の歌は、拾遺集以降の勅撰集には、百首以上入集していますが、対句の例を探し出し てみました。

 「昨日までよそに思ひしあやめぐさ今日わが宿のつまと見るかな」(拾遺集・巻二・夏・一0九)
 「須磨の浦をけふすぎ行くときし方へ帰る波にやことをつてまし」(後拾遺集・巻九・羇旅五二0)
 「月は入り人は出でなばとまりゐてひとりや我は空をながめん」(詞華集・巻九・雑上・二八七)

 能宣の対句形式「夜は燃え、昼は消え」に類したものに次の歌があります。

 「君がもる衛士のたく火の昼は絶え夜は燃えつつ物をこそ思へ」(読人不知・古今六帖)

 第一句だけが異なるだけで、第二句以降全く能宣の歌と同じため、百人一首の歌は能宣の歌では ないのではと言われています。また、昼と夜を組んだ歌としては、古今集に次の歌があります。

 「音にのみきくの白露夜はおきて昼は思ひにあへずけぬべし」
                     (巻第十一・恋歌一・四七0・素性法師)

 大中臣能宣は、十世紀に七十一年の生涯を送った人物です。梨壺の五人のうちの一人として 「後撰集」を撰し、三十六歌仙の仲間入りも果しています。後撰集には、選者の歌は一首も入れ ない方針でしたが、後撰集後の勅撰集、特にその次の拾遺集では、六十六首も入集しています。 百人一首の出典である詞花集にも八首も入集しており、後拾遺集や新古今集にも十首以上入集し ている結果から考えますと、十世紀の著名な歌人の一人ということになりましょう。
 私家集としての「能宣集」には、この百人一首の歌は、能宣の歌ではないのではと疑われて いるようです。屏風歌を得意としたようで、天徳四年の内裏歌合せをはじめ、多くの歌合せの 左の歌人を勤めたようです。天徳四年の歌合せは、右(中務)、左(大中臣能宣)として、

  右「きみこふるこころはそらに天の原かひなくてふる月日なりけり」
  左「こひしきをなにかについてなぐさめむゆめにもみえずぬるよなければ」

 ここでも、「恋」・「夢」・「寝る夜」と詠んでおり、恋歌は彼の得意分野であったのかも しれません。また詞華集の詞書により、次の歌も天徳歌合の彼の歌です。

 「桜花風にし散らぬものならば思ふことなき春にぞあらまし」(巻第一・春・三四)

 祖父・父・子の三人そろいぶみをした例を拾遺集の中より選んでみます。

 「一節に千代をこめたる杖なればつくともつきじ君は齢は」(巻第五・賀・二七六・頼基)
 「君がためけふ切る竹の杖なればまたも尽きせぬよよぞ籠もれる」巻第五・賀・二八0・能宣)
 「あしひきの山時鳥里なれてたそがれどきになのりすらしも」(巻第十六・雑春・一0七六・輔親)

***  百人一首の忘備録 ***
 能宣の歌に見られる対句の構成よりなる百人一首の歌としては、十番「これやこの」(蝉丸)の 歌における「知るー知らぬ」「行くー帰る」と十六番「立ち別れ」(在原行平)の歌における 「立ち別れー待つ」「往なばー帰り来む」の二首があります。単なる反意語を組み合わせてい るものとしては、次のような数首に一対ずつ用いられています。
 二三番「月見れば」……千々ーひとつ
 五二番「明けぬれば」……明けー暮るる
 六一番「いにしへの」……いにしへー今日
 八四番「ながらへば」……憂しー恋し
 九九番「人もをし」……をしー恨めし  
                          池田弥三郎「百人一首故事物語」で、四九番歌についての故事は、「百人一首をとる方から言うと、 下の句の第一音の「の」の札が十枚あって、「人」「人」ばかりで目移りする中で、この歌だけが 「ひる」で、とり易かった。」と述べておられます。そう言えば、下の句の第一音は「ひ」が最も 多く、十首あり、あ(八首)、「い」「み」(七首)、「こ」「な」「わ」(六首)、「か」 (五首)、これで四九首になり、他に「く」「し」「ま」「よ」(四首)が続いていて、出てこ ない音が十四字もあります。「ひ」の音は十枚に一枚の割合ですから、非常に多いことがわかりま す。この「ひ」の下句の内容をみますと、「人」「人目」「人づて」で九首もあり、「昼」は一首 のみですから、非常に特異なかるたになっています。
 第四句目の「ひ」の文字以外に、この歌の用語の特徴としては、第二句目の「火」という漢字 でしょう。百人一首では、この歌だけが「火」の字があり「燃え」の字も出てきているわけで、 対になっている他の歌としては、五一番「かくとだに」(藤原実方)の中の「燃ゆる思ひ」です。 燃ゆるものは両歌とも恋の思ひであることで共通です。また「物をこそ思へ」止めしている歌も 八十番「長からむ」(待覧門院堀河)と対になっています。

◆ 反意語 ◆  能宣の歌に詠まれているような対比すべき反意語を用いる技法は、作歌上の 常套手段であり、すでに万葉集の巻一の歌から見られるものです。例として、巻第一・十六番・ 額田王の歌を引用します。

 冬ごもり春さり来れば
 鳴かざりし鳥も来鳴きぬ
 咲かざりし花も咲けれど
 山を茂み入りても取らず草深み取りても見ず
 秋山の木の葉を見ては
 黄葉をば取りてぞしのふ青きをば置きてぞ嘆く
 そこし恨めし秋山われは

万葉集の歌聖・柿本人麻呂の短歌より一首、

  「あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも」(巻二・一六九・柿本人麻呂)
  「一瀬には千度障らひ逝く水の後にも逢はなむ今にあらずとも」(巻四・七0二・大伴像見)

 古今集になりますと、さらに多重にかつ華麗な言葉の組合せが行われています。
<京>    <近江>
 「けふ別れあすはあふみと思へども夜やふけぬらん袖の露けき」
 <今日> <明日>               (巻第八・離別・三六九・紀としさだ)
 「君やこし我やゆきけんおもほえず夢かうつつかねてかさめてか」
                          (巻第十三・恋歌三・六四五・読人不知)
 「みつ潮の流れひるまをあひがたみみるめの浦によるをこそ待て」
                           (巻第十三・恋歌三・六六五・清原深養父)
 「寝ても見ゆ寝でも見えけりおほかたはうつせみの世ぞ夢にはありける」
                            (巻第十六・哀傷・八三三・紀友則)
 「世の中にいづら我が身の有りてなしあはれとや言はむあなうとやいはむ」
                             (巻第十八・雑下・九四三・読人不知)
 「世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ」
                             (巻第十八・雑下・九四二・読人不知)

***  百人一首の道草 ***
 「衛士」とは、辞書(広辞苑)によりますと、「律令制で諸国の軍団から毎年交替して上洛し、 衛門府・衛士府に属し、宮城諸門・八省院・大極殿などを守った兵士」、あるいは伊勢神宮司庁・ 熱田神宮に置かれ、警衛取り締まりなどに従った職員をも意味するそうです。宮司職といいますと、 大中臣能宣は、天禄四年(九七三年)から伊勢神宮の祭主になり、二十年間もその任に就いていま したから、百人一首に選ばれた彼の歌も、まんざら関係ないことはないというところです。
 衛士(ゑじ)の職名なら、宮司(ぐうじ)も職名です。百人一首で、官職名が詠まれている歌は、 七八番歌の関守ぐらいです。職名には「し」の字のつくものが多いようです。

  し:史(大史・小史)、子(黒子)、氏(杜氏)、士(衛士・弁士)、仕(給仕)、
司(宮司)、使(大使)、師(教師)、視(警視)、侍(さむらい)
  じ:事(判事)
 しょ:書(秘書)
 しゅ:主(祭主)、手(助手)、守(看守)、取(頭取)、首(元首)
 しゃ:者(医者)

 律令制下の官職としては、「衛士」の他「大史・小史」「大判事・中判事」「大志・小志」、 さらにいろいろな博士(文章、明経、音、書算、天文、暦)あるいは「陰陽師」などです。

平成六年十月二日


掲載 平成16年4月28日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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