平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 46 歌  舵 緒 絶 え (曽祢好忠)
由良のとを渡る舟人かぢを絶え行方も知らぬ恋の道かな

◆ 斬新な歌詠み ◆  都を離れた丹後国の地方官・丹後掾に甘んじていた作者も、歌にはか なり熱心な人で、自信もあったと見えて、ある時、お呼びもかかっていないのに図々しくも殿上 人の歌会に同席しようとしたため、つまみ出されたとの話も伝わっています。今で言えば、和歌 に対して職人気質を持っていた人と言った方がよいかもしれません。彼は専門家の間では斬新で 進歩的と見られた歌風を編み出し、その流れは七四番俊頼から八三番俊成へと受け継がれていっ たとされています。ちなみに私家集としての「好忠集」には、百首歌というのがあり、四季を五 十首歌い、恋を五十首歌っている一方で、源重之が百人一首の原型を示した百首歌があるわけで、 彼等は同時代人としますと、歌人仲間で百首歌は一種はやりの新企画であったのかもしれません。
 従って、定家の小倉山荘百人一首もその延長上にあるわけです。しかし和歌の世界において定家 の時代には陳腐な企画になっていたのかもしれません。
 この歌の主題である舵がこわれるか、なくなる、あるいは梶緒がとれた舟とは、はなはだ不安 定な頼りのない状態を示しています。舟は舵がなくてはどうしようもありません。当時唯一の高 速の多人数運送手段であった人工物「舟」を歌題にしているところが、好忠の好忠らしい所なの でしょうか。

◆ 航空機事故 ◆  平安遷都千二百年後の平成六年四月二十六日午後八時頃、中部日本におけ る名古屋空港に、台湾の台北市から名古屋に着陸しようとした台湾の空港会社所有の中華航空一四 0便(エアバスA三00ー六00R)が、滑走路端に墜落し、乗客二五六名乗員十五名のうち二 百六十名以上が死亡し、生存者はわずかに数名、という事故が起こりました。操縦士の操作ミス、 いわゆる「梶」取りを誤ったと推定されています。
 昭和三十年代後半から平成にかけて、航空機による人に移動が頻繁になり、国内の主要都市間の 移動はもとより、外国への旅行には当然利用される旅行手段となりました。平安時代における「舟」 や「船」の役目は、平成の世では航空機が担っているのです。一度に多数の人々を運ぶわけです から、何か不慮の事故に遭ったときの犠牲は大変なものになります。船や航空機はすべて人間の 造ったものですから、人為的な事故は機械の不具合を含め、皆無にはできませんし、さらには自然 条件による災害をも克服することは、人の経験の及ばぬ所が多くあり、至難の技と言わざるを得 ません。
 昭和六十年八月、五百二十名の死者を出した日本航空機の群馬県山中への墜落事故は、史上最悪 の航空機事故でしたが、これは同機の垂直尾翼の「かぢ」が相模湾上空で「絶え」たために、「ゆ くえも知らぬ」迷走状態に陥り、五百二十名の貴い命を死出の「道」へ誘ったものです。

◆ 梶取り ◆  いったいに「かぢをとる」ということは、物事の動きや方向を決める大切な問題 です。国の舵取りは、平安期は天皇であり、摂政や関白であったわけで、平成の時代では国会で あり、内閣総理大臣であるわけです。船では船長、航空機では機長です。その「かぢを絶え」とい うことは、物事が迷走することを意味しますが、人生の舵取りはそれぞれの人がその人なりに生き ている限り常に行なっていなければならない事柄で、人によっては舵はあっても利かせていない人、 舵を無視している人、舵を捨てた人など、さまざまです。人生の舵取りは、必ずしも正しくできる とは限りませんから、時々「行方も知らぬ」ような状態に陥ることもあり、その度にすぐにもとの 「道」に戻ることができる場合もありますが、復帰できない事態になる場合が多いのです。好忠 の歌にいう「由良の戸」は、流れが早いのか流れが変わりやすいのか、漕ぎ渡る距離が長いのか いずれにしろ、舟人にとっての難所に近い所の代名詞だったのでしょう。
 この歌では、「かぢを」を「舵を」か「舵緒」かの二通りの解釈があるとされています。「舵を」 の場合の「舵」は、舟の方向を決める舵機構全体を意味し、舵緒も含めたことになりますが、「舵緒」 の場合は、舵機構の「コントロール・ロッド」や「コントロール・ワイヤ」を意味し、人の手足で言 うと筋肉や神経ということになると思います。海の難所「由良の門」を渡ることにより、舵そのもの が流されたとみるか、強引な(片意地な)判断によって、舵の操縦機能を失ったと見なすかの解釈に なります。
 歌の意味する背景から考えるならば、「舵緒」をなくしたため、舵は機能せず無意味に舟にくっつ いていて、舟はただ漂っているだけという意味にとる方が、「行方も知らず」漂流している舟人の不 安な顔が連想されますし、まだやりようによっては、「行方も知らぬ恋の道」も元に戻すことも出来 るんだがと思案している様子になりそうです。舵そのものが失せたとなると、もはや舟の形はバラン スを欠いた恰好の悪いものになり、「恋の道」は破局に向かっているといった状態を意味しそうで す。

◆由良の門◆   「由良」の地については、丹後の由良と紀伊の由良が挙げられています。「門」 というのは海路での狭くなったところで、万葉集でも柿本朝臣人麻呂の羇旅の歌八首(巻三)に

 (二五四) ともし火の明石大門に入らむ日やこぎ別れなむ家のあたり見ず
 (二五五) 天ざかるひなの長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ

と、今で言う明石海峡を歌っています。そうしますと「丹後の由良の戸」とは、由良川口付近の 栗田湾と大きくは若狭湾を、「紀伊の由良の戸」とは由良湾を、大きくは紀伊水道を言うことに なるのでしょう。
 丹後の地は、因幡、伯耆、出雲あるいは、石見の諸国ともども日本の歴史の中でも、大陸の中国 や韓の国に近いため、古くから日本海文化の通り道として文化の高い文明の開けた地であったため、 人の行き来も多く、当然海路の舟の往来も多かったと思われます。これらの点から、好忠の歌の 由良は、丹後の由良の方が人々の頭の中には連想しやすかったのではないでしょうか。
 ところが一方では、この歌の出典である新古今和歌集・巻第十一・一0七一番の二番および四番 あとには次の歌があります。

 (一0七三) かぢをたえ由良の湊による舟のたよりも知らぬ沖つ潮風  摂政太政大臣(良経)
 (一0七五) 紀の国や由良の湊に拾ふてふたまかにだにあひ見てしがな  権中納言長方

 なお、玉葉集・巻第八には、

 「由良のとや波路の末ははるかにて有明の月にわたる舟人」 平政村

のような歌も認められ、由良の湊や由良の門と舟の関係は切っても切れない関係であってようです。
 また別の見方としては、由良の戸でなくとも「舵を絶え」るような、海の難所であればどこ でもよいわけで、単に舵をなくした舟が「ゆらり、ゆらり」と漂っていることを懸けるために「由良」 を引き合いに出したのではとも思います。
 「由良の門」を渡る難しさを「恋の道」を漕ぎ渡る難しさに譬えていますが、さらには人生の難波 を漕ぎ渡る難しさを潜在させた歌と見たいと思います。「恋の道」とは単なる男女間の問題だけを 意味するのではなく、広く人が望ましいと思うことを望むこと、あるいは人生の難所を渡ることへ の人の不安や頼りなさ、さらには自然現象による不慮の事態に対処できない人の無力さなどをも暗 示していると拡大解釈したい歌です。

***  百人一首の忘備録  ***「独立特語と渾名」
 曽禰好忠は人々から、「曽丹後掾」「曽丹後」「曽丹」などと渾名されていたということです。 百人一首のそれぞれに歌を代表する独特のいわゆる「キャッチフレーズ」なる物と作者に渾名、 しかも一字で、与えるとすると次のようになりましょうか。

歌番号特殊歌詞渾名歌番号特殊歌詞渾名歌番号特殊歌詞渾名
仮庵香具山山鳥
富士奥山
三笠山辰巳花の色
これやこの十一八十島十二乙女の姿
十三筑波嶺十四陸奥十五若菜
十六因幡山十七神代十八住の江
十九節の間二十はた同じ二十一長月
二十二むべ二十三千々に二十四ぬさ
二十五さねかづら二十六小倉山二十七みかの原
二十八山里二十九こころありて三十
三十一吉野の里三十二しがらみ三十三静心
三十四昔の友三十五昔の香り三十六夏の夜
三十七白露三十八忘らるる身三十九浅茅生
四十問ふまで四十一まだき四十二末の松山
四十三後の心四十四なかなかに四十五いふべき
四十六由良の門四十七八重葎四十八おのれのみ
四十九御垣守五十長くもがな五十一いぶき
五十二暮るるもの五十三久しきもの五十四今日を限り
五十五滝の音五十六思ひ出五十七めぐりあひ
五十八有馬山五十九やすらはで六十大江山
六十一奈良の都六十二空音六十三とばかりを
六十四網代木六十五干さぬ袖六十六もろとも
六十七手枕六十八心にもあらで六十九三室の山
七十立ち出でて七十一門田七十二高師浜
七十三外山の霞七十四初瀬七十五させもが露
七十六雲居七十七滝川七十八淡路島
七十九さやけき八十黒髪八十一時鳥
八十二思ひわび八十三山の奥八十四又このごろ
八十五よもすがら八十六かこち顔西八十七村雨
八十八かりね八十九玉の緒九十雄島
九十一きりぎりす九十二沖の石九十三綱手
九十四美吉野九十五墨染め九十六嵐の庭
九十七/td>松帆の浦九十八みそぎ九十九あぢきなく
軒端

平成六年四月二十六日


掲載 平成16年4月27日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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