◆ 斬新な歌詠み ◆ 都を離れた丹後国の地方官・丹後掾に甘んじていた作者も、歌にはか
なり熱心な人で、自信もあったと見えて、ある時、お呼びもかかっていないのに図々しくも殿上
人の歌会に同席しようとしたため、つまみ出されたとの話も伝わっています。今で言えば、和歌
に対して職人気質を持っていた人と言った方がよいかもしれません。彼は専門家の間では斬新で
進歩的と見られた歌風を編み出し、その流れは七四番俊頼から八三番俊成へと受け継がれていっ
たとされています。ちなみに私家集としての「好忠集」には、百首歌というのがあり、四季を五
十首歌い、恋を五十首歌っている一方で、源重之が百人一首の原型を示した百首歌があるわけで、
彼等は同時代人としますと、歌人仲間で百首歌は一種はやりの新企画であったのかもしれません。
従って、定家の小倉山荘百人一首もその延長上にあるわけです。しかし和歌の世界において定家
の時代には陳腐な企画になっていたのかもしれません。
この歌の主題である舵がこわれるか、なくなる、あるいは梶緒がとれた舟とは、はなはだ不安
定な頼りのない状態を示しています。舟は舵がなくてはどうしようもありません。当時唯一の高
速の多人数運送手段であった人工物「舟」を歌題にしているところが、好忠の好忠らしい所なの
でしょうか。
◆ 航空機事故 ◆ 平安遷都千二百年後の平成六年四月二十六日午後八時頃、中部日本におけ
る名古屋空港に、台湾の台北市から名古屋に着陸しようとした台湾の空港会社所有の中華航空一四
0便(エアバスA三00ー六00R)が、滑走路端に墜落し、乗客二五六名乗員十五名のうち二
百六十名以上が死亡し、生存者はわずかに数名、という事故が起こりました。操縦士の操作ミス、
いわゆる「梶」取りを誤ったと推定されています。
昭和三十年代後半から平成にかけて、航空機による人に移動が頻繁になり、国内の主要都市間の
移動はもとより、外国への旅行には当然利用される旅行手段となりました。平安時代における「舟」
や「船」の役目は、平成の世では航空機が担っているのです。一度に多数の人々を運ぶわけです
から、何か不慮の事故に遭ったときの犠牲は大変なものになります。船や航空機はすべて人間の
造ったものですから、人為的な事故は機械の不具合を含め、皆無にはできませんし、さらには自然
条件による災害をも克服することは、人の経験の及ばぬ所が多くあり、至難の技と言わざるを得
ません。
昭和六十年八月、五百二十名の死者を出した日本航空機の群馬県山中への墜落事故は、史上最悪
の航空機事故でしたが、これは同機の垂直尾翼の「かぢ」が相模湾上空で「絶え」たために、「ゆ
くえも知らぬ」迷走状態に陥り、五百二十名の貴い命を死出の「道」へ誘ったものです。
◆ 梶取り ◆ いったいに「かぢをとる」ということは、物事の動きや方向を決める大切な問題
です。国の舵取りは、平安期は天皇であり、摂政や関白であったわけで、平成の時代では国会で
あり、内閣総理大臣であるわけです。船では船長、航空機では機長です。その「かぢを絶え」とい
うことは、物事が迷走することを意味しますが、人生の舵取りはそれぞれの人がその人なりに生き
ている限り常に行なっていなければならない事柄で、人によっては舵はあっても利かせていない人、
舵を無視している人、舵を捨てた人など、さまざまです。人生の舵取りは、必ずしも正しくできる
とは限りませんから、時々「行方も知らぬ」ような状態に陥ることもあり、その度にすぐにもとの
「道」に戻ることができる場合もありますが、復帰できない事態になる場合が多いのです。好忠
の歌にいう「由良の戸」は、流れが早いのか流れが変わりやすいのか、漕ぎ渡る距離が長いのか
いずれにしろ、舟人にとっての難所に近い所の代名詞だったのでしょう。
この歌では、「かぢを」を「舵を」か「舵緒」かの二通りの解釈があるとされています。「舵を」
の場合の「舵」は、舟の方向を決める舵機構全体を意味し、舵緒も含めたことになりますが、「舵緒」
の場合は、舵機構の「コントロール・ロッド」や「コントロール・ワイヤ」を意味し、人の手足で言
うと筋肉や神経ということになると思います。海の難所「由良の門」を渡ることにより、舵そのもの
が流されたとみるか、強引な(片意地な)判断によって、舵の操縦機能を失ったと見なすかの解釈に
なります。
歌の意味する背景から考えるならば、「舵緒」をなくしたため、舵は機能せず無意味に舟にくっつ
いていて、舟はただ漂っているだけという意味にとる方が、「行方も知らず」漂流している舟人の不
安な顔が連想されますし、まだやりようによっては、「行方も知らぬ恋の道」も元に戻すことも出来
るんだがと思案している様子になりそうです。舵そのものが失せたとなると、もはや舟の形はバラン
スを欠いた恰好の悪いものになり、「恋の道」は破局に向かっているといった状態を意味しそうで
す。
◆由良の門◆ 「由良」の地については、丹後の由良と紀伊の由良が挙げられています。「門」 というのは海路での狭くなったところで、万葉集でも柿本朝臣人麻呂の羇旅の歌八首(巻三)に
(二五四) ともし火の明石大門に入らむ日やこぎ別れなむ家のあたり見ず
(二五五) 天ざかるひなの長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ
と、今で言う明石海峡を歌っています。そうしますと「丹後の由良の戸」とは、由良川口付近の
栗田湾と大きくは若狭湾を、「紀伊の由良の戸」とは由良湾を、大きくは紀伊水道を言うことに
なるのでしょう。
丹後の地は、因幡、伯耆、出雲あるいは、石見の諸国ともども日本の歴史の中でも、大陸の中国
や韓の国に近いため、古くから日本海文化の通り道として文化の高い文明の開けた地であったため、
人の行き来も多く、当然海路の舟の往来も多かったと思われます。これらの点から、好忠の歌の
由良は、丹後の由良の方が人々の頭の中には連想しやすかったのではないでしょうか。
ところが一方では、この歌の出典である新古今和歌集・巻第十一・一0七一番の二番および四番
あとには次の歌があります。
(一0七三) かぢをたえ由良の湊による舟のたよりも知らぬ沖つ潮風 摂政太政大臣(良経)
(一0七五) 紀の国や由良の湊に拾ふてふたまかにだにあひ見てしがな 権中納言長方
なお、玉葉集・巻第八には、
「由良のとや波路の末ははるかにて有明の月にわたる舟人」 平政村
のような歌も認められ、由良の湊や由良の門と舟の関係は切っても切れない関係であってようです。
また別の見方としては、由良の戸でなくとも「舵を絶え」るような、海の難所であればどこ
でもよいわけで、単に舵をなくした舟が「ゆらり、ゆらり」と漂っていることを懸けるために「由良」
を引き合いに出したのではとも思います。
「由良の門」を渡る難しさを「恋の道」を漕ぎ渡る難しさに譬えていますが、さらには人生の難波
を漕ぎ渡る難しさを潜在させた歌と見たいと思います。「恋の道」とは単なる男女間の問題だけを
意味するのではなく、広く人が望ましいと思うことを望むこと、あるいは人生の難所を渡ることへ
の人の不安や頼りなさ、さらには自然現象による不慮の事態に対処できない人の無力さなどをも暗
示していると拡大解釈したい歌です。
*** 百人一首の忘備録 ***「独立特語と渾名」
曽禰好忠は人々から、「曽丹後掾」「曽丹後」「曽丹」などと渾名されていたということです。
百人一首のそれぞれに歌を代表する独特のいわゆる「キャッチフレーズ」なる物と作者に渾名、
しかも一字で、与えるとすると次のようになりましょうか。
| 歌番号 | 特殊歌詞 | 渾名 | 歌番号 | 特殊歌詞 | 渾名 | 歌番号 | 特殊歌詞 | 渾名 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 一 | 仮庵 | 天 | 二 | 香具山 | 統 | 三 | 山鳥 | 人 |
| 四 | 富士 | 山 | 五 | 奥山 | 猿 | 六 | 鵲 | 持 |
| 七 | 三笠山 | 仲 | 八 | 辰巳 | 喜 | 九 | 花の色 | 町 |
| 十 | これやこの | 蝉 | 十一 | 八十島 | 篁 | 十二 | 乙女の姿 | 遍 |
| 十三 | 筑波嶺 | 陽 | 十四 | 陸奥 | 河 | 十五 | 若菜 | 光 |
| 十六 | 因幡山 | 行 | 十七 | 神代 | 業 | 十八 | 住の江 | 敏 |
| 十九 | 節の間 | 伊 | 二十 | はた同じ | 良 | 二十一 | 長月 | 素 |
| 二十二 | むべ | 文 | 二十三 | 千々に | 千 | 二十四 | ぬさ | 菅 |
| 二十五 | さねかづら | 条 | 二十六 | 小倉山 | 貞 | 二十七 | みかの原 | 兼 |
| 二十八 | 山里 | 宗 | 二十九 | こころありて | 凡 | 三十 | 暁 | 岑 |
| 三十一 | 吉野の里 | 坂 | 三十二 | しがらみ | 春 | 三十三 | 静心 | 友 |
| 三十四 | 昔の友 | 興 | 三十五 | 昔の香り | 貫 | 三十六 | 夏の夜 | 深 |
| 三十七 | 白露 | 屋 | 三十八 | 忘らるる身 | 右 | 三十九 | 浅茅生 | 等 |
| 四十 | 問ふまで | 平 | 四十一 | まだき | 見 | 四十二 | 末の松山 | 元 |
| 四十三 | 後の心 | 敦 | 四十四 | なかなかに | 朝 | 四十五 | いふべき | 謙 |
| 四十六 | 由良の門 | 曽 | 四十七 | 八重葎 | 慶 | 四十八 | おのれのみ | 重 |
| 四十九 | 御垣守 | 宣 | 五十 | 長くもがな | 義 | 五十一 | いぶき | 実 |
| 五十二 | 暮るるもの | 道 | 五十三 | 久しきもの | 綱 | 五十四 | 今日を限り | 儀 |
| 五十五 | 滝の音 | 公 | 五十六 | 思ひ出 | 泉 | 五十七 | めぐりあひ | 紫 |
| 五十八 | 有馬山 | 大 | 五十九 | やすらはで | 染 | 六十 | 大江山 | 小 |
| 六十一 | 奈良の都 | 勢 | 六十二 | 空音 | 少 | 六十三 | とばかりを | 左 |
| 六十四 | 網代木 | 頼 | 六十五 | 干さぬ袖 | 相 | 六十六 | もろとも | 行 |
| 六十七 | 手枕 | 周 | 六十八 | 心にもあらで | 三 | 六十九 | 三室の山 | 能 |
| 七十 | 立ち出でて | 暹 | 七十一 | 門田 | 経 | 七十二 | 高師浜 | 祐 |
| 七十三 | 外山の霞 | 匡 | 七十四 | 初瀬 | 俊 | 七十五 | させもが露 | 基 |
| 七十六 | 雲居 | 法 | 七十七 | 滝川 | 崇 | 七十八 | 淡路島 | 昌 |
| 七十九 | さやけき | 顕 | 八十 | 黒髪 | 堀 | 八十一 | 時鳥 | 徳 |
| 八十二 | 思ひわび | 因 | 八十三 | 山の奥 | 成 | 八十四 | 又このごろ | 清 |
| 八十五 | よもすがら | 恵 | 八十六 | かこち顔 | 西 | 八十七 | 村雨 | 寂 |
| 八十八 | かりね | 別 | 八十九 | 玉の緒 | 式 | 九十 | 雄島 | 殷 |
| 九十一 | きりぎりす | 京 | 九十二 | 沖の石 | 讃 | 九十三 | 綱手 | 鎌 |
| 九十四 | 美吉野 | 雅 | 九十五 | 墨染め | 慈 | 九十六 | 嵐の庭 | 入 |
| 九十七/td> | 松帆の浦 | 定 | 九十八 | みそぎ | 隆 | 九十九 | あぢきなく | 鳥 |
| 百 | 軒端 | 順 | ー | ー | ー | ー | ー | ー |
平成六年四月二十六日
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