◆ 右 近 ◆ 百人一首三八番歌「忘らるる」(右近)の「逢ひ見」た相手が藤原敦忠と言わ れております。右近側の歌から敦忠なる人物を想像するに、いろいろと口約束をして神に誓いをた て、右近にその気にさせておきながら、時が経てば忘れてしまって、次の恋に走る男のようになっ ていますが、敦忠は敦忠で、悩んでいたように思えるのがこの歌です。右近との恋の仲が「逢ひ見 て後」ますます心身ともに拘束され、泥沼に入り、相方が身動きのとれないほどにあれこれ悩むこ とになってしまった。「逢ひ見」ぬ前の「心」の方が、恋の遊びとして、口先だけの奉仕(西欧人 の言うリップサービス)をしておればよかったから、大変気が楽で、手を引きたければいつでも引 けたし、大きくも小さくも自由に思いを拡げたり、縮めたりすることができたのに、今となっては 悔やまれることばかりである。なんとかこの苦境を脱出するか、打開する方法はないものであろう か。
◆ 物思ふ ◆ 「物を思う」という中身をよい意味にとれば、『「逢ひ見てのち」は相手を以
前以上に考えてあげることや、思いをかけてあげることが多くなり、さらにはこれでは相手は不足
に思っているのではないか、できることが何か欠けているのではないかと、自分の行いを絶えず反
省し、さらに相手への気持ちを昇華させていくような状態になっている』と考えられます。これで
は、恋は盲目ただただわき目もくれずに、真っ直ぐ前を向いて突き進んでいる状態でしょう。
一方、悪い意味にとれば『「逢ひ見てのち」「しまった」と思い悩むことが多い。できれば早く、
相手との関係を整理したい。「こんなはずではなかった」とまでは言わないまでも、どうもそうなり
そうな気がする』とも考えられます。後者の歌の意味合いだけでは、はなはだひからびた無味乾燥
な歌になりますから、どちらかと言えば前者の意味が適しているかと思います。
さらに、「逢うひ見ての心」を先人達は次のように詠っています。
「逢ひ見ては慰さむとこそ思ひしをなごりしもこそ恋しかりけれ」
(巻第十一・七一一・坂上是則)
「逢ひ見てはしにせぬ身とぞなりぬべき頼むるにだに延ぶる命は」
(巻第十一・六九二・読人不知)
「逢ふことを待ちし月日のほどよりも今日の暮こそひさしかりけれ
(巻第十二・七一四・大中臣能宣)
「逢ひ見てもなほなぐさまぬ心かな幾千代ねてか恋のさむべき」
(巻第十二・七一六・紀貫之)
「逢いひ見では幾久さにもあらねども年月のごとおもほゆるかな
(巻第十二・七四四・柿本人麻呂)
「あひみでもあはでもなげく織女はいつか心ののどけかるべき」
(巻第三・一五三・読人不知)
「あひめでもありにしものをいつのまにならひて人の恋しかるらむ」
(巻第十二・七一二・読人不知)
結論から言いますと、いつの時代の誰でも、心の安らぎが得られないのが「逢ひみての」心
であり、「逢ふこと」への心の苛立ちであるようです。
◆ 知る悩み ◆ 平安の時代に敦忠が体験していた「知る悩み」は、平成の現代でも全く同じ 事が言えるわけで、男女の仲は時代に関係なくいつの世でも同じ現象と言えます。万葉の時代でも
「相見ては幾日も経ぬをここだくも狂ひに狂ひ思はゆるかも」(巻第四・七五一)
「なかなかに見ざりしよりは相見ては恋しき心まして思はゆ」(巻第十一・二三九二)
かくの如しです。違うところといえば共同生活の社会が大きくなるに従い、年齢的、時間的、空間
的にも男女の関係する機会が多くなり、それだけ複雑になり、めまぐるしくなっているだけと見れば
よいのではないでしょうか。現代はすべてが迅速化されていますから、「物を思」うことが少なく、
早々に結論を出してしまうところがあり、行きつ戻りつの思い悩むことが時間的に許されなくなって
きているのかもしれません。
現に今は一人になれる場所や時間が甚だ少ないことは事実で、寝ているときの夢の中と、生理的
排出作業場(便所)が現世での唯一の思考の場とさえ言われています。その点、昔は、人里を離れ
れば、すぐに世を捨てた仙人になれたのですが、今では身をかくし仙人になれる山奥が無く、むし
ろ大都会の街中をねぐらにしている放浪者が仙人のようです。
「世の中に 自在の間なく 思ひ入る 深山の西ぞ あくがるるべし」
◆ 後の心 ◆ 敦忠の歌は「逢ひ見ての」恋歌として成立しているわけですが、彼の言う
「のちの心」と「昔は物を思はざり」という事態は、昔も今も男女の仲以外でも、多々あてはまる
ことが多いように思います。知ったがために、より一層物思わざるを得ないという「のちの心」が
くせものと知ったことの悩みになります。例えば、かけ事(賭博)などもその一つです。「一度儲
かって味をしめる」と、もう儲かることばかりを考えてお金を使い込んでゆき、挙げ句の果てに、
破産する。遊びとして、お金を使っている限りは、気持ちの上でも軽く深刻にならないものが、損を
していると思ったとたんに遊びではなくなるのです。
お金がその典型的な例の一つでしょう。一度「お金の威力」を知ると、お金の魅力にとりつかれ
てしまい、ついに金によって思い悩むことが多くなるのです。必要に応じてお金を使っている限り
は、何の問題もないわけですが、金に使われる身に成り果てた途端、お金を知らない方がよかった
となります。
人とのつきあいも、さらにもう一つの事例になりましょう。相手の人を信頼して、つきあってい
る間は良いわけですが、一旦相手の本心を垣間見てしまいますと、知らない方がよかったと思うよ
うになります。さらには、今まで相手は自分をこうみていたのか、こちらは裸でつきあっていたの
に、もはや隠すところもなくなった、こう言えば今度は今まで通りには取らないだろう、自分が
気付いていることを知っているだろうか、今までのつき合い方を変えるわけにはいかないし、など
と思う悩みは増えるばかりです。
誰でもその人の一生においてもっとも「昔は物を思はざりけり」と思う時は、子供の世界から
大人の世界へ入ることによる世の中を「見て」しまった時の「のちの心」でしょう。すべてが
不純で、不道徳で、理不尽な事ばかりが世の中を支配していると思えることです。理屈にあった
こと、正義にかなったことだけでは渡っていけないこの世の中。
「世を見ての のちの心に くるぶれば 昔は物を 思はざりけり」
「世を見てし 大人心は うしつらし 取り戻したき 子供の昔」
だれしも世を見ない子供の昔に戻りたいと思っているわけですが、現実の世界は不可逆の原理
に縛られていて、その世の中に否応なく住まざるを得ないのです。敦忠の歌った男女の関係を含む
人間関係やそこから起ってくるさまざまな社会生活の煩わしさは、敦忠の平安期貴族社会からは予
測できないほど、平成現代の庶民中心の社会は複雑に錯綜しており「のちの心」ばかりをもって生
きていると言ってもおかしくないように思います。
このことは、人間の社会政治形態そのものについても言えることではないでしょうか。
日本の場合、氏族政治、律令政治、摂関政治、幕府政治、藩閥政治、立憲政治と変遷してきたわ
けですが、それぞれの時代がそれぞれにその政治形態を体験した「のちの心」を持つたびに「昔は
物を思はざりけり」と、懐古か反省かを繰り返してきたのではないでしょうか。些細な恋歌を極
端に拡大展開しすぎて、政治の話にまでなってしまいました。
*** 百人一首の忘備録 ***
この歌の頭は「逢ひ見ての」ですが、百人一首で「逢」の文字を含む歌は六首あり、「逢坂」と
しての使い方は三首あります。歌頭に「逢」を使っているのは敦忠のお隣さん朝忠の四四番歌「逢
ふことの」(逢ひ逢ひ傘の敦忠・朝忠)ですが、この歌とほとんど同じことを歌っており、やはり
「逢うことさえなければ物思う(人をも身をも恨む)ことがないのに」ということです。敦忠の逢
ひ見し相手の右近(三八番歌)から朝忠(四四番歌)までの七首は、いずれもが男女の恋を歌い、
それぞれに悩んでいるわけですが、中でも敦忠・朝忠の悩み方は他の五人以上のように思えます。
もっとも敦忠の恋の悩みは、右近との関係に見られるようにむしろ楽しんでいたようで、ひょっと
すると業平の血筋をひいている可能性もありといわれています。また、後撰集・巻第十三・恋五に
「如何にしてかく思ふてふ事をだに人づてならで君に語らん」(九五二)
ですから、ほんとうに彼が人生上で悩む「のちの心」を持つに到る「見」た出来事とは、父左
大臣時平のやりたい放題のあくどく汚い政治陰謀(菅原道真を陥れて太宰府へ左遷させた)では
ないでしょうか。
従三位権中納言のかなり高い官位まで昇進しながら、「われ命短き」と三十八歳で早逝したのも、
道真の天罰とみられているのです。まさしく、
「悪見ての のちの心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり」
この辺の事情は、彼から二百三十年後に現れた平重盛の父清盛に対する悩みに似通っています。 いずれの方も安らかな人生を送れなかったのは、宿命としかいいようがありません。敦忠の本心に 近いと思われる次の歌一首が敦忠集にあります。
「さりともと思ふ心に謀られて世にも今日までに生ける命か」
【百人一首の談話室】「後 朝」
一。辞典(広辞苑)によるきぬぎぬ(衣衣、後朝)の語義を引用しますと、次のようになります。
(一)衣を重ねて共寝した男女が翌朝めいめいの着物を着て別れること又その朝、曉の別れ。
(二)男女、特に夫婦が別れること。
(三)離ればなれになること。
和歌では(一)の語義で、後朝が詠まれて用いられている歌が多いようです。
「後朝」はどう詠んでも当て字としか考えられません。「事の後の朝」という事なのでしょうか。
漢和辞典によりますと、「後」の就く熟語には次のようにやや内容の暗いものが多いようです。
後天(時機遅れ) 後母(継母)及びこれに準ずるものは 後妻 後姉 後室(未亡人)
後言(かげぐち) 後車(そえぐるま) 後事(死後の処置)
後悔(あとでくやむ) 後患(後の憂い) 後塵(あとのほこり) 後難(後の災い)
こうしてみますと、「後朝」の文字には何か悔しさ、無念さや悩みのような感情が隠されている
ように見えてきます。「後日」とか「後年」などにはあまりそういった感情が湧いてこないのです
が。一転して「後女」とか「後男」などの造語からの印象は何か意味ありげなややこしい男女関係
を意味する熟語になりそうです。
二。百人一首の中で後朝の歌は四十三番、五十番、五十二番、八十番などがその代表歌になっていま
すが、「物を思ふ」なやみの深さはやはり、四十三番歌や八十番歌が飛び抜けているのではないで
しょうか。この二首からは即座に詠者の悩んでいる姿態や顔色が目に浮かびます。後朝の歌は時代
を超えて社会体制や生活様式に関係なく、人々に共感される内容のものです。男女関係で男が女を
思い、女が男に悩む事態は平安朝も平成現代も、いや五百年後も千年後の人々でも変わることはな
いと思われます。
後朝の結果は、「独り寝」になってしまうわけですが、「独り寝」の歌は百人一首には三首
(三 番、五十三番、九十一番)有り、特に三番歌と九十一番は五句目がともに「一人かも寝む」
の同句 の一対になっています。いずれの歌でも共寝より、ひとり寝の夜は異常に長く感じられる
と言う詠 みになっています。
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