◆ 意思伝達方法 ◆ この歌は、多分に心理世界に入り込んだ詠みと内容になっています。
人が自分の心境・思い・考え・感情を表すのに、いろいろな方法を用います。まず、ずばり口から
言葉になおして、相手に伝える方法です。はっきりした内容かもしれませんが、口下手の人には、
どうしても利用しにくい方法ですし、言いたいことの半分も表現できない場合が多くあります。言
ってしまってからあとで「しまった、こう言えばよかった」などとなりがちです。人によりますが、
場合によっては、自分が言いたいことと全く反対のことを言ってしまった結果になることもあり
ます。
言葉の表現は時・場所・相手によっては、的確な場合もありますが、大半はその場限りでどうし
ても、相方との意向が一致しないならまだしも、逆に一方的に誤解してしまうこともありうるの
です。この点文字にして文章を作って伝えることは、その場限りにならず、自分なりにも考え方
を整理して、後になっても、その時の思考が後追いできる利点がある一方、どうしても間のびし
てしまいます。必ず相手に読んでもらうことが文字による意思伝達の第一条件ですから、やはり、
これでも完全に意図を伝えたとは言えないでしょう。会話と同様、言いたいことの半分も伝えら
れれば上出来です。
口でもだめ、文字でもだめとなれば、あとは絵などの画像にするか、身振り、手振り(手話)、
さらには高度な顔色や目の表現に頼ることになります。これらの方法では言いたいことのごく一部
の簡単なポイントだけしか伝えられません。ダンスや舞踏も表現芸術でしょうが、表現には一定の
約束が必要になります。
日本人は、どちらかというと、口より文字、動作より色です。日本人の場合は、演説するより
「アウン」の呼吸や三十一文字の歌にすることの方が合っているのです。例えば忠臣蔵は、浅野内
匠頭の
「風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残りをいかにとかせん」
の辞世の歌で始まり、四十七士が一年半かかって仇討ちを果たし、
「咲く花と共に散りにし我が主の春の名残りをかくととどめし」
で終わるわけです。
「目は口ほどに物を言い」のたぐいです。議論するより風呂に一緒に入ってふれあいによるコミ
ュニケーションあるいは同じ釜のめしを食う仲間意識で、意志を無言のうちに伝えたがるのが日本
人一般なのです。
兼盛はこれらの各種意志伝達方法のうちから「色」と「問ふ」を挙げました。
ここでいう「色」とは、仏教用語の「色(しき)」に近いのではないでしょうか。すなわち、
空でないこの世の物事の総称と考えますと、この恋歌の場合には、恋をしている人間の醸し出す
全ての物的現象、いわば気配、様子などをさしていますから、顔色、目の色、目の輝き、目のゆ
きどころ、髪型、かぶりもの、はきもの、手に持つもの、衣装に化粧、手足の動作、ものの言い
方すべてを指します。
この「色」を表に出ないようにするのが、「忍」ということになるのでしょう。「忍」んでいる
はずなのに「色」に出てしまっている。自分では「忍」んでいても他人から見れば、あからさまに
「色」に出ているという状態、恋とはそういうものではないでしょうか。逆に言うと、「色」に
出ない恋は恋でないということになります。「忍」べないから「恋」なのであって、「忍」べる
「恋」は、本当の「恋」ではないと、兼盛は言いたかったのではないでしょうか。
◆ 問 ふ ◆ 上句の「色」の意志表現方法に対して、下句の意志表現方法は「問ふ」という
具体的な動作を比較して用いています。「物や思ふ」と「問ふ」人も、半分以上「恋」をしている
人を見ればわかっているはずなのに、敢えて、「どうなさいました」といじわるく気遣うところが
また問われた当人にしてみれば、一段と気にかかるところで、さらに「忍」ぼうとすることになり
ます。
しかし人間の本心を示す「色」が本当であればあるほど、「忍」ぶ度合いに反比例して、「色」
にあざやかに出てくるものです。もしかすると「物や思ふ」と「問ふ」人は、よけいにその人の
「色」を引き出そうとしているのかもしれません。「色」に興味がある人でなければ、「色」が
見えても「物や思ふ」と引っかけてこないと思われますし、知らぬ顔を決め込んでいて、「あの
人は恋をしているのだな」でおしまいです。
十世紀の恋歌は「忍ぶれど色に出でにけり」ですが、平成現代の場合はどうなるのでしょうか。
忍ばずに色に出す前に、別の意志表示としての言葉や、漫画や、テレビ映像、はたまた、積極的な
男女間の行動に移行しているのではないでしょうか。千年後は、どういう恋の表現を使うことにな
るのでしょうか。
*** 百人一首の忘備録 ***
◆ 色 ◆ 百人一首で「色」の用語を詠んだ歌は、本歌以外に九番歌「花の色は」(小野小町)、
および九十番歌「…色は変らず」(藤原信成女)の二首がありますが、いずれも背景の概念は少し
ずつ違います。「花の色」は、花の華やかな様子および花そのものの色合い、さらには、女性の容
色、若やいだ姿勢などを含めていますし、「あまの袖の色」では物理的な色彩の意味と、女性の
恋の心そのもの、あるいは涙で濡れた化粧などの意味を代表しています。
平成現代での「色」の意味を辞典(広辞苑)でみますと、七種ほどの使い方があるようです。
(一)色彩
(二)染色、禁色、顔色、化粧、醤油、紅
(三)容姿の美しさ
(四)物の趣:イ。興味、趣味 ロ。きざし、様子 ハ。調子
(五)愛情:イ。なさけ ロ。色情、欲情、情事 ハ。情人、恋人 ニ。遊女
(六)種類
(七)邦楽の用語
熟語としても「色は思案の外」(男女の恋)、「色も香も」(姿と心、名と実)、「色を作す」
(怒る)など含みの多い言葉です。
◆色に出ずる歌◆ 古今集や拾遺集にみる「色に出づる歌」の例としては、
「花みれば心さへにぞうつりける色にはいでじ人もこそ知れ」
(巻第二・春下・一0四、みつね)
「思ふには忍ぶることぞ負けにける色にはいでじと思ひしものを」
(巻第十一・恋一・五0三、読人不知)
後者の歌は、兼盛の歌と同じ内容を詠んでいるのですが、兼盛の歌の方が、すんなりと滑らかな歌
になっています。
拾遺集・巻十一にある紀貫之の歌を見ましょう。
「色ならばうつるばかりもそめてまし思ふ心をしる人のなき」(巻十一・恋一・六二三)
「色もなき心を人にそめしよりうつろはむとは我が思はなくに」(巻十一・恋三・八四二)
さらに読人不知の歌を挙げますと、
「歎きあまり遂に色にぞ出でぬべき言はぬを人の知らばこそあらめ」
(巻第十一・恋一・六二五、読人不知)
「恋しきは色に出でても見えなくにいかなる時か胸にしむらむ」
(巻第十五・恋五・九三九、読人不知)
新古今集では、次のように詠われています。
「わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり」
(巻第十一・恋一・一0二七・花園左大臣)
「いそのかみふるの神杉ふりぬれど色には出でず露も時雨も」
(巻第十一・恋一・一0二八・摂政太政大臣)
*** 百人一首の百人家族 ***
◆ 平 兼盛 ◆ 平兼盛は祖先を光孝天皇(第五八代、百人一首十五番歌)とし、筑前守平篤
行の子息として生まれ、娘と言われているのは赤染衛門(百人一首五九番歌作者)です。したがって
兼盛の累系には、源融(十四番)、源等(三十九番)、光孝天皇(十五番)、源宗于(二十八番
)と四人も大先輩がいるわけです。なお、約百五十年後世に出てくる平忠盛ー清盛ー重盛以下の
平氏一族は同じ桓武天皇の末裔ですが、兼盛とは別の葛原親王の累系です。
◆ 源 重之 ◆ 平兼盛と関係のあった仲間に源重之がいます。拾遺集には重之も、十四首選ばれ ており、そのうち三首は両名並んで選歌されています。
( 兼盛)時雨ゆゑかづく袂をよそ人はもみぢをはらふ袖とかやみむ (巻第四・二二二)
(重之)蘆の葉に隠れて住みし津の国のこやはあらはに冬は来にけり (同上・二二三)
( 兼盛)人はいさをかしやすらむ冬くれば年のみつもる雪とこそ見れ (同上・二六0)
( 兼盛)かぞふれば我が身につもる年月をおくりむかふとなに急ぐらむ (同上・二六一)
( 重之)ゆきつもるおのが年をば知らずして春をばあすと聞くぞ嬉しさ (同上・二六二)
(兼盛)はるかなる旅の空にも後れねばうらやましさは秋の夜の月 (巻第六・三四七)
(重之)船路には草の枕もむすばねばおきながらこそ夢も見えけれ (同上・三四九)
さらに、巻第二十・哀傷の一三0四番歌は、平兼盛又は源重之の歌とされています。
(兼盛又は重之)(一三0四)「なよ竹の我が子のよをばしらずしておほし立てつと思ひけるかな」
重之の娘達が東国の安達か原に住んでいることをユーモアを込めてからかって詠んだ歌です。
「みちのくの安達が原の黒塚に鬼こもれりといふはまことか」
*** 百人一首の道草 ***
平兼盛の歌と対で引用されるのは天徳四年(九六0年)村上天皇内裏歌合わせで組み合わされた
四一番歌「恋すてふ」(壬生忠見)の歌です。この歌も、前述の「恋とは何をもって判断するか」
の問に対する二つの状況を述べています。上句での「名が立つ」、すなわち他人の言葉としてのう
わさと下句の他人に知られず自分一人で「思ひそめ」るという状況です。
いずれも物的証拠がありませんが、兼盛の「色」と「問ふ」はいずれも具体的現象です。
百人一首では「わが○○は」は四首ありますが、これらのいずれの歌でも「わが恋は」、「わが
名は」とわがものははっきりと言葉にしています。おもしろいことに両歌の出典である拾遺集巻十
一・恋一には、壬生忠見の歌が六二一番で先行し、平兼盛の歌が六二二番で後にくっついています。
ただし撰歌数は忠見十四首、兼盛三十八首です。
【百人一首の談話室】「恋歌」
一。百人一首の部立は多い順に恋(四十三首)、雑(十九首)、秋(十六首)、
春・冬(各六首)、夏・羇旅(各四首)となっていますから、恋歌が圧倒的に
多いわけです。「恋」の文字を用いた歌は十首有り、「恋」(名詞)(四首)、
「恋し」(形容詞)(四首)、「恋す」(動詞)(二首)の用法で詠まれて
います。恋の字がなかったら、和歌の世界は成り立たないことになるでしょう。
二。もともと歌を詠むとは、人が思うこと、感じたこと、願うこと、訴えたいことを
言葉にするわけですから、最も人の関心のあることとは自分のことであり、
自分の欲望を遂げたいと言うことになりましょう。当然美しい風景を見て、
「美しい」と人に訴えたいことよりも、好ましい異性に心を動かされ、自分の
心情を訴えたいことの方が感情も強く、迫力もあり、関心も高く機会も多い
わけです。
男女間の感情の絡みは生物的本能に基づくもので、何時の時代の人類にも
付きまとうものです。 平安朝の歌に託す気持ちや平成現代での歌謡や演歌
などに託す思いも全てこれらの本能の一つの表 現に過ぎません。
これまで人類は異性への思いを小説や詩として文字に残したり和歌に詠んだり、
絵に仕上げたり、態度で示す舞踊や演劇などに形を借りたりして、いろいろな
表現の方法を変えて伝承してきました。言葉で言っただけでは、その場で
消えてしまう感情を何とか永遠に残る形を取りたいと願ってきたわけです。
その意味では、和歌はそれらのいろいろの恋の表現形式の中でも、もっとも
適当な方法であることが証明されてきたわけです。人に伝えやすく、覚え
やすく、簡単である上、しかも心が その中に託されている、いわゆる言霊と
言われる由縁です。
日本人は人類の中でも非常に優れた恋心を伝える表現方式を手に入れ、しかも
千年以上もそれを 伝承してきたわけです。これからの千年もますます和歌の
表現により、民族の心が後世へ積み上げられていくことでしょう。
三。「戀」の字典
心部(立心扁)に分類されている「戀」と言う字の周辺を探索してみましょう。
言(ことば)を「糸」と「糸」で結んで「心」を伝えるという表形文字的
「こい」の漢字です。
心という字は重要な漢字の一つです。心に属する漢字の数はおおよそ三百有り
ますが、その中には、和歌にとっても大切な漢字が多く見いだされます。
下に心を持つ字としては次のようなものがあります。
忍 忘 念 思 怨 恐 怒 恩 応 感 忌 急 憩 憲 懸
懇 慈 愁 惣 想 息 忠 懲 悲 悠 惑 恣 恙 惠 惡
全て心の働きによる語義のものばかりが充てられています。
平成六年八月一日
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