平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 39 歌  しのぶ恋 (参議 等)
浅茅生の小野の篠原忍ぶれど余りてなどか人の恋しき

◆ 茅と篠 ◆  「浅茅生の小野の篠原」までが第三句「忍ぶ」の序詞です。古今集にあるこの 歌の本歌の第一及び第二句は、全く同じ序詞になっていますから、三つの名詞「浅茅生」・「小野」 ・「篠原」は、一つの慣用句になっているものと考えられます。もっとも曽丹集では、「浅茅生ふ る小野の篠原草深み」と詠まれています。この三つの名詞のうち、二つが植物名「茅」と「篠」を 詠み込み、しかもいずれもが大きな目立つ物でなく「忍ぶ」にふさわしい背の低い「小」さなもの ばかり、すなわち「茅」→「浅茅」、「篠」→「細竹、小竹」であり、さらにこれらの植物の舞台 になっている「野」も大野でなく「小」さな「野」なのです。
 序詞は単に「忍ぶ」の語句を引き出すための修飾語に留まらず、「忍ぶ」様子の比喩に小野の浅 茅と篠を引き合いに出しているのです。「目立たないように背も低い茅が生えているように、人目 にあまりつかない小さな野原の中に忍ぶが如く混在している小竹のように、自分も想う人を忍んで いるけれども、どうしても恋しさをこらえきれない(忍びきれなくて)で、思いが目立ちそうにな り、人目についてしまいそうになる」と、小野で忍んでいる茅や篠に自分をなぞらえて、詠んだ歌 ということになりましょう。

◆ しのぶ ◆  この歌のキーワードは、「忍ぶれど」「恋しき」でしょう。この第三句と第五 句の二句に修飾語として第一句、第二句あるいは第四句が上積みされているわけです。すなわち「忍 ぶれど」には「浅茅生の……篠原」までが、「恋しき」には「あまりて……人の」までが連結して います。
 ちなみに、「……忍ぶれどあまりて……」の第三句、第四句のつながりに注目しますと、この組み 合わせには百人一首にもう一首類歌があります。百番歌「百敷きや」(順徳院)の「・・・忍にも なほあまりある・・・」となっており、この歌でも「しのぶ」は動詞の「忍ぶ」と植物の「しのぶ 草」を掛けています。

◆ 恋しき ◆   次に「あまりて」、「などか」、「人の」が「恋しき」に、どのように修飾 されているかをみましょう。この三語は、それぞれに「恋しき」につながっています。すなわち 「あまりて」ー「恋しき」、「などか」ー「恋しき」、「人の」ー「恋しき」となります。
 「あまりて」という言葉は、この歌のもう一つの特徴になっています。この句は、上句と下句を つなぐ用語にもなっていて、「(忍ぶに)あまりて」ということで、「どうにもこらえきれなくて」 ということになります。「あまる」とは、「目安や限界を越える」や「あまる」ということ、名詞と しての「あまり」も「余分、残り」、「限度を越えること、勢いのはずみ」であり、副詞としては 「ひどく」、「度を越して」、接尾語としては「なお残りがあること」などで、平成現代でも同じ 意味としてそのまま「あまりて」になるわけで、非常に命の長い言葉だと思います。
参考として、万葉集・巻第十八・四0八0番歌の大伴坂上郎女の歌に次の歌があります。

 

「常人の恋ふといふよりはあまりにて我は死ぬべくなりにたらずや」

 「などか」も、百人一首ではこの歌のみの独特の用語です。一般に「などか」は打ち消しの語を 伴って「どうして…か」、あるいは反語を表すものとして、(そうではないのだ)というぐあいに 使われます。この歌では、「恋しく」ならないように忍んでいるはずなのに、(それに反して)な ぜか「恋しい」という用いられ方で、少し特殊な用法になっています。「忍ぶこと」が「あまりて」 であれば、当然忍べないわけで、かつ「恋しさ」を抑えきれなくて、「恋し」となるわけです。し たがって「などか」ではないはずですから、「あまりて」、「すなわち」などと言うべきですが、 なぜ「あまり」になったのか自分では理解できないという点での「などか」なのでしょうか。
 「人の」は「思ふ人や恋しい人が」ということですが、これは男から見た女性ということに限ら ないのではないでしょうか。この歌のみでみるとき「忍ぶ」相手としては、「偲ぶ」を含め、単な る恋しい人だけに限定せず、優しくしてくれた人、悲しいときに励ましてくれた人、貧しいときに 施してくれた人、怒りのときに慰めてくれた人など、いろいろに忍ぶ人を対象にして、恋しさを感 じるものです。この場合「……偲ぶれば、あまりてまさに昔恋しき」でしょうか。

***  百人一首の百人家族 ***
◆ 源 等 ◆   源 等は、何十首と勅撰和歌集に入集している実力歌人ではなく、たった 四首だけ後撰和歌集に採れているだけとのことです。
 定家は何の目的があってこの「等」の歌を百人一首に入れたのでしょう。
   他の歌もやはり「人恋しの恋歌」として選ばれた六二0番歌、六五五番歌などです。

 「東路の佐野の舟橋かけてのみ思ひわたるを知る人の無き」(巻第十・恋二・六二0)
 「かげろふにみしばかりにや浜千鳥行方も知らぬ恋にまどはん」(巻第十・恋二・六五五)

 「東路の」の歌は六六番歌「…花よりほかに知る人もなし」や、四五番歌「あはれともいふべき 人は思はえで身のいたづらになりぬべきかな」の詠みぶりであり、「かげろふに」の歌は、四六 番歌の「由良の門を」の詠いによく似ています。

◆ 源姓の名 ◆   この歌の作者名は、「源 等」で一字名になっています。彼の父は中納 言源「希」(まれ)で、先祖は第五二代嵯峨天皇にあたる家柄です。祖父の名前もやはり一字の 「弘」おじさん(祖父の兄)が、十四番歌「みちのくの」の作者源「融」でやはり一字名です。
   ちなみに百人一首で一字名は、他にやはり「参議」の小野「篁」がいます。 
 両名は官職と一字名で対になっています。
 彼等の撰歌された内容と名前との関係でおもしろいものは源昇の歌で、名前の「昇」とは反対の 言葉を二語も入れていることです。

 「いつのまに 降り 積るらんみ吉野の山のかひ(峡)より くづれ落つ 雪」
                         (後撰集・巻十七・雑三・1237・源昇朝臣)

   名前を詠みこめそうなものは「わたる」・「たのむ」・「のぼる」などです。
 「いつしかに あらはれわたる み吉野の 山のかひより 昇る朝の日」

 「すぐる」さんの歌に「わたる」さんが詠みこまれています。

 「久しくも恋ひわたるかな住の江の岸に年ふるまつならなくに」
                  (後撰集・巻十・恋二・六七三・源すぐるの朝臣)

      「等」も前述のように、「わたる」さんを詠みこんだ歌を作っています。

 「東路の佐野の舟橋かけてのみ思ひわたるを知る人の無き」
(後撰集・巻十・恋二・六二0・源ひとしの朝臣)
 「わたる」さんは、「うかぶ」さんを詠み込んでいます。

 「行くさきを知らぬ涙の悲しきはただめにうかび落つるなりけり」
(後撰集・巻第十九・離別・一三三四・源 濟)

◆ 一字名 ◆   この歌の出ている後撰和歌集には、苗字が源姓で、名前が一字の歌人は、 「等」以外に数人見出されます。「うかぶ」「済」「すぐる」「たのむ」「ととのふ」「昇」あ るいは「善(よし)」などで、特に「昇」や「すぐる(傑、優、駿)」は、平成現代でも御近所に 見つけられそうな感じがしますが、平安朝当時では、非常に斬新な名前ととられたのではないで しょうか。
 一方、平成現代からみても珍しい名前は「浮」や「たのむ」などになりますが、「たのむ」には、 「仗」「怙」「恃」「負」「託」「馮」「頼」などの字が充てられ、名前としては、「仗」「託」 「頼」のいずれかでしょう。
 「すぐる」には、「勝」「選」「傑」「優」「駿」等の時々見かける字以外に「雋」「髦」「儁」 等の字も充てられます。

***  百人一首の道草  ***
 この歌の音韻面の特徴は、上句の「の」の字の繰り返しではないでしょうか。 
 上句 五・七・五(十七文字)中、五文字が「の」ですから、非常に多用されていることがわかり ます。さらに、「篠」→「忍」での「しの」の繰り返しを「の」音に重ねて使用しています。
 第五句の「恋しき」止めは、百人一首には八四番歌「……今は恋しき」(藤原清輔)で、かつまた 「しのばれむ(しのぶれど)」と「今は恋しき(人の恋しき)」は、「等」の歌と共通する語句に なっています。
 八四番と三九番の違え取りの歌として、

 「ながらへば 小野の篠原 しのばれむ あまりてなどか 昔恋しき」

 もうすこしひねってみますと、

 「ながらへて 小野の篠原 しのぶなり あまりてもなお 今も恋しき」

平成六年八月十四日


掲載 平成16年4月24日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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