平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 32 歌  し が ら み (春道列樹)
山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり

 「しがらみ」とは、水を塞ぎ止めるために杭を打ち並べ、それに竹や木を編んで堰にしたもので、 漢字では「柵」と書かれています。正しく、木で造った冊(さく)で、「册」とも「冊」とも書かれ ていたようです。現場の柵を見ますと、むしろ冊を横にした「O」の方が似つかわしく、 もっと現物に近くしますとの方がよいでしょう。こうして、漢字を意味からもとの形をたどることも 面白いものです。
 同じような仕切り目的のものでも、籬(まがき)、塀(へい)、堰(せき)あるいは垣(かき)が 土篇の漢字になっているところが、よく対象物の内容を表現していると思います。「柵」は、もとの 意味が展開して、「さく」になり、さらには堰き止めるものあるいは纏い着くものの意味にも用い られるようになり、「義理人情、恩愛のしがらみなど、日本人の好きなことば」(池田弥三郎、 百人一首故事物語)になっていったようで、この場合は、せきとめる意味よりも、「からまる」 「からみつく」方の意味の方が強いようです。したがって、関係を持ちたくないのに、いきさつ 上、絡まねばならないような世事について、「人情のしがらみ」あるいは「親子のしがらみ」な どと、いろいろに使われるようになっています。

◆ 佛の世界でのしがらみ ◆  仏教の考え方を流用しますと、「この世の中はすべて、しがらみ でいっぱい」ということになりませんか。自分が現に今ここに生存していること自体、生のしが らみであり、親子のしがらみに起因するものであり、さらに遡れば、血縁関係としての先祖との しがらみによるものであり、何の縁があってか、夫婦自身も運命のしがらみであり、共同社会も 国も言ってみればすべて自分とのしがらみの中において、存在するものばかりです。
 「断ち切ろうとしても断ち切れぬもの」は、「自分とのしがらみ」でしょう。いかに世間のし がらみを嫌って、山に入ろうと孤島に逃れようと、それでもなおかつ憑いているのが自分という しがらみです。悟れば自分とのしがらみを断ち切れるとされていますが、そこまで到達するには、 生半可な修行では不可能です。凡人の場合は、この世のいろいろのしがらみをいかに認識し、いかに 自分に有益に活用するかを考えた方が得策のようです。どうせ簡単にはしがらみの中から抜け出す ことはできないのですから、同じしがらみの中にある人々とうまく絡まり絡まれることにしま しょうか。

◆ 歌の希少価値 ◆  春道列樹の勅撰入集歌は、「古今集」に三首、それに「後撰集」に二首 の計五首しかありません。五首でもまだ多い方で、猿丸大夫や蝉丸など、その存在さえ不確かな 人物の一、二首よりは、若干多いと言えます。一生涯に何百、何千の歌を詠んだ紀貫之、和泉式 部、藤原定家などの大歌人でも、百人一首には、その中から一首のみということですから、撰歌 したとされる定家の選定基準は、ある目的を持っていたはずで、そうでなかったら百人一首撰歌 に当たってどれにしようかと迷わざるを得ないでしょう。
 春道列樹は、生涯で何首の歌を詠んだのか不明ですが、大歌人より少ない歌の中からさらに少 数の歌が勅撰歌となり、さらにさらにその数首の中から、百人一首に入ったということは、正し く幸運中の幸運であって、まさに奇跡としか言いようがありません。万葉時代の大歌人であった り、列樹と同時代の大歌人でありながら、百人一首に選ばれなかったばかりに、定家以降八百年 間、平成現代に到るまで、あまり知られていない歌人も多数いるわけです。例えば万葉集では、 大伴旅人、山上憶良はともかくとしても、六歌仙では大伴黒主、三十六歌仙では小大君、中務 あるいは源順の面々です。
 特に源順は、「雙六盤の歌」や「碁盤の歌」など、言葉の遊びの面で、その才能を如何なく発揮 した大歌人で、百人一首の撰歌にも藤原定家に影響を及ぼした(織田正吉「絢爛だる暗号」)と される人物です。
 春道列樹の勅撰入集歌は、五首とは言いながら、それだけ内容が濃いものであったのかもし れません。百人一首以外の他の四首をみますと、

「昨日と言ひけふと暮してあすか川流れて速き月日なりけり」(古今集・巻六・冬歌・三四一)
 「梓弓ひけばもとすゑ我が方によるこそまされこひの心は」(古今集・巻十二・恋二・六一0)
 「わが宿の花にな鳴きそ呼子鳥呼ぶかひありて君もこなくに」(後撰集・巻二・春上・七九)
 「数ならぬみ山がくれのほととぎす人しれぬ音を鳴きつつぞふる」(後撰集・巻九・恋一・五五0)

 これら四首の中で平成現代人も同感できる歌は、一番目の「昨日・今日・明日」の月日の流れの 詠みでしょう。春道列樹も悠然と歌を詠んでいるいとまもなく、その日その日が雑事に追われて、 まさしく川の流れのようにどんどん過ぎていったのでしょう。千年前の一人の官人(文章生→大 宰大典→壱岐守)の生涯も、平成現代の一会社員の生活も、時の流れに対しては、全く同じ感覚 を持っていたことが分ります。

***  百人一首の忘備録   ***
 この歌の主題である「もみぢ」は、百人一首で合計五首詠われていますが、水の面に浮いている もみぢとしては、龍田川の紅葉二首(十七番歌・六九番歌)になります。
 これらの華麗な錦織りなす「もみぢ」に比べますと、列樹の「龍田川」でなく「山川」の「流れも あへぬもみぢ」は、非常に素朴でささやかな山川の秋を詠みとった歌になっています。

 「龍田川 風のかけたる しがらみは からくれないの もみぢなりけり」
 「三室山 吹きゆく風に 龍田川 しがらむもみぢ 錦織りなし」
 「嵐吹く 龍田の川の しがらみは 流れもあへぬ もみぢなりけり」

 龍田川面のもみぢは、風のかけたるしがらみでは似つかわしくないようで、唐紅の錦のような 織物でなければならないようです。

***  百人一首の百人家族  ***
◆ 春道列樹 ◆  春道列樹の生年は未詳ですが、没年は延喜二十年(九二0年)で、壱岐守に 任じられながら、病気か何かの不慮の事情により、赴任することなく没したとされています。した がって九世紀の後半から十世紀にかけて、律令体制下にある貴族社会での一官僚としての生涯を 過ごしたわけです。律令体制下での役人数は彼のような下級役人層まで入れますと、何万人とい たと思われますが、幸い歌の道でのおぼえがよくて、勅撰集に入り、百人一首に入ることによって、 永遠に姓名の命を得たわけです。
 「春道列樹」とは、一度聞けば忘れがたく、平成現代の我々にもめずらしい、且つ素晴らしい 名前を貰っていたわけです。姓の「春道」のように「春」の姓として平成現代では、「春井、春江、 春川、春日、春木、春里、春田、春名、春本、春山、春吉」などありますが、春道はめずらしい 部類に入ります。また名前の「列樹」のように「樹」のついた名前は、現代でも多く用いられて おり、彼は千年前に斬新な名前を先取りしたようです。ただし、「列」(つら)はややめずら しいように思われます。

                         平成六年九月十五日


掲載 平成16年4月21日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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