◆ 美吉野 ◆ 坂上是則は、吉野と雪を詠むのが得意なのでしょうか。吉野の白雪を詠んだ この百人一首の歌で引き合いに出されるのは、次の同じ坂上是則の歌です。
「み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり」(古今集・巻六・三二五)
さらにこの歌から、思い出されるのは、この歌を本歌とする藤原雅経の百人一首の次の歌です。
「み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣打つなり」(新古今集・巻五・秋下・四八三)
「み吉野の山の白雪」歌を媒介とする二首の歌を比較してみましょう。なんとなく似ているようで 内容が異なります。
| 歌人 | 歌番号 | 歌集 | 季節 | 時間 | 主題 | 場所 | 感覚 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 坂上是則 | 三一 | 古今集 | 冬 | 朝ぼらけ | 白雪 | 吉野の里 | 視覚 |
| 藤原雅経 | 九四 | 新古今集 | 秋 | 小夜更け | 秋風 | 美吉野山 | 聴覚 |
敢えて共通する内容を選ぶとすれば、「吉野」という点だけですが、ただ「吉野」という共通語 だけで、これほど似ている感じを受けるのでしょうか。
◆ 蹴鞠 ◆ もう一点共通している事項が、この二人の歌人にはありました。それは「蹴鞠」 という和歌とは直接関係のない、運動神経の秀でていたことによる彼等の特技の点です。坂上是則は 、蹴鞠の名人として、二百六回も鞠を蹴ったという話が残されていますし、一方の雅経は、鞠の 家系としての飛鳥井家の始祖と称せられる人物になっているのです。当然もともとの共通点は敷 島の道で、是則の子息望城は、梨壺の五人の一人として、「後撰和歌集」の編纂に参加しています。
◆ 体言組み ◆ 是則の歌には、四つの名詞が詠み込まれています。すなわち「朝ぼらけ」 「ありあけの月」「吉野の里」「白雪」で、いずれの言葉も、万葉集に詠まれ、古今集に重用さ れているもので、敷島の道には「吉野」と「雪」は必須の重要語あるということは、それぞれの 言葉に共通の百人一首の歌の数が九首もあることでもわかります。
| 歌語 | 百人一首歌人 | 古今和歌集 | 万葉集 |
|---|---|---|---|
| 朝ぼらけ | 五二 藤原道信 六四 藤原定頼 | 三三二 坂上是則 | 三五一 沙彌満誓 一六九0 読人不知 三五九五 読人不知 四0六五 山上臣 |
| 有明(の月) | 二一 素性法師 三十 壬生忠岑 八一藤原実定 |
六九一 素性法師 六0一 壬生忠岑 三三二 坂上是則 | (あかとき)として、
例えば 三0六一 読人不知 四三八四 他田日奉直得大理 |
| 吉野(の里) | 九四 藤原雅経 | 三 読人不知 三一七 紀友則 六十 紀友則 三二一 紀友則 三二五 坂上是則 | 二五 天武天皇 二六 天武天皇 三五三 釈通観 三二九三 読人不知 |
| (白)雪 | 四 山部赤人 十五 光孝天皇 九六 藤原公経 |
三二七 壬生忠岑 三三二 坂上是則 | 巻第八・冬・雑歌(一六三六〜) 及び冬・相聞(一六五五〜) 巻第十・冬・雑歌(二三一二〜) 及び冬・相聞(二三三三〜) |
さらに、是則の歌を歌の主題、時刻および技法の三点より考えてみます。まず歌の主題は、白雪 であり、その主題の設定条件として、場所を吉野とし、時刻を朝ぼらけ、と決めているのです。 また、そこに導入した是則独自の技法は、比喩の対象としての「有明の月」を詠んだ点でしょう。 しかも、その比喩のしかたを「…のごとく」とか、「…のごと」などと単に「…のようだ」と言う だけでは足りなくて、「見るまでに」という、具体的に見間違ったかのように詠っている点です。
◆ 朝ぼらけ ◆ 「朝ぼらけ」と「有明」とは同じ時刻を表現する言葉と思いますが、
言葉の概念として少し時刻に差があるのではないでしょうか。古語辞典によりますと、
「朝ぼらけ」=夜がほのぼのと明るくなる時刻。夜明け(三省堂・例解古語辞典)。
又は、=朝がほんのりと明けてくること。あけぼの。しののめ(岩波書店・広辞苑)。
月齢に関係なく視覚的に夜が明けていく頃を言い、
「有明」=陰暦の二十日過ぎに月が空にかかったままで夜が明けること、
又そのころの夜明け又そのころの月。
ですから、月齢に関係した明け方であり、「朝ぼらけ」は毎日ありますが、「有明」は月のうち、
数日しかないということになります。したがって、是則の歌のような吉野の里において、初雪の
ある有明の頃としての夜明けとしますと、一年に何度もあるものではないことになります。
◆ 白の色合い ◆ 是則の歌のもう一つの特徴は、歌の各言葉が持っている色彩と、歌全体から
受ける色合いがすべて「白」で統一されている点ではないでしょうか。すなわち、統一色「白」の
軸になっているものは、句尾の「白雪」です。もっと詰めて言うならば「雪」です。「雪」に「白」
が上積みされ、「白雪」に、句頭の「朝ぼらけ」が対比されていて、白々と明け渡っていく朝の雰
囲気を造っています。
その「白」の両語の真ん中の舞台を地上の「吉野の里」と設定し、上空には「有明の月」を浮か
び上らせているわけです。「白」の言葉で「月」と「里」を包んでいるとも言えましょう。典型的
な古今調の歌ということになるのでしょうか。
*** 百人一首の百人家族 ***
◆ 坂上是則 ◆ 坂上是則は、かの坂上田村麻呂の末裔で、古今集時代における名のある三十
六歌仙に入る歌人の一人で、古今集には八首入集しています。代表的な歌を二、三挙げましょう。
「佐保山のははその色はうすけれど秋は深くもなりにけるかな」(秋下・二六七)
「もみぢ葉の流れざりせば龍田川水の秋をばたれか知らまし」(秋下・三0二)
「わが恋にくらぶの山の桜花まなくちるともかずはまさらじ」(恋二・五九0)
「あふ事を長柄の橋の長らへて恋ひわたるまに年ぞへにける」(恋五・八二六)
是則の子息は坂上望城で、「後撰集」選者の一人に入るほどの歌の才能を父から受け継いだので しょう。父親に劣らず和歌の道では活躍したようですが、撰者の歌は一首も入れていない後撰集に、 望城は父のどんな歌を選歌したのでしょうか。六首の内訳は、春二首、恋三首、雑一首ですが、二 首の花の歌を挙げてみましょう。
「深緑常盤の松の陰にゐてうつろふ花をよそにこそ見れ」(春上・四二)
「桜花けふよくみてんくれ竹のひとよのほどに散りもこそすれ」(春下・五四)
*** 百人一首の道草 ***
◆ 見るまでに ◆ この歌独特の第三句「見るまでに」について、是則節をまねてみましょう。
まず「…かと見間違う(思われるほど)」という意味にとりますと、百人一首の中には、同じよう
な詠みの歌をさがすことができます。すなわち、「まどわせる」とか「まがふ」という用語から、
次の歌が出てきます。
二九番「心あてに折らは折らむ初霜のおきまどわせる白菊の花」
是則の「白雪」+「月」の関係が、「初霜」+「白菊」となっていますから
「朝ぼらけ 白菊の花と 見るまでに 置き惑わせる 初霜の花」
「朝ぼらけ はや初雪と 見るまでに 紫戸に光る 秋霜の花」
この方法で他の百人一首の歌も是則節に変えてみましょう。
三四番「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」
是則調「高砂の 松も昔の 友なりと 見まほしきまで 知る人ぞなき」
三七番「白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける」
是則調「吹く風に 裂け散る玉と 見るまでに つらぬきとめぬ 秋の野の露」
六四番「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の綱代木」
是則調「朝ぼらけ 霞か雲と 見るまでに 海原に立つ 沖つ白波」
七六番「わたの原こぎ出でて見ればひさかたの雲居にまがふ沖つ白波」
是則調「ひさかたの 天の雲居と 見るまでに 海原に立つ 沖つ白波」
四番「田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」
是則調「白妙の 布打ち掛くと 見るまでに 富士の高嶺に 降りし白雪」
九二番「わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らねかわく間もなし」
是則調「潮干せぬ 沖の石と 見るまでに かわく間ぞなき 濡れしわが袖(ぬれぬれの袖)」
九六番「花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり」
是則調「ふりゆくは 舞ひ散る雪と 見るまでに 嵐の庭を 埋づむ花かな」
以上からみますと、「まどわせる」より「まがふ」の方が、「まがふ」より「見るまでに」の 方が軟らかく平明な感じを受けます。
次の百人一首の歌(六、七、二四、三二、六二番)も一種の「見るまでに」に属するのではない でしょうか。平成六年九月二十七日
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