平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 29 歌  白  菊 (凡河内躬恒)
心当てに折らばや折らむ初霜の置き惑はせる白菊の花

◆ 白色の世界 ◆  「初霜」、「白菊」、「白々とあけていく朝」、それらを見つめている 作者の吐く「白い息」。すべてが白い色の醸しだす世界の映像を詠んでいる歌です。百人一首に 色彩を詠んだ歌が十首ほどあり、色彩の強く感じられる歌もかなり多く見られます。具体的な物 の色彩としては、圧倒的に白が多く、「白い」夜・雪・霜・露・菊・波などが詠まれています。 他には紅葉としての赤や髪の黒などの色が詠われています。
 色として「白」は最もはっきりとした印象を歌人に与えるからでしょうか。これらの中で花の白 を詠んだ歌は躬恒の白菊だけで、しかも百人一首の中でも菊を詠んだ歌は、この躬恒の歌だけです。 菊にも、黄色や桃色、あるいは紅色のものなどいろいろあるわけですが、歌では白菊が選ばれてい ます。これは白い初霜との関係上、白菊でなければならないくらいに、この歌での必須条件になっ ていることにもよるのでしょう。

◆ 菊の花 ◆   平成六年の秋も例年通り菊花展の時節を迎え、各地で菊の品評会、はた また菊人形展が繰りひろげられるところです。菊の花が日本人の間で鑑賞され始めたのは、いつ の時代からでしょうか。昔、奈良時代に中国から輸入され、梅や桜とともに日本人の花見の花の 代表のようになっています。
 中国でも菊を賞でることが昔から慣習があったようですが、それ以上に日本人の間では菊の花が 特に江戸時代に改良が加えられ、大々的に愛されてきたわけです。  辞典(広辞苑)によれば、嵯峨菊、伊勢菊、肥後菊、美濃菊、江戸菊、奥州菊などのいろいろな 系統の菊が栽培され、切花あるいは鉢植菊として秋の代表花となり、さらには梅・竹・蘭とともに 四君子の一つとして鑑賞されてきました。
 古く万葉の時代には、梅の花がその香とともに人々に愛され、時代が下るにしたがって、桜の 方が日本人の気質に合うのか、梅以上に鑑賞されるに到りました。
 菊の紋所は数種類あるようですが、「十六の重弁」模様は皇室の紋章であり、十四弁模様の裏菊 は皇族各宮家共通の紋章です。他に菊水や乱菊の紋章がありますが、いずれも華麗な紋所になって います。菊水は中世建武中興期の楠木正成に代表される楠木氏の紋所になっており、何かと菊は 皇室にゆかりのある花になっています。
 明治・大正・昭和初期までの近代日本社会を象徴するものとして、「菊と刀」を採りあげた 米人のルース・ベネディクト女史の見方も「宜なるかな」であります。
 凡河内躬恒の歌から、ほぼ千年後の明治年間にできた小学唱歌「庭の千草」(里見義、明治十 七年、一八八四)にも、白菊が「しもにおごるや菊のはな」と詠われています。

      庭の千草も虫の音も 枯れて寂しくなりにけり
      ああ白菊 ああ白菊 ひとり遅れて咲きにけり

      露にたわむや菊の花 霜におごるや菊の花
      ああ あはれ あはれ ああ白菊 人のみさをもかくてこそ

 これからも、いろいろに形をかえて日本人の心の中に、菊を愛する心が生き永らえて、後世に 伝えられていくことになるのでしょう。

◆ 菊の歌 ◆   百人一首で菊の花の歌は、躬恒の歌一首のみですが、古今集以降の各勅撰 和歌集では、菊は多く詠まれています。
 万葉集・巻第十・秋・相聞に二十三首の秋の花の歌が詠まれています。それらは主として萩の 花であり、他に韓あゐ、をみなへし、つき草、薄、尾花、などが出ていますが、菊の花は見あたり ません。古今集になりますと、萩、女郎花、藤袴、花薄、などとともに、在原業平、藤原敏行、 紀友則、大江千里、素性法師、菅原道真、紀貫之など、いずれも百人一首に出てくる面々によ って菊の花が詠まれています。それら十数首の歌でも、次の敏行と貫之の歌では菊の花の見方 が百八十度変っています。

 「久方の雲の上にて見る菊は天つ星とぞあやまたれける」(巻五・秋歌下・二六九、藤原敏行)
 「秋の菊匂ふ限りは飾してん花よりさきと知らぬわが身を」(巻五・秋歌下・二七六、紀貫之)

 新古今集・秋歌で菊に関する歌としては、三首ほどあり、宮中に関係した歌としては、

 

 ー鳥羽院御時内裏より菊を召しけるに奉るとて結びつけ侍りー
 「九重にうつろひぬとも白菊のもとの籬を思ひわするな」
          (巻第五・秋歌下・五0八・花園左大臣室)

 同じ白菊の花でも、詞華集には次のような歌があります。

 「霜がるる初めと見ずば白菊のうつろふ色をなげかざらまし」(巻三・秋・一二五、三原雅光)
 「草枯れの冬まで見よと露霜の置きて残せる白菊の花」(巻三・秋・一二七、曽称好忠)

 また「躬恒集」には、初霜と菊を詠んだ歌が残されており、菊を賞でた彼の人柄がしのばれます。

 「君がため心もしるく初霜の置きて残せる菊にぞありける」

◆ 霜の歌 ◆  この歌では、初霜も重要な主題になっているわけですが、百人一首のなかで、 霜を詠んだ歌は、六番歌「かささぎの」(大伴家持)と九一番歌「きりぎりす」(藤原良経)が あり、前者とこの歌の用語や内容を比較しますと、興味ある点が多々出てきます。
 まず、用いられている名詞が両首とも四語で、共通語は「霜」です。次に動詞の数も各四語で 共通語は「置」です。色彩に関する共通語は「白」なのですが、歌全体の時間は、一方が朝、他方 が夜になっており、情景としての色合いも白色と黒色の対比をみせています。これらを纏めますと、

 両首の共通する霜、置、白、それに夜と朝の合間を詠ったものに、文部省唱歌「冬景色」 (大正二年)があります。

   「さ霧消ゆる湊江の 舟に白し 朝の霜 ただ水鳥の声はして いまだ覚めず岸の家」

 霜と冬の明け方の湊の情景を歌にかえて、

 「かもめ舞う 小舟に白し 朝の霜 さ霧消えゆく 湊江の朝」

                                ***  百人一首の忘備録 *** 「百人一首の植物」
 植物に関する用語を詠み込んだ歌は全部で三十数首あり、特に草類や樹木類が多いわけです。
 まず草類では、刈り穂、若葉、葦、忍草、かづら、葎、茅、させも草、笹、篠など約十種類で、樹 木類では、桜、紅葉、菊、梅、松、槙、杣、楢、など約八種類になります。それぞれの植物ごとに その特徴を拾ってみましょう。
 桜の花については、「花」(三首)と「桜」(三首)に分かれており、紅葉は「紅葉葉」 (二首)と「紅葉」(二首)の他に業平の十七番歌のように紅葉とは一字も入れず唐紅の紅葉を 詠んでいます。「松」は高砂の松と因幡山の松が対になっていて、他に松山(四十二番歌)も 詠まれています。「竹」は竹冠の「笹」(五十八番歌)と「篠原」(三十九番歌)があり、「梅」 は三十五番歌で花の香として匂っておりますから、目出度くも松竹梅と揃っていることになります。 ちなみに菊は白菊(二十九番歌)が咲いています。
 草叢類では二首が対になっている歌を拾ってみますと、次の様ないろいろの組合せが列挙されます。

 稲関係:刈り穂(一番)ー稲葉(七十一番)
 しのぶ関係:しのぶもぢずり(五十一番)ー軒端のしのぶ(百番)
 させも関係:さしも草(五十一番)ーさせもが露(七十五番)
 草関係:秋の草木(二十二番)ー山里の冬の草(二十八番)
 かつらとむぐら:さねかづら(二十五番)ー八重葎(四十七番)
 三首組みに出来るものは次のようになりましょう。
 葦関係:葦の節間(十九番)ー葦のまろや(七十一番)ー葦の刈根(八十八番)
 木扁関係:まき(八十七番)ーそま(九十五番)ーなら(九十八番)
 三葉関係:もみじば(二十六番)ーもみじば(六十九番)ーまきのは(八十七番)
  一方一首の中に二種類以上の草木類を詠み込んだ物としては次のような歌になります。
 三十九番歌:浅茅生と篠
 七十一番歌:稲葉と葦
 一番歌:刈り穂と苫
                                    以上の植物群を漢字の構成から分けてみますと、次のような分類になります。  木扁:桜、梅、松、槙、杣、楢
 草冠:紅葉、菊、かつら、葎、茅、苫、菜、葦、藻
 竹冠:篠、笹
 その他:稲、しのぶ、させも
 これら二十数種類の植物群は千年前も、平成の現代も、千年後の世界でも変ることなく、春には 梅と桜が、秋には紅葉と菊が咲いては散っていることでしょう。ただただ変貌を遂げているのは、 人間と人間の生活環境のみであることを、現代人が認識して、千年後の人々も知らしめられること になるでしょう。ひょっとしますと、千年後の日本の自然界は、かなり限られた地域での狭い世界 に閉じこめられていて、これら原生植物類はもはや無く、植物園という環境管理下で始めて保護養 生されている珍種の草木類になっているかもしれません。桜や紅葉の名所も千年前と現代とではか なり移動しているようです。日本人の好みも時代とともに少しづつ変化していくでしょうから、梅、 桜、紅葉、菊ももはや美の対象ではなくなっているかも知れません。

***  百人一首の百人家族  ***
◆ 凡河内躬恒 ◆  凡河内躬恒は、古今集の撰者であり、同集では紀貫之に次ぐ六十首も入集 しており、三十六歌仙の一人である上、勅撰和歌集には、全部で百九十首も入集している評価の 高い古今集時代の歌人であり、特殊な姓名でありながら、生没年や先祖も明らかでありません。 判明しているいろいろな「歌合せ」を通じての作歌活動は、撰進に参加した古今集(延喜五年、 九0五年完成)以降の十世紀前半の二十〜三十年間であったようです。したがって古今集後の後 撰和歌集、拾遺和歌集いずれでも紀貫之とともに多くの歌が撰歌されています。
 これらの入集した多くの彼の歌の中で、菊の花や他の花の歌が見出されます。

 「たなばたに似たるものかな女郎花萩よりほかにあふ時もなし」(後撰集・巻第六・秋中・三四四)
 「露けくて我がころもでは濡れぬとも折りてを行かむ秋萩の花」(後撰集・巻第三・秋・一八二)

平成六年九月十七日


掲載 平成16年4月21日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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歌番名  詞動  詞時  間世  界
鵲、橋、霜、夜渡、置、見、更
二九心、花、初霜、白菊折、折、置、惑
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