◆ 白色の世界 ◆ 「初霜」、「白菊」、「白々とあけていく朝」、それらを見つめている
作者の吐く「白い息」。すべてが白い色の醸しだす世界の映像を詠んでいる歌です。百人一首に
色彩を詠んだ歌が十首ほどあり、色彩の強く感じられる歌もかなり多く見られます。具体的な物
の色彩としては、圧倒的に白が多く、「白い」夜・雪・霜・露・菊・波などが詠まれています。
他には紅葉としての赤や髪の黒などの色が詠われています。
色として「白」は最もはっきりとした印象を歌人に与えるからでしょうか。これらの中で花の白
を詠んだ歌は躬恒の白菊だけで、しかも百人一首の中でも菊を詠んだ歌は、この躬恒の歌だけです。
菊にも、黄色や桃色、あるいは紅色のものなどいろいろあるわけですが、歌では白菊が選ばれてい
ます。これは白い初霜との関係上、白菊でなければならないくらいに、この歌での必須条件になっ
ていることにもよるのでしょう。
◆ 菊の花 ◆ 平成六年の秋も例年通り菊花展の時節を迎え、各地で菊の品評会、はた
また菊人形展が繰りひろげられるところです。菊の花が日本人の間で鑑賞され始めたのは、いつ
の時代からでしょうか。昔、奈良時代に中国から輸入され、梅や桜とともに日本人の花見の花の
代表のようになっています。
中国でも菊を賞でることが昔から慣習があったようですが、それ以上に日本人の間では菊の花が
特に江戸時代に改良が加えられ、大々的に愛されてきたわけです。
辞典(広辞苑)によれば、嵯峨菊、伊勢菊、肥後菊、美濃菊、江戸菊、奥州菊などのいろいろな
系統の菊が栽培され、切花あるいは鉢植菊として秋の代表花となり、さらには梅・竹・蘭とともに
四君子の一つとして鑑賞されてきました。
古く万葉の時代には、梅の花がその香とともに人々に愛され、時代が下るにしたがって、桜の
方が日本人の気質に合うのか、梅以上に鑑賞されるに到りました。
菊の紋所は数種類あるようですが、「十六の重弁」模様は皇室の紋章であり、十四弁模様の裏菊
は皇族各宮家共通の紋章です。他に菊水や乱菊の紋章がありますが、いずれも華麗な紋所になって
います。菊水は中世建武中興期の楠木正成に代表される楠木氏の紋所になっており、何かと菊は
皇室にゆかりのある花になっています。
明治・大正・昭和初期までの近代日本社会を象徴するものとして、「菊と刀」を採りあげた
米人のルース・ベネディクト女史の見方も「宜なるかな」であります。
凡河内躬恒の歌から、ほぼ千年後の明治年間にできた小学唱歌「庭の千草」(里見義、明治十
七年、一八八四)にも、白菊が「しもにおごるや菊のはな」と詠われています。
庭の千草も虫の音も 枯れて寂しくなりにけり
ああ白菊 ああ白菊 ひとり遅れて咲きにけり
露にたわむや菊の花 霜におごるや菊の花
ああ あはれ あはれ ああ白菊 人のみさをもかくてこそ
これからも、いろいろに形をかえて日本人の心の中に、菊を愛する心が生き永らえて、後世に 伝えられていくことになるのでしょう。
◆ 菊の歌 ◆ 百人一首で菊の花の歌は、躬恒の歌一首のみですが、古今集以降の各勅撰
和歌集では、菊は多く詠まれています。
万葉集・巻第十・秋・相聞に二十三首の秋の花の歌が詠まれています。それらは主として萩の
花であり、他に韓あゐ、をみなへし、つき草、薄、尾花、などが出ていますが、菊の花は見あたり
ません。古今集になりますと、萩、女郎花、藤袴、花薄、などとともに、在原業平、藤原敏行、
紀友則、大江千里、素性法師、菅原道真、紀貫之など、いずれも百人一首に出てくる面々によ
って菊の花が詠まれています。それら十数首の歌でも、次の敏行と貫之の歌では菊の花の見方
が百八十度変っています。
「久方の雲の上にて見る菊は天つ星とぞあやまたれける」(巻五・秋歌下・二六九、藤原敏行)
「秋の菊匂ふ限りは飾してん花よりさきと知らぬわが身を」(巻五・秋歌下・二七六、紀貫之)
新古今集・秋歌で菊に関する歌としては、三首ほどあり、宮中に関係した歌としては、
ー鳥羽院御時内裏より菊を召しけるに奉るとて結びつけ侍りー
「九重にうつろひぬとも白菊のもとの籬を思ひわするな」
(巻第五・秋歌下・五0八・花園左大臣室)
同じ白菊の花でも、詞華集には次のような歌があります。
「霜がるる初めと見ずば白菊のうつろふ色をなげかざらまし」(巻三・秋・一二五、三原雅光)
「草枯れの冬まで見よと露霜の置きて残せる白菊の花」(巻三・秋・一二七、曽称好忠)
また「躬恒集」には、初霜と菊を詠んだ歌が残されており、菊を賞でた彼の人柄がしのばれます。
「君がため心もしるく初霜の置きて残せる菊にぞありける」
◆ 霜の歌 ◆ この歌では、初霜も重要な主題になっているわけですが、百人一首のなかで、
霜を詠んだ歌は、六番歌「かささぎの」(大伴家持)と九一番歌「きりぎりす」(藤原良経)が
あり、前者とこの歌の用語や内容を比較しますと、興味ある点が多々出てきます。
まず、用いられている名詞が両首とも四語で、共通語は「霜」です。次に動詞の数も各四語で
共通語は「置」です。色彩に関する共通語は「白」なのですが、歌全体の時間は、一方が朝、他方
が夜になっており、情景としての色合いも白色と黒色の対比をみせています。これらを纏めますと、
| 歌番 | 名 詞 | 動 詞 | 色 | 時 間 | 世 界 |
|---|---|---|---|---|---|
| 六 | 鵲、橋、霜、夜 | 渡、置、見、更 | 白 | 夜 | 黒 |
| 二九 | 心、花、初霜、白菊 | 折、折、置、惑 | 白 | 朝 | 白 |
|
|||
|
|