平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 28 歌  隠  居 (源宗于朝臣)
山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思えば

◆ か る ◆   隠居のおじいさんが詠んだようなこの歌の技巧面のポイントは、「かれぬ」と いう言葉で、「人目離る」と「草枯る」の掛詞になっている点です。
 まず「離る」という動詞の意味にも (一)遠ざかる (二)足が遠くなる (三)男女の仲が疎遠に なる、という多くの用法があります。「離れ」と「枯れ」を掛けた歌は、同じく古今集に次の歌が あります。

 「わが待たぬ年は来ぬれど冬草の枯れにし人は訪れもせず」(巻第六・冬・三三八、凡河内躬恒)

 「かる」という動詞には、上記の「離る」や「枯る」以外に、「刈る」・「狩る」・「借る」・ 「駆る」などの言葉もあります。「かる」を「枯れ」と「離れ」に使いわけてみますと、

 「山里は 初雪ふりて 草枯れて 鳥も離れ果て 積もるさびしさ」

◆ 冬の歌 ◆  宗于の歌と同じような内容の歌として、古今集にみられるものは、次の二首 です。

 「わが宿は雪降りしきて道もなし踏み分けて問ふ人しなければ」(巻第六・三三二、よみ人しらず)
 「み吉野の山の白雪踏みわけて入りにし人の訪れもせぬ」(巻第六・三二七、壬生忠岑)

 これらはいずれも冬の歌ですが、特に宗于の歌には「山里」・「冬」・「さびし」・「かれぬ」と、 さびしく、わびしい言葉ばかりが並んでいます。

宗于の歌の心を本歌取りしたと思われる源実朝の歌があります。金槐集・上之巻・冬部・三七三 番および三七四番歌に

 「山里は冬こそことにわびしけれ雪ふみ分けて問ふ人もなし」(三七三)
 「我が庵は吉野の奥の冬ごもり雪ふり積て訪ふ人もなし」(三七四)

  と詠んでおり、「山里」、「冬」、「わびし」、「雪」、さらに「問ふ人もなし」で締くくって います。「山里」の言葉の中には、すでに「普通は人の住まないような山の中の村里」(三省堂 「例解古語辞典」)という意味があり、そのような風景には「冬」・「雪」がふさわしく、感じる ところは「わびし」の一点に尽きるでしょう。
 「訪ふ人もなし」とは、鳥も鹿も来てくれないというさびしさを含めているのでしょう。また 「冬」という季題自身、歌の中に詠み込まれていることも、非常に効果的です。古今集・巻第六・ 冬歌で、「冬」の言葉が用いられている歌の例としては、「冬ごもり」の紀貫之と清原深養父の 次の歌などです。

「雪降れば冬ごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける」(三二三番・紀貫之)
「冬ごもり思ひかけぬをこのまより花とみるまで雪ぞ降りける」(三三一番・紀貫之)
「冬ながら空より花の散りくるは雪のあなたは春にやあるらむ」(三三0番・清原深養父)

◆ 隠 り ◆   平成現代では「隠居」というと、「隠りすむ」という意味よりも、仕事の 上で第一線を退いて、後輩や後継者に仕事を譲るという意味に使われています。宗于の歌では、冬の 山里に単に「隠りすむ」というような印象です。
 百人一首での隠居の歌としては、八番(喜撰法師)の「宇治山の庵」ということになりましょう。 喜撰法師は、世間では「憂し山」と言っていますが、自分はかくも「宇治山住まい」を堪能して いると言っている一方、宗于の方は人の訪れのない「さびしさがつのる」と人恋しい気持ちを すこしのぞかせています。

 「わが庵に 人目も草も かれし冬 さびしさつのる 宇治の山里」

 喜撰法師や源宗于の時代には、世間から離れて一人で山里の庵に住まいする人が居たし、また 住まいすることができた時代であったのですが、平成の世では、もはや人里離れた場所さえなく、 まして一人で庵住まいすることも出来なくなりました。
 社会全体が個人個人にそのような自由な選択をさせないほど、社会と個人とが切っても切れない 関係でつながり、一体になっているからでしょうか。昭和の時代には、自分の意志でなく国家の 意図するところから、やむなく南太平洋の島のジャングルの中に、戦争後も引き続き二十数年一人 で生き抜いた元日本兵が数名いて、話題になりましたが、それらはとても隠居と言えるような事 態ではなかったわけです。

◆ 四季の歌 ◆   源宗于は、多くの国(丹後・摂津・三河・信濃・伊勢)の権守を歴任し、 相模守を経て右京大夫に昇進しているのですが、不遇をかこって宇多天皇に訴えたようです。 なにせ、おじいさんは百人一首十五番作者光孝天皇で、寛平六年(八九四年)従四位下で臣籍に 下っているからです。「大和物語」には、多くの物語を残している点も、なにかと話題を振り撒 きやすい、しかし「隠居」の人だったのでしょう。
 古今集に入集している彼の歌には、この種の歌ばかりではなく、春の日でもつらしと詠う次の ような春の歌もあります。

 「常盤なる松の緑も春来れば今ひとしほの色増さりけり」(古今集・巻第一・春上・二四)
 「逢はずしてこよひ明けなば春の日のながくや人をつらしと思はむ」
                        (古今集・巻第一五・恋三・六二四)

次に、夏の夕べ、七夕に寄せて、

 「今はとて別るる時は天の川渡らぬ前に袖ぞひちぬる」(古今集・巻第四・秋上・一八二)

 また、秋の紅葉も「飽き」と「色変り」となり、

 「つれもなくなり行く人の言の葉ぞ秋よりさきの紅葉なりける」
                       (古今集・巻第十五・恋五・七八八)

となり、結局百人一首の歌を入れて、春・夏・秋・冬になります。

 ちなみに、百人一首の中に、おじいさんと一緒に入集している人は、小野小町・清原元輔・ 俊恵法師・藤原良経・伊勢大輔などです。

 「じいさんは 雪降る春の 野に出でて その孫こもる 冬の山里」
(光孝天皇)    (源宗于)

***  言葉の世界への散歩  ***
 宗于の歌の周辺にある用語のうち、名前の「于」、「人目」、「草」、「里」を拾ってみます。


 (一)まず、于という漢字は、平成現代の当用漢字には入っていません。
       「ウ」とか「キヨ」と発音して、「ここに」、「に」(於・乎)、
       「おいて」、「より」、「を」(於)、「ゆく」(往)などの意味と
        なり、于于(うう)で行くさまとか満足する時を表し、于役は
        役に往き、于帰(ウキ)は嫁入りすることになるわけです。
       ちなみに「干」のように、すこし違って縦棒を跳ねない字は「カン」
        となり、犯す・求む・盾・たに・岸・あづかる、あるいは、えとの
        意味などになります。
 (二)「人目」とは、人の出入りすること、又は人の往来という意味に
        用いられています。もう一つの意味は人の見る目という意味で、
        これには、百人一首の中では対になる人目の歌が、十八番「住の江の」
       (藤原敏行)の「人目よくらむ」で、二首しかありません。
 (三)「草」の方は、二二番歌「吹くからに」(文屋康秀)の「秋の草木」
        と、五一番歌「かくとだに」(藤原実方)の「さしも草」の合計
        三首のみです。
 (四)「里」の方は、三一番歌「朝ぼらけ」(坂上是則)の「吉野の里」
        および九四番歌「み吉野の」(藤原雅経)の「ふるさと」の三首のみ
        です。しかし、三首とも「里」一つの言葉にもいろいろな意味と
        背景を添えることができることがわかります。

***  百人一首の道草 ***
 百人一首では宗于の歌だけが「冬」の題を用いています。 宗于節を練習してみましょう。 「山里は冬」の個所を変更して、いろいろな場所を仮設してみます。  まず、百人一首の冬の歌としては、四番・六番・三一番・六四番・七八番ですから、これらを 土台にして、

  (四番)富士の山 冬ぞかがやき 勝りけり 嶺もふもとも 雪の積もれれば
  (六番)天の川 夜更ぞ白さ 冴えわたる 大地も白し 霜の降れれば
 (三一番)美吉野の 冬の朝ぞ あきらけし 里に白雪 ありあけの月
 (六四番)宇治川は 冬ぞ川霧 まさりける 瀬々の綱代木 隠ると思へば
 (七八番)須磨の関 冬ぞ千鳥の 声まさる 夜毎憩はで まどふ関守

 冬の季節にかえて、夏の歌を百人一首からもってきますと、二番・三六番・八一番・九八番を 土台にすることになります。

  (二番)香具山は 夏ぞ涼しさ 勝りける 白妙衣 風になびきて
 (三六番)夏の夜は 月ぞさやけく とまどひし まだ宵ながら はや明けぬれば
 (八一番)ほととぎす 夏こそすがた 見まほしき 鳴きつる方に 残る朝月
 (九八番)ならの川 みそぎぞ夏の しるしなり 夕暮れさりて 風のそよげば

 家隆の歌「…みそぎぞ…」に類する「ぞ」の字含みの歌としては、十三番(恋ぞつもりて)、 三七番(玉ぞ散りける)、七一番(秋風ぞ吹く)などがあります。これらもそのまま料理して みましょう。

 (十三番)みなの川 恋ぞつもりて ふちとなる 筑波嶺は男女(ひと) 恋ふ山なれば
 (三七番)白露の 玉はとまらで 散りにけり 風のふきしく 秋の野なれば
 (七一番)芦のやど 秋の夕べぞ わびしけれ 門田の稲葉 秋風ふけば

平成六年十月七日


掲載 平成16年4月18日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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