この歌では否応なしに漢字に注目させられてしまいます。すなわち山と風で嵐という文屋康秀に よる一種独特の漢学が披露されているわけです。吹く秋風を草木に感じ取って、嵐を詠んだわけ ですが、この歌に出てくる漢字について、「文屋の漢学」を学んでみましょう。
◆ 扁の種々 ◆ この歌の主題は「風」ですが、第一句の「吹く」と関係があるようです。
「吹」とは、息を吐き出すこと、又は口をすぼめて息を吐きかけることですが、「吹カセ」から
「カセ・カゼ(風)」となったとの説です(新村出「広辞苑」)。
さて「口」扁の漢字は、正しく「口」に関係するものばかりです。例えば「吠」(ほゆ)、
「叫」(さけぶ)、「呼」(よぶ)、「唸」(うなる)、「呻」(うめく)「吟」(うめく)、
「唱」(となふ)など、順番に大声から小声に変化しています。
「問」(とふ)、に対して、「答」(こたふ)、さらに「否」(いな)などの「問答」ができ
ます。
「物問へど、意に叶わぬか、答なし、不(しからざ)ればか、むべ否といふ」
のどでも「咽」、「喉」、「吭」など、くちびるでも「吻」、「唇」とあり、くちばしでは 「喙」、「M」と色々の意味合いの漢字があります。
「都鳥 唇あかく 身つくろい むべ朱き口 M(くちばし)となり」
「A」(ささやく)も「囁」(ささやく)もささやく動作そのものです。
「耳あつめ 口で占(し)むれば ひそひそと 話す声むべ B(ささやく)ごとし」
「はなし」としては、「咄」、「噺」、「囃」などがありますが、旁によってふっと口を突いて 出るはなしが「咄」で、現代で言うニュース(新しい情報)が「噺」で、さらに世間話やうわさ、 井戸端会議等が「囃」でしょうか。これらはすべて口の動作に内容を加味した漢字です。
◆ 扁と旁 ◆ 康秀の歌も扁と旁の加算です。すなわち「山」+「風」=「嵐」。漢字は一般に
扁(へん)と旁(つくり)や冠(かんむり)などの合成になっています。部首さえ組み合わせれば、
無限に近いほど漢字が出てくるわけです。
嵐の字中の「風」の場合、風のまわりにはいろいろの漢字がくっつく例があります。「C」
(あらし)、「颱」(タイ、台風)、「颶」(つむじ)、「D」(すずかぜ)、「E」(りょう)、
「飄」(つむじ)、「飆」(ほう、あらいかぜ)など、いろいろの風があります。
特に颱などは、ずばり「台」と「風」の足し算になっています。
「秋の風 野分高じて おおあらし むべ台風を 颱となすなり」
竜巻も「F」とすれば如何。突風も「G」となりませんか。
「夏の夕 木の間の風に 人思ふ むべ思ふ風 D(すずかぜ)といふ」
この種の「文屋の漢学」を拡大しますと、いろいろな風といろいろな山づくりの漢字ができ そうです。文屋の漢学を学んだならば、山風に対して野分が連想されます。
「吹くからに 野辺の草木の 分るれば むべ野の風を 野分と言ふらむ」
「吹くごとに 秋の木の葉の 古りゆけば むべ木の古りを 木枯らしと言ふ」
風には昔からいろいろの呼び方がされていて、「○○風」と言わずに、秋の「野分」や「二百 十日」、冬の「木枯らし」「おろし」(例えば「六甲おろし」)、さらに春の「春一番」などです。 ちなみに「H」は「ハルイチバン」と読み下す、たった今できあがった私製国字です。
◆ 山冠 ◆ 一方、山かんむりでは、「巖」(いわお)、「嶽」(たけ)、「嶺」(みね)、 「嵩」(たかし)、「崖」(がけ)、「崇」(たかし)、「峯」(みね)、「岸」(きし)、 「岩」(いわ)、いずれも、山の高い様を写す漢字ばかりです。これらを「文屋の漢学」知識で 歌にしますと、次のようになります。
「山際は えり(襟)を立てたる うなじ(領)かな むべ山の背を 嶺と言ふらむ」
「むべなりや 山辺の石は 岩となり 山のたかき(崇き)を 嵩と言ふらむ」
◆ 康秀の歌々 ◆ 文屋康秀は古今和歌集・仮名序で、六歌仙の一人と挙げられており、百人 一首に採られた歌以外に、仁明天皇の御命日に詠んだ歌、
「草深き霞の谷にかげかくし照る日のくれし今日にやはあらぬ」(古今集・巻十六・哀傷・八四六)
が引用されています。古今集に、彼の歌は他に三首、全部で五首の歌が選歌されています。紀貫之の 歌が九十九首入首しているのに対して、非常に少ないように思われます。古今集に載っている他の 三首は、次の通りです。
「春の日の光にあたる我なれど頭の雪となるぞわびしき」(巻一・春上・八)
「草も木も色変れどもわたつみの浪の花にぞ秋なかりける」(巻五・秋下・二五0)
「花の木にあらざらめども咲きにけりふりにしこのみなる時もがな」(巻十・物名・四四五)
いずれも上句では、「…なれど」「…変れども」「…ざらめども」と詠んでおり、どこか三首の 感情は似通っています。すこし前向きに明るく詠い出してみましょう。
「春の日の 光にあたる 我なれば 頭の雪も 歳のしるしぞ」
「草も木も 色とりどりに 変るごど 秋の川面の 色移りゆき」
「ふりにける 花の木なれど 咲きにけり 世の人々に 賞でられむとて」
後撰集にも、巻十七・雑歌三に三連続歌が採られています。これらの三首も、詞書によると、 「身を恨みあらぬ事をいふころ」の歌で恨みごとになっているようです。
「身にさむくあらぬものからわびしきは人の心のあらしなりけり」
(巻第十七・雑三・一二四七)
「ながらへば人の心もみるべきを露のいのちぞかなしかりける」
(巻第十七・雑三・一二四八)
このような生涯にあって、唯一華やいだうわさは、小野小町と少しく関係があった点でしょう。
小町の歌は、次のようになっています。
「わびぬれば身を浮き草の根を絶えて誘ふ水あらばいなんとぞ思ふ」
(古今集・巻十八・雑下・九三八)
小町を三河国へ誘ったのに、同行してもらえなかったようで、これも何か暗いものを感じます。
*** 百人一首の忘備録 ***
(一)百人一首で「秋」の季語を歌に入れた歌は全部で十二首ありますが、「秋の○○」と用い
られたものの対象には、田(一番)、草木(二十二番)、野(三七番)、夕暮れ(七十番・八七番)
などが挙げられます。しかも、比較的共通性のある草木と野とは、父子の歌、すなわち文屋康秀と
文屋朝康の歌になっているのです。この両首の共通用語は、「秋」「吹」「風」の三語で、非常に
歌の対象が似通っています。
「父子とも 秋の風情を うたい込む 草木しをらし 玉をけちらす」
父子の歌を重ねてみましょう。
「秋の野の 草木に宿る 白露は 吹きしく風に 玉と散りける」
「白露の はかなく結ぶ 秋草に 風ぞ吹きしく 嵐のごとく」
(二)「風」と「吹」を詠いこんだ歌は、他に六九番歌「嵐吹く」(能因法師)が対歌になります。
文屋康秀の歌は古今集・巻第五・秋歌下の筆頭を飾る歌で、対する巻第四・秋歌上に、かの藤原敏行の
「秋きぬと」の有名な歌が入っています。その目で古今集の各巻の筆頭歌をみますと、次のような
有名な歌人七名が名を連ねています。
巻一(在原元方)、巻八(在原行平)、巻九(阿倍仲麿呂)、巻四および十(藤原敏行)
巻十二(小野小町)、巻十三および十五(在原業平)、巻十六(小野篁)
これら七名九首の歌のうち、三首が百人一首に採られています。古今集の巻頭を飾るように、歌は
康秀の歌のように有名な歌が多く、読人不知の他の巻七の巻頭歌も、重要な歌と言えましょう。
ちなみに、巻七・賀歌の巻頭歌(三四三番)が、次の「君が代」の元歌です。
「わが君は千世にやちよにさゞれ石の巌となりて苔のむすまで」
【百人一首の談話室】 「風」
平成六年の夏は猛暑と水不足に悩まされた、近年あまり例のない厳しい夏であったわけです。
その暑さも十月に入りますと、さすがに影を潜め、少しづつ秋の季節への移り変りが感じられるよう
になりました。平成現代では暑さに対しては電気の力によって食物に対する冷凍冷房という保存
処置が、人間に対してはクーラーという文明の利器によって、昼間でも夜間でも暑さを遠ざける
処置がうたれるようになっていますから、猛暑、猛暑とはいうものの、日向を歩く一時のみを
凌げば暑さも苦にならないわけです。水不足についてはさすがに灌漑用水設備の充実によって改良
はされているというものの、完全ではなかったようで、一部の地域では時間制限給水が行われ
たようです。
季節の変り目は何によって知るか。日本人は昔から毎日の気温よりも、身の回りの目に見える
物や感じる物で季節を感知してきました。
動植物の変化、雲や空の色、そして最も敏感に反応してきたものに大気の動き、すなわち風が
あったわけです。日本の四季は風とともにあると言っても過言ではありません。春は風薫る新緑、
夏の夕涼みに涼を運ぶ風、秋は野分と台風、冬の木枯らしなど四季の移り変わりは風によってはっき
りと分けられているのです。
百人一首では風を歌題にした歌は十四首有ります。桜を散らす春の嵐(九十六番)、夏の微風
や凪、(九七番、九八番)、秋風(七一番、七九番、九四番)や紅葉を散らす風(三二番、六九番)
冬の山風や山颪(二二番、七四番)、その他微風、強風、天津風(十二番、三七番、四八番、
五八番)などです。平安朝の人々に強く感じられたのは、桜や紅葉を散らし季節を変えていく
風であり、特に秋から冬にかけての秋風であったわけです。三百五十年に渡る約一万二千首の中
からある意図を持ってであれ、選定された百首の一割以上が風に関する歌であるという事は、
日本人の風に対する感覚が如何に高かったかを示すものと言えましょう。
風は耳で聞くことが出来て、肌で感じることが出来ると同時に、草木の揺れるに依ってあるい
は雲や波の動きなどによって目で見ることもできる上に、風には匂いが含まれているため聴覚、
触覚、視覚及び嗅覚までも働かせる天然現象と言うことになります。
平成現代では昔ほどに季節の移り変りを風によって感じることが無くなりました。人事があって
季節がそれに伴っているという主客転倒の現代生活習慣の為でしょうか。すなわち卒業の時期だから、
梅や桃が咲いている、入学や就職の時期だから桜が咲いている、夏休みだから、海へ泳ぎに行く、
山へ登る、と言った具合です。一年の中で、風と共に生活しているという感じを持ち、風を最も
意識するのは秋の台風ぐらいではないでしょうか。
日々の天候は今も昔も地球上の大気の動きである風によって支配されていることには変り
ありません。千年前の天候も現代も若干の差はあっても四季の移り変わりに大差ありません。
地球の寿命から見れば千年後も、一万年後も大気の動きは変わることなく、風に影響を受ける
日本の天候は大きく変る事は無いでしょう。大きく変るのはその時代時代に応じて人が生活環境を
変え、感じ方を変るだけのことです。千年後、風に関する日本人の和歌は残っているでしょうか。
台風さえ、人力で管理できるようになれば、もはや風の世界は日本人の感覚から消えることに
なるでしょう。
*** 百人一首の道草 ***
国字と言えば、風に関して、次のような多くの国字が出来上がっています。
凩(こがらし)木を枯らせる風だから、風の中の「I」が取り去られた。
凪(なぎ) 風が止まるから、几+止だが、「J」でもよさそう。
颪(おろし) 山の上から下におりてくる風で、下+風。
よく用いられる国字として他に、峠(とうげ)があります。日本人は、漢字からひらがな・かた
かなを造り出し、国字まで造り出しました。国字とまでいかなくても、「略字」が常用漢字になって
いる例は、平成現代の新聞面にも多く見られます。「略字」への変遷が時代を表すようになるかも
しれません。漢字の御本家の中国でも、多くの略字が正字として、新聞や雑誌にも用いられている
ようです。日本においても、筆記の頻度の高いものは、すこしずつ略字が正字になっていくかも
しれません。
號(号)、假(仮)、辯(弁)、齒(歯)、齋(斎)、邊(辺)、繪(絵)、續(続)、
聲(声)、縣(県)、稱(称)、萬(万)、獨(独)、禮(礼)、亂(乱)、佛(仏)、
兩(両)、來(来)、價(価)、齊(斉)、勞(労)、勵(励)、區(区)、參(参)、
國(国)、圓(円)、圖(図)、團(団)、壓(圧)、壘(塁)、壹(壱)、壽(寿)、
學(学)、實(実)、寫(写)、寶(宝)、對(対)、廣(広)、戀(恋)、數(数)、
斷(断)、晝(昼)、條(条)、樣(様)、櫻(桜)、歸(帰)、氣(気)、澤(沢)、
驛(駅)、會(会)、濱(浜)、瀧(滝)、燒(焼)、爐(炉) 畫(画)、當(当)、
疊(畳)、發(発)、盡(尽)、臺(台)、舊(旧)、藝(芸)、覺(覚) 轉(転)、
醫(医)、鐡(鉄)、關(関)、雙(双)、靈(霊)、黨(党)、點(点)
平成六年九月十六日
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