平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 18 歌  夢 (藤原敏行朝臣)
住の江の岸による波寄るさへや夢のかよひ路人目よくらん

◆ 住之江の岸 ◆  平安遷都千二百年目の一九九四年・平成六年九月四日に、住之江の南西、 難波潟の沖合に二十四時間開けられる関西国際新空港が誕生します。昭和から平成への大きな国家 事業の一つに数えられる一大土木工事です。昔の難波の連想が「みをつくし」や「葦」などであった ものが、平成の現代に於ける大阪の連想としては、やや古いものの豊臣秀吉(太閤さん)と天下の 台所、あるいは商売の町であり、今度は更に日本で唯一の二十四時間稼働の国際空港と言うことに なるのでしょう。
 七世紀初頭より始まった遣隋使及びその後の遣唐使は、九世紀末まで約三百年の間、万葉集に 歌われているように、この住之江の航海の神に守られて、難波の住吉の三津港より船出して唐土に 向かい、その國の文化を導入することに努めました。
  万葉集・巻第十九・四二四五番歌  天平五年に入唐使に送る歌一首
    ・・・・ おし照る 難波に下り すみのえの 三津に船乗り
           直渡り 日の入る國に 遣わさる ・・・・

 それから、千三百年後、今度は舟が飛行機に代り、世界の国々と文化交流を図るため、空の難波津と も言うべき関西新空港が誕生し、日本を紹介し、外国の文化を導入するため、そこから飛び立って 海外に向かうことになったのです。このように昔から難波の地は、常に日本の窓口の役目を背負う 運命にあったのでしょうか。世界各国へ飛ぶ航空機も住之江の神に守られた航海の安全を願いたい ところです。来る千三百年後、難波の地は宇宙基地として、地球から他の天体への遣宇宙使を送り 迎えている空想もまんざら夢ではないような気がします。

 「住之江の 沖の島影 四六時の 空の通ひ路 旅路祈らむ」
 「難波潟 沖に浮かぶは そとくにへ 夢を通はす 四六時の城」
 「住之江の 空の湊は 四六時に そと国人の 行き来にぎわし」
 「住之江の 空の湊ゆ そとくにへ 飛び立つ人の 旅に幸あれ」

◆ 精神感応 ◆   この新空港の開港を記念して、太平洋を横断するヨットレースが計画され、 参加したヨットのうちの一艇が行方不明になり、平成六年六月九日、三ヶ月経って漂流中のところを 貨物船に救助されたと言う新聞記事が載っています。ヨットの漂流と言うことであれば、遠洋の 太平洋でなくとも近海や湖でも時々報道される事故ですが、なぜ話題になっているかと言いますと、 彼は漂流し始めてから留守宅で安否を気ずかっている妻に、毎朝六時、テレパシー(精神感応)で、 「無事でいる」との信号を送ったというのです。
 一方妻の方では、「夫が帰ってきた夢を見たので心配していなかった」とのことです。彼は救出 されてから後に、「無事だと伝えようと心の中で念じていた気持ちが伝わったのでしょう。」と、 回想しています。このような精神感応による気持ちの伝達は、本当に可能なのかどうかはともかく、 不幸の予知でなく、幸いな出来事に繋がることで有れば大いに結構なことだと言わざるを得ません。
 昔からこの種の奇蹟(ミラクル)に類する話は、数え切れないほどあります。やはり人間は 現でも夢でも思うことは同じということなのでしょうか。

◆ 夢 ◆   この歌の主題は夢という掴み所のない精神現象になっていることです。ここに 引用した新聞記事の例にもあるように、藤原敏行から千百年後の平成の現代でも、夢の内容を 重要視し、中には心理学的にある現実の事象に結び付けて解釈しようとする人もいるわけですから、 敏行の平安時代には今以上に夢に深い関心を抱く人々が多かったと思います。夢や幻は現とともに 和歌に色々に詠い込れています。夢の内容に喜んだり、悲しんだり、不安を抱いたり、落胆したり、 それこそ悲喜こもごもです。夢とはほとんどが現実で叶えられないことを実現したいと思う気持ちの 現れで、昔も今も、はたまた千年後も変ることはないでしょう。
 まず百人一首の「夢」の語を使った一対の歌は十八番歌と六七番歌ですが、六七番歌の夢は 「春の夜の夢ばかり」の儚いことの意味に使われています。

【 古今集の夢 】  この歌の前後にある夢の歌を古今和歌集で拾い上げてみますと、夢と現と あれこれ錯綜しているように思います。たとえば、巻第十二・恋歌二では

 五五二番歌 おもひつつぬればや人の見えつらん夢と知りせば覚めざらましを (小野小町)
 五五三番歌 うたた寝にこひしき人を見てしより夢てふ物は頼みそめてき (小野小町)
 五五八番歌 恋ひわびてうち寝るなかに行き通ふ夢の直路は現ならなむ (藤原敏行)

 さらに、巻第十三・恋歌三や巻第十五・恋歌五などにも、次のように詠まれています。

 六四四番歌 ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな (在原業平)
 六四五番歌 君やこし我やゆきけんおもほえず夢か現か寝てか覚めてか (読み人しらず)

《小町の三連夢歌》
 六五六番歌 現にはさもこそあらめ夢にさへ人目をもるとみるが侘びしさ (小野小町)
 六五七番歌 限りなきおもひのままに夜もこむ夢路をさへに人は咎めじ (小野小町)
 六五八番歌 夢路には足も休めずかよへども現にひとめみしごとはあらず (小野小町)

 七六六番歌 恋ふれどもあふ夜のなきは忘れ草夢路にさへやおひしげるらむ (読み人知らず)
 七六七番歌 夢にだにあふことかたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするる (読み人知らず)
 七六八番歌 唐土も夢にみしかばちかかりきおもはぬなかぞはるけかりける (けむげい法師)

【新古今集の夢】  藤原定家が撰歌に係わった新古今集のなかでは、人々は夢をどの様に詠んだ のでしょうか。

 巻第二十・一九七三  夢や夢うつつや夢と分かぬかないかなる夜にか覚めむとすらむ (赤染衛門)

 巻第十三・一一五七  逢ひみてもかひなかりけり乳母玉の儚き夢に劣る現は (藤原輿風)

【万葉集の夢】  更に万葉集の巻第十一や第十二では、多くの人が現代と同じく夢と格闘していると 言った印象を受けます。

 二五四四番歌 現にはあふよしもなし夢にだに間無くみえ君恋いに死ぬべし
 二五五三番歌 夢にのみ見てすらここだ恋ふる吾は現に見てはましていかならむ
 二五六九番歌 おもふらむその人なれやむばたまの夜毎に君が夢にしみゆる
 二九五九番歌 現には言絶えにたり夢にだにつぎて見えこそただにあふまでに

◆ 住之江と住吉 ◆   「住之江」は、「住吉大社」のある浜辺や岸辺の意味であろうと考えて いましたが、万葉和歌の世界では「住之江」は多く出てくるものの、「住吉」は出てきていない ようです。したがって住之江の方が住吉より古い言葉と言うことになります。国語辞典(広辞苑) でも「すみのえ」は「すみよし」の古称としています。その「住之江の神」とは、住吉神社の祭神を 意味し、航海の神あるいは津を司る神とされています。
 現在大阪市には二十五ほどの区がありますが、そのなかでも由緒ある区名は、「住之江」、 「住吉」、「天王寺」、「此花」および「浪速」などでしょう。住吉大社は住吉区の西端で住之江区に 隣接しています。もともと古い浪速の町並みは現在の中央区(東区と南区)、西区、北区ですが、 この一画を核として、人口増加とともに市域も拡大していったわけで、住之江区などの区名を保存 したことは賢明なことだったということになるでしょう。
 往古の芦原(浪速区に芦原町が現存しています。)の地も今や高層建造物がにょきにょきと雨後の 竹の子のように葦に変わって生え始めました。聴覚などの五感と六感の夢見に優れていた藤原敏行で さえ、夢の中での浪速のイメージとして葦と住之江の松はあったとしても大きな人工空港島や 高層ビルディングは思いも及ばぬところだったでしょう。
 さて、千年後、難波の地は、平成の人々が思いも及ばぬほどに更に変貌しているでしょうか。

   「難波潟 目に鮮やかに 津も街も 景色変わりに 驚かれぬる」

***  百人一首の忘備録  ***
 「難波」の地名には「江」(八八番歌)や「潟」(十九番歌)がくっついていて、「みをつくし」 や「葦」などの言葉が引用されるのに対して、難波の地の少し南西の「住之江」になりますと、 難波の沖から波が押し寄せている岸、浜、浦あるいは里、御津などの言葉に結ばれるようです。
 住之江を歌の頭にして詠み込んだ古今集の歌としては

 巻第 七・賀歌・ 三六七 住之江のまつを秋風吹くからに声打ちそふる沖つ白波 読み人知らず
 巻第 七・賀歌・ 七一四 住之江の浜の真砂を踏む鶴は久しき蹟をとむるなりけり    伊勢
 巻第 七・賀歌・ 七二五 住之江に生ひ添ふ松の枝毎に君が千歳の数ぞこもれる 前大納言隆國
 巻第十五・恋歌五・七七九 住之江の待つほど久になりぬればあしたずのねに鳴かぬ日はなし 兼覧王女

  第二句から第三句にかけての「よる波よる」と、「よる」の語が「波」を挟んで繰り返されている ことにより、正しく波が寄せては返す擬音的効果を発揮しているように聞えます。また「やーゆーよ」 の音も第二句から第五句にかけて、「よるーゆめーかよひーよく」などと六文字も組み込まれて います。

【百人一首の談話室】 「夢」
 百人一首を始めとして和歌の世界での「夢」は、思う人に会える唯一の「道」として考えられて いました。例えば古今集で藤原敏行は次のように詠んでいます。

 「恋ひ詫びてうち寝る中に行き通ふ夢の直路は現ならなむ」(巻第十二・恋歌二・五五八)

  それに百人一首に採られた歌として

 「住之江の岸による波よるさえや夢の通ひ路人目よくらむ」(巻第十二・恋歌二・五五九)

 そのため夢を見て恋人に会うためには、衣を裏返して寝る事までもしたという、けなげな千年前の 人々だったのです。また「夢」は恋しい人への「通ひ路」であり、「浮き橋」であったわけです。

 「いとせめて恋しきときはむばたまの夜の衣を返してぞ着る」
                   (古今集・巻き第十二・恋歌二・五五四・小野小町)
 「春の夜の夢の浮き橋途絶えして峯に分かるる横雲の空」
                 (新古今集・巻一・春上・三八・藤原定家)

現の世界で成就しない、又は満たされない望みや憧れを、ただただ夢の世界に追い求める考えは、 人間の誕生以来変らぬ事であり、今後五百年、千年経っても夢を求める人間には変わることはない でしょう。先に挙げた小野小町の古今集にある三夢歌は、現の世界で思う人の姿が本当なのか、 夢の中に見える人の姿が本当なのか、分からないような印象を受ける歌になっています。
人を思い浮かべる現の世界は、ひょっとしたら夢の世界かも知れないのです。そうであればー 「思う人が浮かんだままでいる夢よ。途切れないで欲しい。夢から覚めれば思い浮かんでいる人は 消えてしまう」ー夢に見る人は本当は夢でなく、現の世界に思い浮かんでいる人かも知れないのです。
 小野小町は「夢の歌人」と言われている(前述【古今集の夢】の項参照)事も宜なるかなです。
 昔の人の言うとおり、夢の世界は現の世界とは比べ物にならないほどすばらしいところである ことは確かです。未来の世界へ、すなわち自分の時間を早めて、先の世界を行くことは出来ませんが、 少なくとも現在であれば、場所を選ばず何処へでも行ける可能性がありますし、過去へは自在に 往来することができます。前に引用しましたように、古今集で兼芸法師は次のように詠んでいます。

 「唐土も夢に見しかば近かりき思はぬなかぞ遥けかりける」(巻第十五・恋歌五・七六八)

又夢の中では逝った懐かしい親族や友人にも会えますし、時間を前後しても同時にいろいろな 年齢の時の、いろいろな場所での過去も一度に集めることもできるわけです。
 古今集の歌人達も夢と現の世界を往来していたのです。

 「命にも勝りて惜しくある物は見果てぬ夢の覚むるなりけり」
                 (巻第十二・恋歌二・六0九・凡河内躬恒)
 「むばたまの闇の現は定かなる夢にいくらも勝らざりけり」
                 (巻第十三・恋歌三・六四七・読み人知らず)
 「夢とこそいふべかりけれ世の中の現あるものと思ひけるかな」
(巻第十六・哀傷歌・八三四・きのつらゆき)
 「寝るが中に見るをのみやは夢といはん儚き世をも現とは見ず」
                 (巻第十六・哀傷歌・八三五・壬生忠峯)
 「世の中は夢か現か現とも夢とも知らずありて無ければ」
(巻第十八・雑歌下・九四二・読み人知らず)

平成六年六月十二日


掲載 平成16年4月15日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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