平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 15 歌  旬の料理 (光孝天皇)
君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ

      ◆ 君がため ◆  第一句の「きみがため」と言う読み出しは、いかにも人思いの歌人である 光孝天皇らしいお言葉ではないかと思われます。記録「三代実録」(久保田淳「古典和歌必携」)に よりますと、第五八代光孝天皇の即位前紀の個所に次のように述べられています。
 「少而聡明。好読経史。容止閑雅。謙恭和潤。慈仁寛曠。親愛九族。姓多風流。大長人事。」
 (聡明で、書物をよく読み、風貌は無駄なく、それでいて雅があって、出しゃばるところなく、
  慈しみの心広く、血のつながりを大切にした風流の人物)
と言うことですから、非の打ち所のないという感じの人の出来た方だったようです。
 「自分が・・・欲しい、したい。」と言う前に、「きみがため」というわけです。この君とは誰か? という点では、藤原基経と解釈する(池田弥三郎「百人一首故事物語」)考えもあります。藤原基経は 関白の立場から、陽成天皇を退位させ、その人柄をかって仁明天皇第三皇子(時康親王)を光孝天皇と して推挙したその人なのです。その人柄を感じ入るもとになった事例がこの歌の詞書にある
「(光孝天皇が)みこ(親王)におはしましける時に、人(基経)に若菜たまひける」事により 天皇に推されたというわけです。

◆ 若 菜 ◆   「若菜」とは、正月七日の「子の日」の行事で、七種の新菜(植物の若いもの) を採って羹(あつもの)にすることで、平成現代でも、年中行事として残っている七草粥の起こり です。「若菜」が宮中行事となったのは、光孝天皇のお孫さんの醍醐天皇の延喜年間(九0一〜 九一四)とされている(安東次男「百人一首」)ようですから、光孝天皇はこの歌によって年中行事を 詠んだわけではないようです。逆に醍醐天皇がおじいさんのこの歌を詠んで感銘を受け、伝統的 国風文化に力を注いだ祖父に敬意を払って、宮中年中行事として七草粥を催したのかもしれません。
 しかしそれよりかなり以前に、少なくとも万葉集の時代に、既に若菜が詠まれています。

 「春山の咲きのををりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも」
                                    (万葉集・巻八・春雑歌・一四二一・尾張連)  「明日よりは春菜摘まむと標し野に昨日も今日も雪は降りつつ」
                   (万葉集・巻八・春雑歌・一四二七・山辺赤人)
 「難波辺に人の行ければ後れ居て春菜摘む子を見るが悲しき」
                   (万葉集・巻八・春雑歌・一四四二・丹比屋主真人)

 いずれの歌でも「春菜摘む」と詠まれています。

 さて七種の新菜とは、『「せり、なずな、ごぎょう、はこべ」に「ほとけのざ、すずな、すずしろ」 これぞななくさ』と、昔から和歌にして詠まれてきました。
 ちなみに秋の七草は、『はぎ(萩)ききょう(桔梗)すすき(薄)なでしこ(撫子)おみなえし (女郎花)くず(葛)ふじばかま(藤袴)これぞななくさ』です。
 一年の初めに若々しく芽の萌えてきた食物を食すると言うことは、それらの新しい生命を自分に 取り込むことによって一年を元気に暮らせるように、との願いを懸けているのではないでしょうか。
 昔は春の七草による七草粥のように、それこそ旬の物ばかりを素材にした料理物を食していました。 現代のように春夏秋冬といずれの季節の物も冷凍して保存し、一年中いつでも四季の物が食べられる という便利な時代の食物とは、かなり事情が異なります。食物によっても昔の人々は季節を感じ ながら生きていたわけです。平成の現代では、その点で季節感が薄らぎました。
 また「七草粥」に類する季節や年中行事に関係した食物の習慣は一部に残っているようですが、 ごく形式的なもので、けっして旬の物を食べるという食事ではありません。野菜類、果物類、さらには 魚介類は、旬の物を食べるのが最も美味しく、栄養があり、活力源になると考えられ、東洋人特に 日本人は旬の物を好む習慣があります。
 和食には季節感が感じられますが、中華料理や洋食は、油で炒めたり、徹底的に焼いたり、元の 素材の旬の姿が消えてしまっているものが多いように思います。その点和食は、極力、旬の素材の 元の味を味わうという食事方法を採っています。

◆ 野良の天皇 ◆  十五番歌に対比できる歌は一番歌でしょう。両歌の対比表を作りますと、 次のようになります。

歌番号歌人場所名詞述語季節歌集
三八代天智天皇秋の田かりほの庵・苫・衣手・露濡れつつ後撰集
十五五八代光孝天皇春の野若葉・君・衣手・雪降りつつ古今集

 一年の締めくくりの収穫と一年の始まりの歌として、共通語と対比語が交互に並んでおり、両首とも 天皇のお歌として、天皇の衣手には一年がかかっていると見られる興味のある組み合わせと言え ましょう。お二人の天皇のお歌をまとめまして、次のように合体してみました。

 「大君は 春野秋田に 出で座して 露に濡れたり 雪被ったり」

となり、宮中から野外に出て季節を感じながら、労働しているお姿は美しいものです。
 陽成天皇退位後、関白藤原基経の後押しで仁和帝、小松帝と呼ばれる天皇が即位され、特に国風 文化重視の立場で伝統的な諸行事を復活されたことにより、わずか三年の天皇在位にかかわらず、 その考えは子の宇多天皇及び孫の醍醐天皇に引き継がれ、大いに和風文化が隆盛する原動力になったと されていますから、敷島の道ひいては百人一首誕生の影の恩人になるのかも知れません。
 そうしてみますと、「きみがため」とは、「くにのため」で、「若菜摘む」とは、「伝統的国風 文化を拾い上げる」ということであったのかもしれません。

***  百人一首の忘備録   ***
(一) 百人一首の中で、各句が対になっているものは、十六対(織田正吉「謎の歌集・百人一首」) もあり、各句ごとに分類すると下表のようになります。

句番号対語(ペアの歌番号)歌数合計
第一句わたの原(一一ー七六)、君がため(十五ー五十)、朝ぼらけ(三一ー六四)
世の中(は、よ)(八三ー九三)、難波(江、潟)(十九ー八八)
第二句心も知らず(三五ー八0)
第三句白妙の(二ー四)、小夜更けて(五九ー九四)、あるものを(六五ー八二)
ながらへば(六八ー八九)、ながむれば(七0ー八一)
第四句我が衣手(は、に)(一ー十五)、みをつくして(や、も)(二十ー八八)
今一度の(二六ー五六)
第五句一人かも寝む(三ー九一)、雪は降りつつ(四ー十五)、逢はむとぞ思ふ(二十ー七七)
物をこそ思へ(四九ー八0)、夜半の月かな(五七ー六八)、名こそ惜しけれ(六五ー六七)

 この十五番歌は、三首の各句と同じという類似句の多さで、他の四番(三句、五句)六五番(三句、 五句)、六八番(三句、五句)、八十番(二句、五句)、八八番(一句、四句)、等は二句まで同じ 用語になっています。
 光孝天皇の歌の用語には、古今集時代に好まれて使われていたものが多かったかを示すことになる のかも知れません。

(二) 「春の野」、「若菜」、「衣手」、「雪降り」など、和歌の用語としては頻出するものの ように思います。この歌の類歌は、古今集(五首)や後撰集(七首)に多く見られますが、一例を 拾ってみますと次のようになります。

 「春の野に心をだにもやらぬ身は若菜は摘まで年をこそ積め」
                                      (後撰集・巻一・春・九・凡河内躬恒) 「春日野の若菜摘みにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらん」
                                       (古今集・巻一・春上・二二・紀貫之) 「明日からは若菜摘まむと点野に昨日も今日も雪は降りつつ」
(新古今集・巻一・春上・一一・山辺赤人)
 「白雪のまだふるさとの春日野にいざ打ちはらひ若菜摘みみん」
(後撰集・巻一・春上・三四・大中臣能宣)
 「春日野は雪のみ摘むと見しかども生ひいずる物は若菜なりけり」
(後拾遺集・巻一・春上・三五・和泉式部)
    「春日野に多くの年は摘みつれど老いせぬ物は若菜なりけり」  (拾遺集・巻一・春・二十・円融院御製)

***  百人一首の道草  ***

(一)百人一首の中で、この光孝天皇の歌に関係して、各々の句が全く同じ歌は、次のように なっています。

(十五番)君がため  (はるののにいでて)(わかなつむ)  我が衣手に   雪は降りつつ
(五十番)君がため   (をしからざりし)(いのちさへ)(ながくもがなと)(おもひけるかな)
(一番)(あきのたの) (かりほのいほの)(とまをあらみ) 我が衣手は   露に濡れつつ
(四番)(たごのうらに)(うちででてみれば)(しろたへの)(富士の高嶺に) 雪は降りつつ

 四番歌と十五番歌の雪を組合せてみますと、つぎのようになります。

 「春の野に 打ち出でて見れば 白妙の 雪は降り来る 我が衣手に」

 十五番歌=一番歌+四番歌+五十番歌+春の野+若菜 と分解されます。

(二)十五番歌に対する一、四、五十番の各々と違え採り歌を作ってみます。

 (十五番ー一番)「君がため かりほの庵に 春菜採れば 雪は降りしく 我が衣手に」
 (十五番ー四番)「春の野に 七草摘めば 白妙の 我が衣手に 雪は降りつつ」
 (十五番ー五十番)「七草の 若菜を採りて 君がため 長くもがなと 思いけるかな」

 ちなみに光孝天皇独自のお言葉は第二句と第三句ですが、この部分も他の百人一首の句を用い ますと、次のような歌が出来上がり、完全に「皆様のお知恵をお借りして詠ませていただきました」と いうことになりましょう。
 さて、題詠の歌は七夕の歌と梅宴の歌です。

 「君がため 漕ぎいで行かむ 天の川 我が衣手に 星は降りつつ」
 「君がため 折らばや折らむ 梅の花 我が衣手に 雪は降りつつ」

                              平成六年十月十日
    


掲載 平成16年4月15日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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