平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 10 歌  交通と駅 (蝉  丸)
これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関

      ◆ 名 前 ◆  この歌の歌人は、「蝉丸」というただ二文字のみの苗字でも、ましてや官職名 でもない、渾名のような名前を持った特異な人物になっています。
 百人一首で二文字の名前の歌人は五名おり、内三名は女性の「伊勢」、「右近」、「相模」で、 他は、「菅家」という尊称の菅原道真になっています。女性群の名前は元々親族(父や夫)の役職名を 代名詞にしていますので、うっすらとでも生き様や生涯が伝わってきますが、この「蝉丸」の名前の 出所は、伝説を纏めている「今昔物語」やその他の物語の語り伝えとして、言及されている程度です から、正しく伝説上の人物で、実在の人物とは言い難いわけです。名前の由来は盲目の琵琶の名手で あり、蝉歌の名手として有名であった為と言われています。古い川柳にこの歌を評して、
 「琵琶の曲行くも帰るも立ち止まり」
ということは、旅人が琵琶や蝉歌に聴き惚れるということでしょう。したがって唯一彼のみが渾名で 堂々と百人一首に名を連ねている一方で、「菅家」をはじめとして、「貞信公」、「謙徳公」などの ように、没後にその諡(おくりな)で呼ばれている人々がいることを思うと、ややかわいそうな気が します。
 「坊主」と言われる人々は、喜撰法師他計九名(素性法師、恵慶法師、能因法師、良暹法師、 道因法師、俊恵法師、西行法師、寂連法師)いるわけですから、彼にも彼の才能にふさわしい諡を 付けるとして、蝉丸吟師、あるいは「蝉丸奏師」など如何でしょう。
 「蝉丸さん」とは、やや寂しい名前とはいえ、逆に一度聞いたら忘れない独特の名前になって いますし、一語の「蝉さん」でも通用しますが、少々親しすぎるかも知れません。
(註)作者の名前については、「百人の歌苑」を参照願います。

◆ 逢坂の関 ◆ 歌の主題である「逢坂の関」は、百人一首では十番と六二番の二首に詠われて います。六二番歌(清少納言)の所でも少し言及しましたように、逢坂関は三関の一つとして昔から 有名で、東国への人々の往来する関所であったわけです。当時も駅という名の交通の要所があった わけですが、この歌のような関とは現在での駅のような(より厳密に役目から考えると税関の方が 近いでしょうが)物ではないでしょうか。平安の関も平成の駅も雑多な荷物を持ち、様々な服装と 顔色と心を持った人々が出入りする場所で、それぞれの人生の瞬間をその「関」や「駅」に持ち寄っていると見ますと、正しく「関や駅は人生の縮図」と言われる通りです。  蝉丸の歌でも、単に人が通過することだけを詠んでいるのではなく、「知る」人や、お互いに 「知らぬ」人々が「別れ」と「逢ふ」という目的のために、行き帰りしており、「知る」人々は 「別れ」を惜しみ、「知らぬ」人々は「逢ふ」期待と希望とを、併せて不安をも持って動いていくと 詠んでいます。平成の現在、駅の内外に渦巻いている人々の顔にも全く同じ様な様相が窺えます。

 「おちこちに 上り下りの 出入り便 駅の見送り 出迎えの男女(ひと)」

 関や駅での人そのものは、平安期も平成の世も変らないものの、移動手段(交通機関)が全く 違います。平安期の唯一の移動手段は自らの足で、馬や牛車や手押し車の類はほとんど皆無で あったと思います。自らが旅の荷物箱や袋を背負い、他に同行の人があるならば、その人に歩調を 合わせて、歩くしかないわけです。
 平成の世では、大量輸送としての乗り物の類が発達しており、自動車・列車・船・航空機など 種々有るために、駅(関)や港(津)から目的地まで何の苦もなく移動できます。人々の出入りする 場所も単に駅だけにとどまらず、港や空港なども新しい要所となっています。時間の面では、 平成六年九月からは、二十四時間活動する空港が難波津の沖に出来上がったように、空間的にも、 時間的にも人の移動のための環境は大きく変り、便利なものになっています。

◆ 時刻表 ◆   平安時代の貴族社会に於いて、単位時間の概念とは、どのようなものだった のでしょうか。人の活動の時間は昼の明るい間のみ、すなわち明け六つの夜明けから、暮れ六つの 日暮れまでに限られていますから、言うならば自然に人が拘束されていたわけです。
 枕草子の二百九十段に清少納言は次のように書き残しています。
『時刻を奏上するのは大変趣のあることだ。寒さ厳しい頃の夜半。ごとごとと沓音を轟かし、 弦をならして我が名を名乗り、それから「時は丑三つ、子四つ」などと遠きから聞こえるような声で
唱え、その時を書く簡を「くい」に挿す音などが耳に残る。「子九つ、丑八つ」などと一般の人は 言う。全て何時でも「くい」を挿すのは、第四の時だけである。』
                            (田中墨江訳ー日本古典文庫ー河出書房出版社)   子、丑、寅、卯、辰などの時間は、今での二時間単位になりますが、現在は一分、又は秒単位で 物事を考える習慣が付いています。分単位では、例えば駅の列車の時刻表であり、公衆電話の料金で、 秒単位ではスポーツの記録や交差点の信号待ちの時間ですから、平成人は身近に時間を感じ且つ 管理しています。
 時間を管理する最たる物は交通機関の時刻表ですが、現代人は全てがそのタイムテーブルに乗せ られて生活しているとも言え、平安朝の人のように時間に対する自由さがありません。例えば、 生まれて物心ついた頃から教育体制の枠に当てはめられ、幼稚園、小学校と義務教育を受け、それを 終えると職業を選び、結婚適齢期を経て子供をもうけ、定年まで働いて年金で生涯を終えるという 人生のタイムテーブルに乗せられていて、この枠からはみ出ようとしても出られないのです。
 そのためには、人によっては時間と縁を切るため、新聞、ラジオ、テレビジョンなどと言う現代 情報社会の生活手段を一切捨てて、自然に支配された田舎の自給自足の生活に入るという人もいます。 時間と共存するという感覚を持つためには、どうすればよいのでしょうか。自主的に時を活用すると 言うことですが、千年後の日本人はどのような人生の時刻表を製作している事でしょう。

***  言葉の世界への散歩   ***  《繰り返し言葉とリズムについて》
 この歌に使われている言葉の特徴としては、次の三点が挙げられます。
 (一)一句毎に対になる語を使っていること 第一句「これ・・・この・・・」
                       第二句「行く・・・帰る・・・」
                       第四句「知る・・・知らぬ・・」
 (二)反意語を並べていること        行くー帰る、別れー逢ふ、知るー知らぬ
(三)「も」の字を多用していること 第二句「行くも帰るも」
                       第四句「知るも知らぬも」
(四)古今集の対語例について
 以上の四点についてもう少し詳しく検討してみます。

(一)対語の使用について

   対語を使う点から見ますと、次の方が徹底しています。

    「これやこの 行くもいぬるも 逢ひ会うは 知るも知らぬも 逢坂の関」

しかしながら、語の配置に気を取られて、和歌としての詠う心が理屈っぽい歌語のために 消えてしまっています。「これやこの」という言い方は、既に万葉集から使われている用法で、

「これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありとふ名に負ふ背の山」
(万葉集・巻第一・雑下・三五・阿閑皇女)
    「これやこの名に負ふ鳴門の渦潮に玉藻刈るとふ海人少女ども」
                         (万葉集・巻第十五・三六三八・田辺秋庭)

この蝉丸の歌と同じく後撰集にも雑歌として次の歌が載っています。

    「難波津を今日こそ御津の浦毎にこれやこの世を海渡る舟」
                                     (後撰集・巻十七・雑三・一二四五・業平朝臣)
    「これやこの浮き世の外の春ならぬ花のとぼその曙の空」
(新古今集・巻第二十・釈教歌・一九三九・寂蓮法師)

このように、「これやこの」の歌を引用しますと、私達の先祖は万葉の昔より平安朝頃まで 「これやこの」といい、平成の現在では「これぞかの」とか「これぞまあ」と言うところの感嘆句と して、「これやこの」、又は「これぞこの」を使ってきたものと考えます。感嘆の時に発する言葉と いうのは、人の基本的な感情に基づくものですから、時代と共にそんなに変るものではないと思い ますが、歌に詠み込む用語となると、死語になるものもあるのでしょう。
   例えば感動詞で見ると次のようなものです。
    あな、あはれ、すは・・・・ああ、やや、そら・・・・あれ、あらら、ややっ
    いかに、いざや、なう・・・なんと、さあ、ねえ・・・・さあて、どれどれ、ちょっと
    そよ、いな、いや、おう・・それよ、いいえ、おお・・・それそれ、いいや、おうおう
   千年後の日本人はどんな感嘆の声を発するのでしょうか。

(二)反意語の使用について
   反意語を使う点からは、次の歌の方がその使用回数が増えます。

    「あちこちに 行くも帰るも 泣き笑い 知るも知らぬも 出入りする関」

 

   (三)反意語を並べること
   この歌では「も」字も多用されることによって、歌を調子よく次から次へと運んでいるように
  感じます。「も」という四輪車に乗った一首が逢坂の関を通過していくような印象を受けます。
  蝉丸さんは、もともと対語や反意語、さらには「も」の字が好きなようで、次のような歌も残し
  ています。

    「世の中はとて も かくて も 過してむ宮 も 藁や も 果てしなければ」
                           (新古今集・巻二十・雑下・一八五一)

   ここまで、各句の尾に「も」の字を使ったのなら、徹底して、全句の終わりを「も」の字に
すればどうなりましょうか。

    「何処とも ゆくも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢ふは関かも」

   さらにしつこく「も」の字をもう二字足してみましょう。

    「外も内も 行くも帰るも ともかくも 知るも知らぬも 逢ふは関かも」

 

  (四)古今集に見る対語の歌
   蝉丸の歌の特徴は、各句に対になる語を用いていることです。すなわち、第一句ーこれ*この、
  第二句ー行く*帰る、第四句ー知る*知らぬです。この種の対語の歌を古今集の中に探して
みます。

 「春霞かすみていにしかりがねは今ぞなくなる秋霧のうへに」(二一0番歌)
   春霞ー秋霧、 かすみてーなくなる

 「緑なる一つ草とぞ春はみし秋は色々の花にぞありける」(二四五番歌)
   一つ草ーいろいろの花、春ー秋

 「昨日といひ今日と暮らして明日香川流れて早き月日なりけり」(三四一番歌)
   昨日ー今日ー明日ー月日

 「我が君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」(三四三番歌)
   我ー君、千代ー八千代、石ー巌

 「けふ別れ明日はあふみとおもへども夜や更けぬらん袖の露けき」(三六九番歌)
   けふ(今日、京)ーあす(明日、近江)

 「君やこし我やゆきけんおもほえず夢か現か寝てか覚めてか」(六四五番歌)
君ー我、こしーゆき、ゆめーうつつ、ねてーさめて

 「満潮の流れひるまをあひがたみみるめの浦に夜をこそ待て」(六六五番歌)
   みつーひる、ひるーよる、あひーまて・・・潮ー流れ、がたみーうら

 「寝ても見ゆ寝でも見えけりおほかたはうつせみの世ぞ夢にはありける」(八三三番歌)
   ねてーねで、みゆーみえ、うつせみーゆめ

 蝉丸の歌の出典である「後撰集」の中に同様な歌を探してみますと、次のような歌になりましょう。

「行き帰り此処もかしこも旅なれや来る秋毎にかりかりと鳴く」(三六二番歌)
 「遅く疾く色づく山のもみぢばは遅れ先立つ露や置くらむ」(三八一番歌)
 「来や来やと待つ夕ぐれといまはとてかへる朝といづれ勝れり」(五一一番歌)
 「おもふ人おもはぬ人のおもふ人おもはざらなんおもひ知るべく」(五七二番歌)
 「あはれともうしともいはじかげろふの有るかなきかにけぬる世なれば」(一一九二番歌)
 「我もおもふ人もわするなありそ海の浦吹く風のやむ時もなく」(一二九九番歌)

                               平成六年五月八日


掲載 平成16年4月12日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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