平平点描

(百人一首随筆集)


「連 載」 第 9 歌  長雨と美女 (小野小町)
花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに

      ◆ 梅 雨 ◆  平成六年の梅雨は、例年よりも一、二日の遅れで沖縄地方より始まり、六月 十三日には北陸および東北地方まで北上し、北海道を除き全国が雨の多い季節に入りました。梅雨は 日本列島が地殻変動により中国大陸から分離独立して、列島に形成されて以来、すなわち日本民族 誕生の遥か昔からの自然現象として存在するものです。平安時代から平成の現代まで、千二百年の間、 規則正しく梅雨は年一回必ず巡って来るのです。日本は四季に恵まれているという言い方もできる 一方、日本には、五季節、春、梅雨、夏、秋、冬が毎年巡って来るという、地球上でも非常に季節の 変化がはっきりしている島国ということも出来ます。
 平安朝も現代も年代は変わっていても、梅雨の季節は人の生活にとって必要である一方、不自由な 点もあるのです。例えば外での活動が出来ない、蒸し暑い、物は腐りやすい等々、しかしながら、 水稲耕作主体の農耕民族にとって、日本列島での梅雨は、田植えの時期にもなり、まさしく天の なせる配合の妙に感謝せざるを得ない自然現象なのです。水は人間の生活にはあらゆる面で欠かせ ないものであることを改めて思い知らされます。

◆ 雨の歌 ◆   さほどに雨が重要でありながら、いざ、和歌の世界になりますと、雨そのものは 歌のなかに取り込みにくい対象になっているようです。古今和歌集でも千百首ほどの中で、雨から 詠い始める歌はわずか三首です。百人一首の中での雨は、八七番歌「村雨の」(寂連法師)の一首に 唯一詠われております。
 もう一首雨と明言していませんが、掛詞として、この小野小町の九番歌に「ながめ」として、 使われています。ちなみに百人一首では、雨に関する用語としては、雨冠の霧(二首)、雪(四首)、 梅雨(四首)、霜(三首)、雲(五首)などは盛んに詠まれていて、十七首ほどが挙げられます。
 いずれの歌でも使用される用語は一語ですが、八七番歌のみ、「雨」、「露」、「霧」と三語まで 使われており、正しく水気の多い濡れた印象の歌になっています。

◆ 長雨と小町 ◆  さて、「ふるながめ」(降る長雨)からじめじめとして、しとしとと降る 梅雨を思い出さざるを得ません。長雨のために花も色褪せて、ついには萎れてしまうように、花の 盛りの女でもいたずらに世を送っていたら、古びてしまいますよとの喩えです。

 小野小町は、平安朝きっての絶世の美女と噂されたため、彼女に纏わる話はあれこれと残されて います。これだけの美女ならばさぞかしその生涯は華やかな、かつ女性であれば誰しも憧れるもので あったろうとの予想に反して、生年月日も命日も全く分かっていません。どうも九世紀の仁明天皇や 文武天皇の御代の人物であり、関係した男性(大伴黒主、僧正遍照、文屋康秀、深草少将等)が はっきりしている時点のみ、ところどころ闇からうっすらと垣間見られるだけという状態ですから、 甚だ掴み所のない女性です。

◆ 美 女 ◆  はてさて、一体美女とは何なのでしょうか。有史以来、名だたる美しい女性は 数多くは語られていませんから、何か顔のつくりや体型、動作や仕草、のみならず頭がよい (学問知識が深いと言うより、賢いという意味の方が強い)事などの他に、美女だ、美女だというのは 男性の側の言ですから、男性にとって好ましい印象を与える女性でなければなりません。よく 尽くしてくれる、よく理解してくれる、いうことを聞く、などもそんな条件の一つなのでしょう。 昔から日本人の美女に対する考え方も時代によって変わってきていると思われます。特に絵や彫刻に なって残っている美女は、ともかくもその時代の理想の女性像の代表であるとみても間違いない でしょう。
 古くは仏教の世界では、中宮寺の弥勒菩薩、奈良朝以前では、石川郎女や光明皇后、平安朝では 小野小町(近世のカルタ絵でも顔は分かりませんが)、藤原道綱の母でしょうか。近代では、目鼻 立ちの整った顔で、着物の似合う女性が美人の代表でしたが、さらに時代が現代になりますと、 顔よりも体型を重視して、八頭身の女性が絶世の美女とされ、その上、着物ではなく、なるべく 裸に近い衣装(水着)での美女の品評会とでもいう催し物が行われるに至りました。いやはや女性は 何時の世でも何かと大変ですね。かの衣通姫など何と嘆くでしょうか。
 平成現代では、万人共通の美女を求めるのではなく、個性の光る女性を美人(美女ではなく)と して高く買う傾向もあり、男性の願望も一様ではなくなりつつあるように思われます。女性の何を 美しいと見るかは男性それぞれの勝手と言うことでしょう。したがって、一時期流行した「ミス ・・・」の押しつけは余り言われなくなったようです。  彼女や和泉式部の和歌の力を借りた美人像は、今から百年前明治大正期の情熱の女流歌人、 与謝野晶子に繋がっているとものと思われますが、現代女性歌人では与謝野晶子ほど世の男性の 話題をさらう人は居ないようです。

***  百人一首の忘備録  ***
 小野小町の歌は、すらすらと滑らかに詞が流れ出ていくように並んでいます。これは多分に 「な」行音、特に第二句から第五句までの「に」で切られている句の並び方によるのでしょう。 三十一文字中約四文字に一語の割合で八語も「な」行音の文字が入っています。

 「は なの いろはうつり に けり な いたづら に 
       わがみよ に ふる な がめせしまに」

 小町はこの歌と同じく人の心の花も「うつろふ」と言ってます。

 「色みえでうつろふ物は世の中の人の心の花にぞありける」(古今集・巻十五・恋五・七九四)

 その二番手前には、この歌を応援するように「読み人知らず」として、

 「世の中の人の心は花初めのうつろひ易き色にぞありける」(古今集・巻十五・恋五・七九六)

 平安朝も平成現代も「うつろひ易き」は花と人の心で、ますます盛んなのは恋に陥る男女の数、 熟しては冷め、冷めては熟する事は、千年後も変ることはないでしょう。
 この話の最後に彼女の二巻に渡る夢の三恋歌を古今和歌集よりアンコールしてみましょう。

 「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」(巻二・恋二・五五二)
 「うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふ物は頼み初めてき」(巻二・恋二・五五三)
 「いとせめて恋しきときはむばたまの夜の衣を返してぞきる」(巻二・恋・五五四)

 「現にはさもこそあらめ夢にさへ人目をもると見るが侘びしき」(巻五・恋三・六五六)
 「限りなき思ひのままに夜もこむ夢路をさへに人は咎めじ」(巻五・恋三・六五七)
 「夢路には足も休めずかよへども現に人目見しごとはあらず」(巻五・恋三・六五八)

                                 *** 百人一首の道草  ***「沓そろえ」
 小野小町の歌の二句から五句には、「に」の字が入っています。言ってみれば句尾踏韻の 「沓そろえ」です。又三番の柿本人麻呂の歌では一句から三句まで、句尾は「の」の字になって います。このような句尾の例は蝉丸の十番歌でも「も」の字に見られます。
 句頭踏韻の歌の例については、五十八番歌***百人一首の道草***を参照されたい。

平成六年六月十三日


掲載 平成16年4月12日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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