◆ 夏服と冬服 ◆ 現代では五月の若葉の季節が終わり六月に入りますと、夏の季節になって、 学校の生徒さん達も一般社会の働き手達も、一斉に冬服から夏服に衣替えをします。冬の基調で ある黒の色から一度に夏服基調の白色へ、周りがパッと明るくなったように感じるものです。
昔の衣替えを辞典(広辞苑)に依り季節順に並べてみますと、平安朝以降今日まで次のような 一年の行事になっていたようです。四月 一日より 袷(あわせ)(寒ければ下に白小袖)(江戸時代) 五月 五日より 帷子(かたびら)(涼しいときは下衣) 八月十五日より 生絹(すずし) 十月 一日より 練絹(ねりきぬ)(江戸時代)
太陽暦での六月一日や十月一日には、江戸時代からの習慣を引継いで、年二回夏服と冬服の 衣替えを行なっています。日本のように四季がはっきりし、気候も様々に変化する地域では、 衣替えが必要になるのでしょう。春、夏、秋及び冬服が有れば衣替えも忙しいでしょうが、逆に 衣替えによって四季を知ると言うことになります。平安人のようにゆっくりした生活速度を保て ない現代社会人にとって、このような衣替えはとうていやり通せない生活行事になるでしょう。
◆ 白 衣 ◆ さて、夏服と言えば、白地の服装というのが一般常識です。これは万葉の 時代からの習慣であり、生活の知恵になっています。キーワードは太陽と白色です。現在では、 物理学的に太陽とは何か、太陽光とは何か、さらに夜と昼の時の変化まで全て解明されているため、 全ての光に関する現象を理論的に説明することが出来ます。人類は大昔に太陽熱に対する色調と 熱吸収率の関係を経験的に理解してきたわけです。
この歌でも、夏の象徴として「白妙の衣」を引合いに出していますから、想像される風景は 非常に明るい原色の輝く清々しいものになっています。すなわち天には燦々と輝く太陽があり、 その周りには青く澄んだ空が視界の上半分を占め、それを背景にして、深緑の「天の香具山」が 視界の下半分を占めて、その香具山を背景に小さい斑点のように、しかしあたりの風景にアクセントを 付けるように、白色の衣が風に翻っているという状況を想像します。
藤原良経の「月清集」には、持統天皇と同じように天の香具山を詠むため、この歌の下半分を 使った次のような歌があります。
「雲はるる雪の光や白妙の衣干すてふ天の香具山」
強い光の風景の中での「白妙の衣」の輝きは、持統天皇の歌の方がうまく詠み込まれているように 思います。
◆ 四季感 ◆ この歌は春から夏への季節の移り変りを、自然界で示される空の色や山の緑の 変化と、人が野外に干した白妙の衣によって感じているわけです。現在でも幸いにして天の香具山の 周辺は、比較的昔の風景が保たれており、持統天皇の頃の藤原宮からの眺めも想像しようと思えば 不可能ではないように思います。平成現代では空の様子に依って、あるいは周辺の身近な自然で ある山や川の様子に依って、四季の移り変りを感じようとしなくなってしまいました。まして、 一枚の「白妙の衣」から「春過ぎて夏きにけらし」と言えるだけの生活環境は無くなりつつあり、 形の上だけの衣替えの習慣さえ薄れつつあることも事実です。殊に自然から隔離されやすい大都会の 生活では、季節の移り変りは、テレビジョンの映像によってのみ知ることになるのではないかと さえ思います。
暑ければ冷房を、寒ければ暖房の利かせたビルディングの一室で生涯を送る人々には、四季感など
無関係の自然の動きという事になるでしょう。
人間は自然の中にあってこそ人間らしい生き物として存在できているのに、その自然から 自ら離れていくことは、人間を自ら放棄したに等しい行動と言わざるを得ません。自然と共存する ためのルネッサンスとも言うべき動きが、最近都会生活の中にも出てきました。すなわち「緑を 大切にする」「水に親しむ」などの市民運動です。緑化計画や親水公園など、自然を極力日常生活の 手元に引き寄せることは大切なことでしょう。
◆ 香具山 ◆ この歌に詠まれた香具山は、藤原京の大極殿跡から東に一キロメートルほどの
ところにあり、藤原京の西に位置する畝傍山に対しています。畝傍山の麓には、神武天皇を祭神と
する 橿原神宮があり、地域保存が計られています。藤原京の真北約一キロメートルの所には
耳成山があり、大和三山を形成してきたわけです。
万葉集に於ける香具山は、天智天皇によって次のように詠われています。
「香具山は畝傍ををしと耳成と相争ひき・・・・・」(巻第一・十三)
三山の高さは、畝傍山(一九九m)、耳成山(一四0m)、そして香具山(一五二m)で、
争った二山は、三山の中でも最も高い畝傍山を「をし」と「相あらそ」ったことになるわけです。
百人一首の中に詠まれた山は、十六山ほど有りますが、香具山は低い嶺の部類に入りましょう。
しかし、たとえ高さは低くとも、万葉集に多くの人々によって歌に詠み込まれています。
まず、舒明天皇のお歌として、万葉集の巻頭に出ているもの。
「大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山・・・」(万葉集・巻第一・二)
また、鴨君足人の歌としては、
「天降りつく天の香具山霞立つ・・・・」(万葉集・巻第三・二五七)
後鳥羽上皇のお歌で、万葉集と奇しくも同じ、新古今集の巻頭の第二番歌として
「ほのぼのと春こそ空にきにけらし天の香具山霞棚引く」(新古今集・巻第一・二)
標高は、二百メートルに満たないものの、その名の高さは、古代より富士の山に匹敵していた ことになります。
【百人一首の談話室】 「四季」
百人一首の部立(歌の分類)を四季別に見ますと、春六首、夏四首、秋十六首、冬六首の 計三十二首ですが、恋歌四十三首には及びません。この三十二首の中でも春、夏、秋、冬の言葉を 詠み込んでいるものは春三首(二番、三十三番、六十七番)、夏三首(二番、三十六番、九十八番)、 秋十二首(一番他)、冬一首(二十八番)の計十九首になります。このうち二番歌(持統天皇)には、 「春過ぎて夏来にけらし」と春と夏が入っています。これらの分類からみますと、四季の中でも 秋が和歌の上では非常に重要な季節であることが分ります。これは万葉集の時代からの傾向である のかも知れません。ちなみに万葉集・巻十の四季に部立された歌の数を見ますと次のようになって います。
| 四季区分 | 万葉集(巻10) 雑歌 | 万葉集(巻10) 相聞 |
万葉集(巻10) 合計歌数 | 古今集 (巻1〜6) |
新古今集 (巻1〜6) |
|---|---|---|---|---|---|
| 春 | 78 | 47 | 125 | 134 | 174 |
| 夏 | 42 | 17 | 59 | 34 | 110 |
| 秋 | 234 | 73 | 307 | 145 | 226 |
| 冬 | 22 | 18 | 39 | 29 | 156 |
| 合計 | 375 | 155 | 530 | 342 | 666 |
明らかに秋の歌が群を抜いて多いことは、古今集や新古今集にも言えましょう。
「敷島民族」には四季の中で秋が重要であって、秋にこそ自然の移り変わりが感じられ、歌の趣が
深まるという民族的感覚を持っているからでしょうか。この民族性は平成現代まで持ちきたら
されているようです。「四季の中、いずれが好きですか」との質問に「秋」と答える人が多い
ことに相応しているようです。
さて、百人一首での秋は、秋そのものと田、草木、野、夕暮れ、それに風が詠まれていますが、
万葉集巻第十でも同じ様な物が挙げられているようです。たとえば、秋雑歌群での詠物としては、
花、雁、鹿、蝉、蟋蟀、山、黄葉、水田、蛙、月、露、鳥、風、竹、雨、霜
などで、相聞群での寄物としては
水田、露、風、雨、蟋蟀、蛙、雁、鹿、蔓草、花、山、黄葉、月、衣、夜
となっていますから、百人一首と同じ様なものを歌の対象に据えていることが分ります。
これらの四季別の様々な自然物に注目することにより、万葉以来、千数百年に渡って日本の文芸は、
その色合いと深さを増してきたように思います。季題とか季語を分類して「歳時記」なる物を
持ったわけですが、敷島民族独特の物ではないでしょうか。
外国語例えばドイツ語、ロシヤ語、フランス語などでは、名詞は男性、女性、中性名詞に分類
されていることに対応して、日本語の名詞は四季に分類されているとも言えます。例えば、花と
言えば桜、桜と言えば、春と言う事ですから、「花」とは「春」の代名詞のような物です。
日本の文芸の中では四季を抜きにした作品は、やや魅力に乏しいと言う事になります。
四季感覚を最も高度に昇華させ、文学作品集としたのが藤原公任の「和漢朗詠集」ではない
でしょうか。彼の部立になる目次を見るだけでも、敷島民族の四季に対する濃縮されたエッセンスが
表現されているように思います。巻上の春の部だけを列挙してみます。
立春、早春、春興、春夜、子の日、若菜、桃、暮春、鶯、霞、雨、梅、紅梅、柳
こうしてみますと、春は春でも様々な春が見えてくるような気がします。
*** 百人一首の道草 ***
四季を持統天皇の「春過ぎて夏きにけらし」流に詠んでみましょう。
題して「持統風大和四季巡り」・・・・。
「春題・・・春過ぎて 夏来にけらし 四季巡り 秋訪れて 冬遠からじ」
「夏題・・・夏過ぎて 秋来にけらし 紅の 衣まとうや 畝傍の裾野」
「秋題・・・秋過ぎて 冬来にけらし 枯れ葉散り 小雪舞ひ込む 耳成の岡」
「冬題・・・冬過ぎて 春来にけらし のどけくも 霞棚引く 三輪の神杜」
三輪山には霞と雲が付きもののようで、万葉集では額田王が、古今集では紀貫之が、次のように 詠んでいます。
「三輪山をしかも隠すか雲だにも情けあらなむ隠さふべしや」(万葉集・巻第一・一八)
「三輪山をしかも隠すか春霞人に知られぬ花や咲くらむ」(古今集・巻第二・春下・九四)
百人一首の中で「天の+(地名)」の体言止めで詠まれた歌は、「天の香具山」と「天の橋立」の 二首です。いずれの名所も四季の移り変りが感じられる旧跡として、千年後の世界までその 自然環境を伝えたいものです。
平成六年七月二日
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