平成社会の人々の動き



第 9 話 「人間の進歩とは」
山田洋次監督の語る「寅さんの世界」


目   次

<「人権」週間記念事業講演会>
<文明の利器と人間社会の進歩>
(参考メモ)山田監督と映画「男はつらいよ」


<「人権」週間記念事業講演会>
 毎年12月の初旬に、「人権週間」(12月4日〜10日)が設けられています。全国の自治体が
中心になって、各種の啓蒙活動を展開する時期です。各地で講演会を主体に各種の催し物が行われて
来ました。
 この週間に関係する官庁や団体は、法務局および全国人権擁護委員連合会、自治体、教育委員会、
人権擁護委員会、社会福祉協議会、等々多くの団体が合同して活動を推進しています。

 元々、この週間の意図するところは、1948年(昭和23年)12月10日国際連合が世界に向かって
宣言した「世界人権宣言」を普及徹底するためで、12月10日を「人権デー」としたことによるのです。
 「人権」ということを改めて認識するならば、「人間が人間らしく生きるために認められなければ
ならない権利」ということになりますが、毎年敢えて「人権」を再認識しなければならないと言うことは、
普段それだけ、「人権」が無視されている実態が目に付くと言うことでしょう。

                (註)世界人権宣言第1条
        全ての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利とに
        ついて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに
        同胞の精神をもって行動しなければならない。 

 もともと、人間にとっての生きる権利は、誠に当たり前のことで、それを敢えて言葉にしているの
ですが、「権利」の認識と実行と言うことになると、大変むづかしいのが現実です。言い換えますと、
人間は、それほどに自らが自らの権利を常に意識しないと、自らの権利を忘れ、他人の権利も何で
あるかが分からなくなる生物であるということでしょう。

 さて、今年も恒例の「人権週間」に当たって、各地で様々な行事がもたれました。
 本欄担当者の周辺自治体のひとつでも次のような記念講演会がもたれました。

  ****  人権週間記念事業講演会 「日々の生活と人権を考える集い’02 ****
               「男はつらいよ”寅さん”を語る」
                講師:映画監督 山田洋次氏

 山田監督は、ギネスブックにも載るほど延々と続いた映画作品「男はつらいよ」に関係して、
表現したかったことや主演男優で先年亡くなった渥美清さんの思い出などを約一時間半に渡って講演
しました。
 映画「男はつらいよ」と山田監督及び渥美清さんの要点は、下記の参考メモによるとして、監督の
講演で注目される要点のひとつを挙げてみますと、次のようになるのではないでしょうか。        
  
  その1.寅さんが接触する「表街道に面していない社会」に生活する人々に目を向けること。
     山田監督の言葉を使うと「弱い立場の人々」を温かく見ること。
 その2.時代の波に乗れないことは、悪いことではない。本来の人間の姿を見失うことこそ問題。
     山田監督の言葉を使うと「時代の進歩に背を向ける」こと。
 その3.人間の共同社会を支えている「もの」は、一体何かと絶えず考え続けている。

 「マンネリ」とは言われながらでも、同じ舞台設定で、同じ人物の話が25年も人気が落ちずに
続くのは、上記のような問題が絶えず、映画の背景にあるいは、画面ににじみ出ているからといえます。
 寅さんを演じる渥美清さんの俳優としての能力も重要です。それを十分に理解し、見抜いた上で、
映画の画面上に引き出してくる山田監督の脚本と監督能力も重要な要素でしょう。

 その4.山田監督の渥美人物批評は、一言で「話し上手、聞き上手」の人であったというのです。
     因みに渥美清(1928〜1998)さんも山田監督(1931〜)もともに、昭和一桁
     生まれの同時代人で、育った時代の空気が共通しているのでしょう。

 聴衆から山田監督への質問に、

  「男はつらいよ」の映画には、かならず夕焼けの風景が出てきますが、山田監督にとって
   夕焼けの風景は、何かの思い入れがあるのでしょうか。

というものでしたが、答えは

  「日本人は、共通して「夕焼けの風景」に、なんとなく安堵感を憶え、しあわせの象徴的
   風景と捉えているのではないか」

と考えておられるようでした。この答えと全く同じ内容の講話を、別の自治体での同じ意図の
講演会で耳にしました。

 「人権週間記念行事 人権を考える市民の集い」
   ***生きること、学ぶこと ー私の弁護士活動を通じてー
                   講師:弁護士 中坊公平氏

 中坊氏は少年時代、身体が弱く、まともに人に伍して生活できない状態であったとき、辛いはずの
父親が、ふと中坊少年に「幸せ」について語りかけたのは、夕焼けの道を歩いているときだったと
いうのです。

 尚、この講演会では、手話およびOHP速記表示の奉仕活動もあり、聴衆が等しく講演者のいわんと
する要旨が理解できるような工夫が為されました。
 これも言ってみれば参加した人間一人一人が等しく講演を受ける権利があるということを実践する
ためです。簡単なことですが、なかなか人でのかかることで、関係者の皆さんのご奉仕に感心し感謝する
ところです。

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<文明の利器と人間社会の進歩>
 映画「男はつらいよ」と山田監督によって語りかけられる「物質的な面での」「時代の進歩」と
「人間共同社会としての」「古き佳き時代」の問題を再考せざるを得ません。

 「時代に背を向ける」とまでは意図的でないにしても、「時代の波に乗れない」「時代の流れが
読めない」人々は、一部の人でなく大衆の多くが、体験するところです。それらは、何か社会悪の
ように評価されがちですが、果たしてそうなのでしょうか。
 社会が「進歩」するとは、一体何を意味するのでしょうか。

 江戸時代から明治時代に社会が変貌して、一庶民の周辺で見ても、生活様式やその手段がどんどん
変わりました。簡単な目の前の事例として、「人に意思を伝達する方法」でも大いに変わりました。

 「新聞」が出来て、社会の情報が時間的にも空間的にも広範囲に収集でき、知識が増えたことは
良いのですが、その一方で、「新聞」の目を通してのみのものの見方になり、自ら実感する物事の
捉え方ではなくなりました。
 「電話」が出来て、人との連絡が時間的にも空間的にも、これまでの書面の交換世界とは比べものに
ならないほど便利には成りましたが、書状が書けなくなり、文字を忘れ、文字が読めないように
なりました。
 「馬車」、「汽車」、「人力車」ができて、人は歩くことを忘れました。
 「自動車」や「飛行機」が出来て、大気汚染が進み、地球温暖化現象と危惧されるようにさえ
なりました。

 貨幣経済がどんどん進んで、生活物質は購入するようになり、自給自足という人間本来の生活は、
忘れ去られつつあります。
 お金がなくなれば、銀行に行き、病気になれば病院に行けばいいと言う安易な生活環境になり、
はては「往診」という言葉自体ありえないことになってきました。

 核家族化と共に、「家」の御先祖さんは、どこかへ行ってしまって、各家庭には、仏壇の場所もなく、
墓場さえ見失ってしまう辞世です。

 いまさら、「縄文・弥生時代の生活環境を」とは言いませんが、一体「人間らしい生活」と「人間
らしい行動」とは、何かと言うことを考えねばならないように思います。

 「人間生活の物質的進歩は、人間性を疎外する」という、人間の思いとは相反する結果に成らざるを
えないのではないかと思わざるを得ません。

 山田監督の描く映画世界「男はつらいよ」の画面から、何かを感じ取ることになるのです。

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(参考メモ)映画「男はつらいよ」と山田監督
                (その1)映画「男はつらいよ」
     山田洋次氏が脚本を書いたフジテレビ連続26回ドラマ「愚兄賢妹」の映画化したもの。
     (主演:渥美清、長山藍子、ディレクター:小林俊一)(1968年・昭和43年)
     第一作 1969年・昭和44年 以来、日本映画史上最大の連続ヒットシリーズとなる。
     最終作(第48作)1996年・平成8年 主演の渥美清さんがなくなる4ヶ月前の公開。


                (その2)映画監督山田洋次氏
     1931年大阪生まれ、満州・大連で終戦を迎え、戦後山口県宇部市に引き揚げ、
     東京大学法学部を卒業後、1954年松竹大船撮影所に演出助手で入社。
     同時代の映画監督に羽仁進、深作欣二、篠田正浩、大島渚、伊丹十三諸氏。
     先輩の映画監督野村芳太郎氏につき、1961年監督に昇進し、「二階の他人」で
     デビュー。以降「下町の太陽」「馬鹿丸出し」「運がよけりゃ」「喜劇ー一発大必勝」
     「男はつらいよ」などを発表。
     話題作として、「家族」「故郷」「遙かなる山の呼び声」などの日本の高度成長期に
     社会の成長や繁栄から取り残され、切り捨てられた日本人像を追ったもの。
     「学校」シリーズとして、3連作は、小さい者、弱い者が肩寄せ合って学び育ち合う
      べき学校の理想を追ったもの。
     2002年11月に封切られた初の時代劇「たそがれ清兵衛」も「誰かを大切に思う心、
     目立たない本当の勇気や誇り」を忘れた日本人に問いかける話題作。
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平成14年12月19日   ***  奈華仁志  ***


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