平成社会の人々の動き



第 6 話  「古墳に群がる考古学民」


目   次

<闘鶏山古墳> <考古学情報提供の場> <考古学と考古学民>


<闘鶏山古墳>
1.古墳発見報道

 平成14年6月13日(木)主要な新聞はいっせいに未盗掘古墳の発見を報道しました。

読売新聞と毎日新聞の古墳発見報道(平成14年6月13日)
 自治体(大阪府高槻市)の埋蔵文化財センターが進めていた古墳確認調査の結果、当該「闘鶏山
(つげやま)古墳」は造営時当初の姿を残している貴重な古墳時代の遺跡であることが確認されました。

 一口に古墳時代(3〜7世紀、支配者層が大きな墳丘の墓を造った時代)といってもその時代区分は
かなり長期に渡るもので、たとえば次のように規定されています。

 前 期:3世紀後半〜4世紀後半ー定型的前方後円墳、前方後方墳の時代
 中 期:4世紀後半〜5世紀末 ー前方部が大きくなった前方後円墳の時代
 後 期:5世紀末 〜6世期末 ー巨大な前方後円墳、円墳・方墳の増加した時代
 終末期:〜6世紀末(近畿)、〜7世紀初めー円墳・方墳の時代
       (田中琢・佐原真「日本考古学事典」三省堂(2002年5月)

 この時代の主要な遺跡は全国的に広範囲に分布しており、当該物件の大阪府下でも40か所以上
指定地があり、さらに詳細に高槻市内だけでも4か所(郡家川西・新池・紅茸山・成合琴堂)指定されて
います。

 自治体としては、文化財共有の観点より、発掘現場と発掘物の公開はその都度心がけてきました。
 一般住民が自らの生活環境を振り返り、将来へつないで行くために必要な行動の一つであるわけです。
        
2.現地説明会

 恒例の現地説明会を覗いてみました。
 梅雨期でありながら比較的さわやかな晴れ間に、2日間にわたって現地公開され、現場説明が行われ
ました。
 未盗掘の墳墓のため、外郭状況のみの実態を見せるものです。

(左)阿武の小学校より闘鶏山古墳を望む(中)現地説明地(右)古墳の全貌
  「闘鶏山古墳(第1次調査)現地説明会資料」によりますと、当該古墳は、

 所 在 地 高槻市氷室6丁目1番ー30 ほか
 調査面積  約183平方メートル
 調査時期  平成14年4月8日〜継続中
 調査主体  高槻市教育委員会 文化財課 埋蔵文化財調査センター

 資料の要点は次の諸点です。

 (1)三島古墳群の中にあって、未盗掘の古墳時代前期(4世紀前半)の前方後円墳

周辺には継体天皇関連の古墳があり、藤原鎌足の遺跡も北西方向の北摂丘陵に望める
 (2)古墳の地形は全長86.4m、後円部直径約60m
 (3)後円部で2基の竪穴式石室を確認
 (4)割竹形木棺の遺骸は北向き。
 (5)朱が付着した頭蓋骨、三角縁神獣鏡2面、方格規矩四神鏡1面、石製腕飾り1点、鉄刀など。
 (6)被葬者は、大和王権と深いつながりがあり、三島と統治していた人物と推察。
 (注)「闘鶏」は、日本書紀仁徳62年記事にある「闘鶏野氷室」に由来。

 現地を訪れる人々は比較的高齢者層で、若年層も一部認められます。
 主要な発掘地点で、係員からの現状説明を熱心に且つ興味深く聞き入る姿が列をなしています。
いわゆる「古代のロマンを追う」と言い習わされている「考古学民」の一体です。
 平和な時代の日本の風景一例というべきでしょうか。

墳丘頂上部分での発掘状況の説明会
 
  これら「考古学民」のいずれの人の顔にも、気ぜわしさ、才走った目、にぎにぎしい動きは見られ
ません。学問的厳しさで、古代を究明するというのではなくて、同じ人間として、昔の仲間を知る
楽しさを探索しているかのようです。
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<考古学情報提供の場>
 考古学分野に関与する自治体や大學、その他いろいろな機関や団体が近年富みに考古学情報を提供し、
また提供する機会を設定するようになりました。
 出版物の面での情報も関係する人口増とともに盛んになってきたようです。筆者の周辺の二三の例を
提示してみましょう。

1.縄文文化の紹介

 自治体(高槻市立生涯学習センター)の企画による歴史講座の例としては、次のようなものです。

 歴史講座 「縄文まほろばのかがやき」
講 座 名講    師
「縄文時代とは」国立民族学博物館教授小山修三さん
「縄文土器の美と形」金沢美術工芸大学教授小島俊彰さん
「世界史の中での縄文文化国際日本文化研究センター教授安田喜憲さん
「おしゃれな縄文人」国立民族学博物館教授小山修三さん
「桜町遺跡の発掘調査の
成果から縄文人の生活を捉える」
小矢部ふるさと歴史館館長伊藤隆三さん
「三方町の縄文遺跡」中京女子大学教授森川昌和さん
2.古代天皇の情報

 郷土の古代遺跡に関心を持つという観点から、自治体(高槻市真上公民館)の提供する考古学情報の
一例として、歴史講座と題した講演(講師:作家石田道仁氏)が開催されました。

 「今城塚古墳から夢とロマンが見えてくる」
 2日間にわたって各2時間計4時間かけての講演内容は、

 (1)継体帝と三島の地
 (2)継体帝・大和入りまでの二十年

で、話題の中心である歴史上の人物が聴講者の地元であり、その関係する遺跡も身近にあるため、
参加者には、非常に興味を引くことになります。

 この種の講演は前者のものを含めて、後述する「考古学民」が押しかけ、盛況を呈しているのです。
 三島野丘陵に永眠すると推察されている継体天皇も千五百年後の庶民行動には、驚いていることは
確かです。

3.考古学関連公的団体の情報提供機関

(その1)高槻市教育委員会・埋蔵文化財調査センター
 市内の埋蔵文化財を調査し、整理研究する施設として昭和50年10月に開館しました。
 高槻市内には、今城塚古墳、安満遺跡、安満宮山古墳、嶋上郡衙跡など旧石器時代から江戸時代まで
遺跡は150か所以上あると推定されています。

埋蔵文化財調査センター、(左)入口(中央)玄関(右)記念石碑
特に古墳時代の遺跡は、当センターのある丘陵地を
含め、その周辺には多数の古墳群が密集しています。祖先の文化財を研究保存するには最適の位置に
存在するわけです。

埋蔵文化財調査センター(8番付近)周辺の遺跡群(同センター解説パンフレットより)
 センターの構成は次のようになっています。
 1階 出土遺物を保管する収蔵庫室
 2階 整理室・研究室およびロビー廊下に出土した文化財の一部を代表展示し、パネル説明
 前庭 古曽部芝谷遺跡の竪穴住居、脇塚古墳群横穴式石室、岡本山古墳群石塔などの復元展示

(左)竪穴住居(中央)横穴式石室(右)石塔群
  発掘された各種遺物群に対する解説情報を提供している中で、一般の人に分かりやすい年代概念も
資料にしています。参考になる一例を抜粋しましょう。

「先祖の歩み」年表(埋蔵文化財調査センター資料より・1978年5月出版)
(その2)関西大学(考古)博物館

 大學の提供する考古学情報の一例として、関西大学博物館を紹介しておきます。

(左)大学正門通り風景(中)大學正門(右)博物館正面
  本館は同大学の考古学分野で活躍した故末永雅雄名誉教授が昭和29年に設立した考古学資料室を
母体として平成6年博物館施設として一般公開されたものです。
 併せて、本山コレクション(元大阪毎日新聞社社長本山彦一氏収集資料)、神田コレクション(元
東京人類学会初代会長神田孝平氏資料)も含めて、約一万五千点の重要文化財、重要美術品を蔵して
いるものです。
 
 当館は学外活動として生涯教育の場の提供する観点より、公開講演会や公開講座も年度毎に企画して
います。催し物の例としては、

 (1)関西大学博物館平成14年度企画展「明日香・大和と関西大学の考古学」
    ー高松塚古墳発掘30周年ー
  (2)公開講座「高松塚古墳壁画発掘、その日とその後」など

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<考古学と考古学民>
 日本の考古学を簡潔に説明した参考資料の例文を引用します。
           (坂誥秀一「図録歴史考古学入門事典」柏書房(1991年1月))
 当該図書の序文「歴史考古学への招待」のなかに、

 「・・・考古学は人類の発生よりごく最近に至るまでの人類史をトータルに把握することの出来る
  唯一の歴史科学」であり「文字の有無に関係なく、人類歴史の理解にアプローチ」するものです。

 明治20年代は、法隆寺再建非再建論争、大正から昭和10年代には、都宮跡、城柵跡、寺院跡調査
昭和20年代以降、さらに官街、生産集落、居館址調査などへと発展し、活況を呈してきました。

 考古学に於ける対象資料は、有史時代は、地上資料が活用できますが、古墳時代以前の考古学にあっては、
大部分が土中や水中に埋没している地下資料が主体となります。

 この点に考古学民の尽きせぬ考古学への楽しみや郷愁があるのかも知れません。
 物理学や数学のように学問のためのある一定の絶対基礎知識が必ずしも必須條件としないことも一理と
考えられます。
 だからといって、考古学は平易な学問というわけにはいきません。

古曽部芝谷遺跡現地説明会に群がる考古学民(高槻市埋蔵文化財調査センターパンフレットより)

 考古学民の一人の目を通して、「考古学が何故興味を引くか」という特徴点を列挙してみますと、
次のようになるのではないでしょうか。

 (1)一般的状況
   イ。過去を振り返る学問であり、高齢者の年齢的特性にあっている。
     (若年層では、一般に空想や未来志向の年齢的特性がある)
   ロ。郷土愛、民族感情の一種の披露
     (一般的には外国の歴史まで、広く深く追求するのは専門家のみ)
   ハ。金銭的、経済的に制約条件が比較的ない。
   ニ。時間的に制約がない、どの時点の過去の話でも考古学の一種。
   ホ。活動のための共同作業者や仲間が不要。
   ヘ。政治思想に縛られない精神的自由度が大。
   ト。絶対真理の追究にあらず。正解のない空想の世界の徘徊でも認められる。
   チ。基礎理論、数式などの絶対必須條件がない。
     (事実認識能力や、推察能力が、思考能力として求められる。)
   リ。室内で文書に向かうだけでなく、必ず、野外現地学習が重要とされる。

 (2)時代的背景
   イ。世情の安定ー戦中戦後にあらず。
   ロ。衣食足って礼節を知る精神面のゆとりがでてきた時期。
   ハ。高年齢者層が増加した。
   二。考古学分野の国家的整備や人的充実が図られている。

 しかしながら、実際の考古学はその対象とする事物や事象は、ごく限られた学問分野のみではなく、
人間社会のあらゆる面から、その文化を追求しようとするものですから、まさしく「博学」の最たる
物でしょう。

 ヨーロッパ考古学の重鎮と言われた故V。G。チャイルド教授はその著書「考古学とは何か」の
最初の書き出しに次のように行っています。
  (V。G。チャイルド著・近藤義郎・木村祀子訳「考古学とは何か」岩波新書703・1969)

 「考古学は補助学といった貧相なものではなく、歴史学の源泉ともいうべきものである。・・・
  考古学研究者の任務は、時代と社会環境の産物であるわれわれ人類、その我々の住む
  人類社会の形成過程を調査し復元することにある。
  考古学の資料は、人間の行為から生ずる物質界のあらゆる変化、簡潔にいえば人間行動の
  一切の痕跡を包括する物」

であると。
 したがって、考古学で駆使する学術と技術は、動物学や植物学から始まってあらゆる科学全般を
動員した物でもあるわけです。
 もっとも端的な例として、出土物の年代推定に原子物理学を用いたり、微細分析に電子顕微鏡を
利用したり、遺物の保存とその復元再現に各種の環境保存技術や工業材料を用いると行ったことが
多々あることからも理解できます。

 考古学によって、解明されることが多くなればなるほど、人間とは一体何か、人間の本質を
より明確に説明してみせることになるような気がしてなりません。
 21世紀において、より一層の考古学の成果を期待しましょう。
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平成14年6月25日   ***  奈華仁志  ***


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