平成社会の人々の動き



第 4 話  「世相万華鏡」(人の生き方について)
(二年前の思い出の記)


<いろいろな人生の切片>
    ー三様の人生模様を垣間見てー          

 人生を一巡する事を、昔の人は、還暦と言いました。よく考えていますね。
 どうして、60年なのか。その年数を通過する人の体験から、自然とそのように人の一生を
考えるようになったのでしょう。十二支を考えた人は、千年も二千年も前の人でしょうが、
よくよく、人の一生とは何かを考えていた人なのでしょう。

 この60年の齢のあたりには、いろいろな人生が見えてくるように思います。
 まずは、周囲の人間が亡くなってゆき、自分がだんだん取り残されていくという環境の変化と、
それに対応して自分も生き様を考えさせられることになる時期だと言うことでしょう。
 親しい人が亡くなってゆきますと、普段何とも思っていなかったことに、あれこれと深く
考えさせられるものです。
 最近の身の回りの一例を挙げてみます。

 先週は、この春先に癌でなくなった親しき人の満中陰、いわゆる四十九日の法要の日でした。
 その人の享年は60に達していませんでした。昔、少なくとも明治以前であれば、まあまあの
年齢に達していると見られたでしょうが、今や、日本人の平均寿命は、80歳前後である
わけですから、その人は少なくとも20年近く早逝したことになります。
 自分がとっくにその人の歳を通過していることに、はたまた愕然とするのです。
 ものは考えようだ、・・・思えば、自分は、すでに神様から、おまけの人生をいただいているのだ、
と思わざるを得ないのです。

 「おまけの人生」・・・・・それにしては、自分自身は、まだまだやりたいことも十分やって
いないし、これから、改めて自分の人生とは、自分とは、を問いかけ、考え、回答を考えてゆこうか
とおもっているのに・・・・「おまけのじんせい」とは。
   その人が約二年間、癌の闘病生活をしている間、周囲の人間は本人に一言も癌と告知したり、
感ずかせるようなことのないように気を使ってきました。果して、それが、本人にとって最善の策で
あったのかどうか。癌告知の問題は、世間でもいろいろに議論を呼んでいるところです。
 自分は、その人の子供たちの考えを尊重して、そのように振る舞いました。

 自分の場合はどうするのか。この2年間いろいろな場面で、その人の周辺の人々の考えが見え隠れし、
かつ揺れ動いているのを知りました。本当に迷うところです。
 癌の告知に耐えられるだけの心の準備は十分か。すなわち、人生は何かを悟りきっているか、
もはややることはやった、もう思い残すことはないと自覚しているのかなど、本人以外分からない
ことが多い上、そう言い切れる人が、いったいどのくらいいるかということです。

 亡くなる2ヶ月ほど前には、ついに本人もふつうの病気にしてはおかしいと、次のように言いました。
 「何度病院に戻れば、全快できるのか、こんなくりかえしの中で、なくなっていくの?」・・・・・
 答え・・・無言・・じっと下を向いて、話を逸らせるべく、別の話題を探すのに必死だったのです。

 本人にすれば、子供が独立しかけ、これから、自分の人生が始まるのだ、と常々言っていました。
確かに、その人の人生はこれからだったのです。といいますのは、その人の結婚生活は、ほんの
15年ほどで、あとは連れ合いが若くして不治の病になったため、病院通いの生活を強いられました。
それが約10年。連れ合いを見送ったと思ったら、今度は、自分が、癌との戦い。
  これほど損な役目は無いなあと、言わざるを得ません。従って、本人にしてみれば、これからが
自分の人生と考えたくなるわけです。

  何のためにその人は、この世にやってきたのか。両親を見送るためか、連れ合いの闘病生活を
支えるためか、癌の体験をするためか?すべて、その人が期待していた人生の出来事ではなかった
はずです。薄れてゆく生命を実感する中で、その人はどのようにこれまでの人生の出来事を振り返って
思い出していたのでしょうか。

 思いがそこに到るとき、もうどうしょうもなくやるせなく、悲しく、ぼう然としてしまいます。

 法要の日も、亡くなったとき、あるいは葬儀の日と同じような気分になり、やりきれない気持ちで、
家路につきました。
 その家は市内でも大きな公園の近くにあったので、帰途は公園の脇道を、無念な気持ちを押し殺して、
無言で歩いてゆきました。
 ふと公園の隅を見ますと、あちこちに、いわゆるホームレス、昔風に言いますと、浮浪者の雨よけ
テントが目に付き、あたりにそれらしい人が、それぞれにじっとしているのが目に入りました。
 ・・・・突然、この人たちは、生きているのだ。病気と無縁のように。

 しかし無表情に、じっと一つの所を眺めて悠々としているようでもあり、死人のようでもあり、
何とも今の自分のおかれている心境と全く別の世界に棲んでいる人間のように感じました。
 思えば、彼らも今の時を我々と共有して、「人生を生きている」のです。
 どんな事情があったかは知りませんが、彼らには、かって彼らなりの普通の人生があったはずです。
親兄弟は、家族は、故郷は、・・・・。それらを捨てて、ある意味では、気楽な放浪生活に慣れ
親しんでいるのです。子供や家のこと、税金のこと、明日の生活の予定、今日の出来事、すべて、
関係のないことでしょう。
 なにを生き甲斐に毎日を送っているのでしょう。「生き甲斐」すら、関係のないことかもしれません。
もし、病気になり、死んでしまってもあとのことを心配する必要もないのかもしれません。癌に
かかって、身動きできなくなったときどうするのか。死ねばいい。それだけの事かな。
 葬儀も、遺産相続も、全く関係ない人生。これも、「人間の形をした一人」の人の人生か。

 ますます重くなる足取りは、地下鉄の入り口の階段にさしかかっていました。
 一歩階段に足をかけたとき、人にぶつかりそうになりました。下から上がってきた、若い、しかし
目の不自由な女性の方に出会しました。「あっ」といって、ぶつかりそうになった体をすんでの所で、
よじらせました。
「すみません」と言おうと顔を見たときすでに、女性の方が静かに頭を下げて先に謝っているような
姿勢をしていました。

 「すみません」の代わりに、なんと「お気をつけて」と言ってしまったのです。
 つくづく、申し訳ないことをしたなあ、と遙かに遠のいた彼女の後ろ姿に謝りのまなざしを送る
しかありませんでした。
 彼女も生きている。光の世界に無縁な暗色の世界に。
 なにが見えているのでしょうか。彼女には彼女の心の世界が広がっているのでしょう、と思って
みるしかありません。自分が、現に目にしている世界と違う世界に生きている人。この人も別の意味の
人生を送っているのだ。楽しみもあり、悲しみもあるものの、目の見える人と違った感じの世界での
喜怒哀楽であるのでしょう。
 どちらがよくて、どちらが不幸と言うことは言えないのではないか。心の持ち方で、いかようにも、
解釈できるように思えてなりません。杖を便りの人生も、一つの人生。

 その日は、ほんの短い時間に、三様の人間の人生模様を見せてもらったことになります。
 参考にして、自分の今の状態を考えなさい、と言わんばかりの神様のシナリオだったのでしょうか。

 今と言うときに、「自分は生きている」・・・・生の神への感謝から、再出発して、すべてを
考えるべきなのでしょうか。
 すぐに結論が出ません。結論は持ち越しです。正解をつかんだときは、あの世への道に歩みを
進めていることになっているかもしれません。人生とは、そのようなものかもしれません。
 回答のない問題、正解のない課題の模索が、人生でしょうか。

                     平成12年5月30日  磯城島綜藝堂・主筆 

平成14年5月12日   ***  奈華仁志  ***


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