平成社会の人々の動き
第 10 話 「成人祭とは」
<成人の日>
今年、平成15年癸未(みずのとひつじ)の成人の日は、1月13日(月)で、全国で百数十万の
若い男女が20歳のお祝いを受けました。
「成人の日」とは、物の本(小学館「日本大百科全書13」)に依りますと、
「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」目的の国民の祝日で
1948年(昭和23年)制定されました。」社会成員の認識を受ける通過儀礼でもあるわけです。
因みに新憲法の下で初めて、「成人の日」を迎えた年齢層は、今年ではや75歳の高齢社会真っ直中の
人々になります。

テーマ・パーク「USJ」に招待された新成人(読売新聞・平成15年1月14日記事より)
毎年「成人の日」は、何かと物議を醸しだした出来事で、新聞の3面記事となっていました。
今年は如何かと、地元自治体主催の「成人祭」会場を遠くから窺ってみました。
2003年成人祭(式でなく、祭なのです。!)式次第(いや祭次第)
1.オープニング演奏(和楽の代表太鼓の演奏です。)
2.国家・市歌演奏
(市歌は、ともかく、国歌をわざわざ祭案内チラシに書いています。古歌・林広守作曲として。
成人の日を迎えるまで、国歌を学校で習わなかったか、歌詞が分からないと言うことに
対する成人への自治体の気配りなのでしょう。)
3.市民憲章朗読
4.新成人代表と主催者・来賓との対談
(市長・教育委員長・市議会議長と新成人代表ですが、主催者は、くれぐれも新聞の三面に
載るようなことのないようにご注意あれ!)
5.決意の言葉(新成人代表)
記念抽選会で、お土産付という気の使いようです。
(本来新成人が、新しく大人の仲間入りをするのですから、新人側が大人社会の先輩の
礼を尽くすことが順当なのですが)
成人式会場周辺の風景は、次のようなものでした。
<1>服装
女性は殆ど全員が晴れ着の振り袖姿で、普段着慣れていないので、窮屈そうな動きで、たむろ
していました。本人より親の「そうしたい」という気持ちがありありと背後に伺える振り袖
集団です。
男性はそれこそ各人各様で、要は、目立ちたい服装をしたいと言うところでしょう。
1割ぐらいの人は、和服の紋付き羽織袴に正装した若者でした。これも「戯けている様子」と
しか見られないようの挙動でした。なかには、「成人式」とは、仮装行列の日と心得ている
のではないかと思われるような仮面をかぶっているものも見受けられました。
<2>頭髪
女性は殆ど茶色の毛染めをした髪で、親から戴いた生まれたままの髪は見受けません。
男性は髪の色どころか、パーフォーマンスの場とばかり、髪を短く刈り込んだもの、鬘を
つけたもの、スキンヘッドのもの、フェイス・ペインティングを凝らしているもの、もはや
普通の若者の集団ではなく、「仮装行列集団」と言った方がいいようです。

成人祭会場の女性新人群(京都新聞平成15年1月14日付け記事より)
<3>持ち物
全員携帯電話(「ケータイ」は、近く「キモノ」「ゲイシャ」「カイシャ」同様世界共通語に
なるのではないかと思われるほどの普及率)を手にしています。昔は、手袋かマフラ、ハンド
バッグ等を持っていたと思いますが。
おまけ付きの最たるものは「赤ん坊」片手に!といった「ちょう、ちょう」進歩した女性も
見かけました。これも彼女にすれば、自慢なのでしょう。どうだい、成人祭を受けなくとも
実質的に堂々たる「女性」になっているでしょう!ということなのでしょう。本来成人の
社会的な通過事例で有れば、本人の式典であって子供は直接関係無いことなのですが。
現在の法律では、未成年の婚姻は、親権下に置かれていますから、成人の日より初めて
自主独立の「親御さん」に「昇格」とあいなりましたわけです。おめでとうさん!
子供さんをどこかに置き忘れることの内容に、大切に育ててあげて下さいね。
<4>挙動(行動ではありません)
(1)駐車違反(2)赤信号無視(3)異常騒音のばらまき(4)塵の不法投棄
(5)煙草の公然喫煙、当然女性群の方です。振り袖に「姉御」構えの片手に煙草、
(粋ですなあ!)
(6)酒、ビール缶の散らかし(若者の集団に近づくと酒気プンプン、朝っぱらから
ご気嫌さんです!)

成人祭当日の若者風景
おまけとして、帰りがけにコンビニエンスストアでコピーをしようと思って、順番を待っていると、
サッと割り込んで、コピーして帰る正装の新成人有り。こんな秩序を守らない挙動はありません。
「要領よくやらにゃ」との捨てぜりふで退場。「おさきに」の一言もなく。ああ如何せん。

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<大人の礼節>
この50年の成人の変遷やいかに。
戦後一時期は、「衣食足り」ず、世間一般はどうも、「礼節」を知ろうとしなかったものです。
昭和30年代になってすこしづつ「衣食が足り」てきて、すこしは「礼節」を取り戻そうと
し始めました。
しかし昭和40年代にあっという間に世界でも有数の物資の豊かな国にいっぺんにのし上がって
しまったものですから、民族全体が鼻高々でつけあがってしまい、苦しいときの「礼節」を思い出せ
なくなってしまいました。
そして平成の世では、「衣食が足り」すぎて、「礼節」は吹っ飛んでしまいました。
以下が「大人の反省」になります。
「次世代を担う若者」とは、何時の時代でも先の世代より「この頃の若い者は」と言われながら、
否応なしに次の時代を背負わされてきました。
「このままでは日本の明日が思いやられる」とも言われ続けてきましたが、戦後50年なんとか
「日本国」は存在し続けています。
「次世代を担う」だめな「若者」をつくったのは、「だめだ」と嘆いている大人自身であること、
そのような教育はしていないにしても、物理的に子供に「衣食」をふんだんに与え、育ててきた大人
自身であることを棚に上げて、「若いものは」「若いものは」とぶつぶつ呟いているのです。
「わかいもの」だけが悪いのではないのです。「いけない」というのは、「大人の基準」でみての
「いけない」ですから、「若い者」からみれば「大人」はだらしないのです。
現に新聞三面記事を賑わしている数々の不祥事・スキャンダルなどどれ一つとっても「わかもの」の
教育上よろしくないことばかりです。上は、国会議員や市長から、下は町のごろつきまで、汚職、暴力、
性犯罪など暇がありません。
日本の北の方に、国を挙げて地球上に悪を振りまいている国家的犯罪行為さえ、大人の世界です。
日本はまだ若者が世間の秩序を集団で壊しにかかっているわけではありませんので、まあよしと
しましょうか。
「この頃の若い者は」とぶつぶついう大人ほど「自分だけ、いい目をさせてくれ」と内心思っている
人が多いのでは?
「そういう邪心を抱いている筆者自身、おまえこそ早く、次の世への準備に精を出せ!」と言われ
かねないですね。
いやはや一つの民族の一つの国の中で生きていくのも、楽じゃないですなあ!
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(参考メモ)成人と元服
<昔の元服(元は首、服は冠の意味)>
明治以前の日本社会、特に平安貴族社会では、男子が頭に冠を加えるという、その人の人生に於いて
最も重要な通過儀礼とみなされ、「童」といわれる年少者から、一人前の大人になったわけです。
冠礼としての風習が普及したのは天武朝(682)規定された男子結髪加冠の制度以降のようで、
おおよそ13〜14歳頃に行われたようです。


(左)江戸時代の武士の元服(「国史大辞典」吉川弘文館より)(右)現代の元服(京都新聞 平成15年1月14日付け記事より)
明治維新以降は廃れたこの儀式を再現しているところが京都の伏見稲荷大社で、新聞記事を引用し
ました。
<現代の成年式>
満20歳に達した男女の風習として、社会的な意味よりも、選挙権が与えられ、結婚の自由の権利を
得る「法律的な大人」と認められる儀式としての意味合いの方が強いのです。昔の社会の言う
「冠婚葬祭」の冠に当たるわけです。
この式典(現在では、成人祭というところもある)は、昭和23年(1948)「成人の日」が
1月15日で国民の祝日と制定され、新しく、成人の仲間入りをした若い男女を祝うと同時に励ます
意味合いを有しています。
したがって現在では、人生に於ける通過儀礼を受けようが受けまいが、自動的に「法律的成人」に
なるわけで、昔ほど挙式そのものが重要な意味合いを持っているわけではありません。
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平成15年1月15日 *** 奈華仁志 ***
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