敷 島 随 想

(百人一首歌人旅)



「連 載」 第 87 回  *** 第68番(その1)***
*****  三条院ー心眼の憂き世  *****

目    次
<心憂き身辺> <心眼に映る月影> <憂き世の三条院>

百人一首・第68番 こころにもあらで憂き世にながらへばこひしかかるべきよはのつきかな


<心憂き身辺>
 第67代三条天皇(976〜1017,在位1011〜1016)は、第63代冷泉天皇(在位
967〜969)の第二皇子として42年の波乱に満ちた人生を送られた天皇です。
 ご兄弟も何かと歴史上に話題を残した方々です。


(花山天皇)
 8歳年長の兄で、第65代花山天皇(968〜1008,在位984〜986)は、藤原伊周による
天皇誤射事件の当事者であり、後年の観世音菩薩信仰の西国三十三札所巡礼を興した人物とされて
います。
 最愛の女御藤原よし子(藤原為光女)の死に傷心した花山天皇は、蔵人藤原道兼(藤原兼家男)に
まんまと誘導されて、内裏を脱出し、東山花山寺で出家してしまいました。
 この事件は、右大臣藤原兼家の外孫皇太子懐仁親王(一条天皇、在位986〜1011)を即位
させるための陰謀に載せられたとされています。在位僅かに一年十ヶ月でした。

 出家後の仏道修行は、播磨国書写山、叡山、熊野詣などです。
 また風流者として、和歌、絵画、建築、工芸、造園などの面でも多才の方で、一例和歌に関しては、
「拾遺和歌集」の編纂と連歌の収録、さらには、後世の「ご詠歌」と信仰世界に与えた文化面の功績が
まさっています。

 歴史冊子(角田文衛「平安の都」朝日選書515・朝日新聞社(1994年))では、次のようにも
紹介されています。

 「退位してからの花山法皇は、宗教と芸術の道に没頭した。・・・数多くの女性と浮き名を流す
  法王のプレーボーイ振りは有名だったし、それがこじれて内大臣藤原伊周に矢を射かけられると
  いうハプニングすら起きた。こうした醜聞は彼の評判を泥にまみれさせたが、ここにも自分に
  正直に生きたいと願い続けた一人の人間の姿が見え隠れする。
  ・・・どろどろした権力抗争の渦の中で皇位に居座ることが幸せであったとは思えない。・・・
  謀られた退位も彼にとっては決して悪い選択とは言えなかった、・・・一天万乗の位を惜しげも
  なく振り捨て、美と信仰と愛の世界を選んだ彼に拍手を送りたい。・・・」

 このように自由奔放と言うべきか、身勝手と見なすべきか、兄の天皇としての行為をどのように
居貞親王(三条天皇)は、思っていたのでしょうか。その時まだ10歳の少年ではあったのですが、
天皇という国家的地位の重さとその規律化された環境に思いを深くされたことでしょう。


(為尊親王・敦道親王)
 弟には、和泉式部と恋愛関係に発展した弾正宮為尊親王・帥宮敦道親王がおられましたが、両人とも
20台半ばで他界される不運にあっています。
(為尊親王:長保四年6月13日没・26歳、敦道親王:寛弘四年10月2日没・27歳)

 お母さんの昌子太皇太后宮に大進として出仕していたのが、和泉式部の父越前守大江雅致とその部下
権大進で後の夫和泉守橘道貞で、三条天皇も当然若い頃の和泉式部を知っていたわけです。
 母親の元に出仕していた官人の女房との不釣り合いな恋愛事件を起こしている弟宮達の行動を
どのように見ていたのでしょうか。何とついていない皇室一家かと。

 彼らも結果として、幸運をつかむことなく、自分より早くこの世を去っていくのを見たわけで、
「心にもあらで憂き世に」生きていることを痛感したことでしょう。


(三条天皇の死闘)
 しかし、不幸は、居貞親王(三条天皇)の身辺にも忍び寄ってきました。
 花山天皇の退位から25年後、病死した一条天皇の後を受けて今度は自ら皇位に就くことに
なったのです。
 在位中の道長との苦悩の5年を思うとき、「こころにもあらで」皇位になければ、体調の不定も
眼病も患うことはなかったのではないかとお察し申し上げるところですが、心眼に頼ってでも天皇の
地位を継がねばならなかったのが、皇族の一員としての運命と言うことなのでしょう。

光琳カルタの三条院
 三条天皇の藤原道長との政権格闘を次のように記している歴史資料(北山茂夫「藤原道長」岩波新書
764・岩波書店(1970))もあります。

 「・・・道長が三条の即位後、これでは(身体に支障が多く、悪性の眼病を患い、失明に近い
  状態を言う)天皇の重責に堪えない、むしろ思い切って譲位すべきであると肚では考えており
  後には引退を強く迫った。むろん充分な強力を示さず、道長は露骨にいやがらせと受け取る
  ほかない行動にもでた。・・・・
  道長は摂政の座を目指して、彼の流儀の策動を続けて天皇を退位に追いつめたというのが
  三条朝の宮廷史の内実である。
  ・・・しかし、三条は、左大臣(道長)の不遜極まる強圧に屈することなく、修法、薬石に
  よって立ち直ろうと必死であった。左大臣との争いの経過を見ると、この天皇には、一条よりも
  遙かに強い気骨があり、また首脳人事についてもかなり筋を通そうというところが見られた。
  しかし、病患には勝てなかった。」
  
 「・・・三条院は退位後も眼疾の治療に心を砕き、延暦寺に赴くかとおもうと、広隆寺に参籠する
  など八方手を尽くしたが、いっこうに効果があらわれず、1017年(寛弘元年)4月に下旬から
  危篤の状態になった。・・・」


(敦明親王の処世術)
 父親のこうした「憂き世」の苦悩を横で見ていた第一皇子小一条院敦明親王は、「東宮の地位を
(道長に)売った」のです。(引用歴史冊子:角田文衛「平安の都」朝日選書515・朝日新聞社
(1994年11月))

 「・・・彼は東宮の地位を自ら辞退した最初の人物であり、藤原道長体制の盤石化をもたらした
  人物で・・・三条天皇が崩御・・・三ヶ月後に東宮を辞退して、・・・・太上天皇に準ずる
  院号や年官年爵、勅旨田などが与えられるという破格の待遇を受け、・・・東宮の地位を
  好条件で手放した・・・
  ・・・父三条帝と道長の確執を間近に見ている小一条院にとっては、決して居心地の良い地位
  とは思われなかったはずである。天皇位につき、先の見えた苦痛の人生を送るか、手持ちの駒を
  有効に使うことで、たとえ自堕落なものであっても、自分に相応しい道を選ぶか。彼は、迷わず
  後者を選んだ。・・・・」  

目次に戻る

<心眼に映る月影>

 三条天皇は勅撰和歌集に和歌8首を残されています。
 いずれの歌も心晴れやらぬ情景が心眼で捉えられています。殊に人に対するよりは、月と対面して
いることが心を静める情景になったようです。臣下の道長の相手をするだけで人との対面は、
こりごりだったのでしょう。

 百人一首歌の「憂き世」の「よはの月」以外に、次のような「月」と「憂き世」を残しています。

光琳かるたの「三条院」
  「あきにまたあはむあはじもしらぬ身はこよひばかりの月をだにみむ」
                               (詞華集・巻3・秋・97)
 「月影の山の端わけてかくれなばそむくらきよを我やながめむ」
                           (新古今集・巻16・雑上・1500)
 「つくづくと憂き世にむせぶかは竹のつれなきいろはよるかたもなし」
                            (新拾遺集・巻19・雑中・1768)

京都御苑内の京都御所・小御所前の河竹の前庭風景
目次に戻る

<憂き世の三条院>

 三条天皇の里内裏は、三条坊門小路北、東洞院大路西(左京三条三坊十五町)にありました。
 元村上天皇皇女資子内親王第で、冷泉天皇皇后昌子内親王(朱雀天皇皇女)も渡御したことがあり、
藤原定輔が譲位後の三条院に後院として献上したもので、長和五年(1016)10月入邸し、
翌年寛仁元年(1017)5月9日この第で崩御されるまで、ほんの半年の晩年を暮らしたことに
なります。

 この邸内から毎夜月を見上げては「こひしかるべきよはの月」を心眼に写していたことでしょう。
 その後三条第は藤原道長女妍子所生の禎子内親王のものになり、さらに上総介から帰京した菅原孝標
(息女は更級日記作者)が寛仁四年(1020)購入し、12世紀には二条天皇の、鎌倉時代には
後深草・後嵯峨・亀山各上皇の御所となって伝承されていった経緯をみますと、歴史上に名を残した
人々の手を渡っていったことが渡ります。(出典:「国史大辞典」吉川弘文館)

 この三条院の位置に当たるところは、烏丸通り(烏丸小路)・東洞院通り(東洞院大路)・御池通り
(三条坊門小路)・押小路通り(押小路)にかこまれた一画です。


烏丸御池付近の三条院址
 三条院址南西角は、現在烏丸通りと御池通りの交差点で、京都市内の賑やかな中心街の一つです。
 交差点の四周は金融関係のビルが所狭しと立ち並び、とてもしみじみと月を仰ぎみるような風情の
邸宅環境ではありません。三条院に於いて心眼で月を見上げた三条天皇も、千年後、その地で見上げる
月がどのような環境のものか、当然想像もできなかったことでしょう。
 ビルの谷間に見上げる「こひしかるべきよはの月」から、三条天皇の思いをはかりましょう。

                                                         (以       上)
目次に戻る

平成14年8月19日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
ご感想はE−mail先へ、ご投函下さい。

本文のフロントページに戻る。
敷島随想の目次に戻る。
低金利でお得なローン探し そろそろ結婚適齢期??? 給料前でお金がない・・
[PR] | RMT葬式 費用高崎浦安大井町新越谷esta ハワイ中国SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼントゴルフ会員権留学レーシックマッサージFXアフィリエイトFXホームページ制作デイトレード海外現地情報ハワイ旅行タイバンコクハワイ レンタカーベスト ハワイ ホテル レーツバリ島Hawaii hotelsHawaii Activitiesbhhrハワイホテルテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行 - タイムシェア - ホテル 予約
無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - プーケット ホテル - タイムセル - 口コミ - 格安国際電話 - ホノルルマラソン - サイトパトロール - 誹謗中傷 - 宿泊料金比較 - 口コミ