敷 島 随 想

(百人一首歌人旅)



「連 載」 第 80 回  *** 第19番(その3)***
*****  伊 勢ー傷心の大和逃避行  *****

目    次
<縁りの国々> <竜門寺> <越 部> <大和国府> <伊勢の心のふるさと>

百人一首・第19番 難波潟短き葦の節の間もあはでこの世をすぐしてよとや


<縁りの国々>
 「伊勢の御」に関係深い国々という点で、まず名前の「伊勢」国があります。彼女の名前が「伊勢」
であるのは、当時の官人社会の一般の習わし通り、身内の人々の官職に関係しており、父藤原継蔭が
光孝帝仁和二年(886)伊勢守であったことによります。

 彼女の推定年齢は10代始めで、寛平年間(890年前後)中宮温子に出仕し、「伊勢」の名前を
頂戴したようです。父藤原継蔭の家系を追うことで、「伊勢」の生活環境が見えてきます。

伊勢の家系と伊勢のかるた絵
 父の家系は、藤原氏の主流からはずれて、既に四代経っています。
 一方主流の家系にあって伊勢に言い寄る貴公子連は、冬嗣から基経を中心とした家の人々です。
 継蔭の系列は漢学を以て立つ家になっているようで、父家宗は左大弁で、兄弘蔭は大學頭でした。
 伊勢に天賦の歌才があったのも、親族の状況から何となく理解できる血筋のようです。
 伊勢集よりその縁りの国々を追ってみます。

 寛平元年(889)、推定年齢13歳頃で、宇多天皇女御温子(七条后)に出仕した伊勢は、温子の
親しい若者(異母弟)藤原仲平と関係を持つようになったものの、結末は結ばれず、憂き目にあって
います。
 寛平三年頃(891)傷心を癒すべく、父の任地大和国に下ります。温子の仰せに従って再び出仕
する寛平五年(893)までの一二年を大和の地で過ごしたと推定されています。

 仲平への未練を断ち切ろうと、伊勢集に次のように大和へ向かうべく、縁りの山として三輪山を
詠み込んでいます。

 ーかく人の婿になりにければ、いまはとはじと思ひて、ありし大和にしばしあらむと思ひて、
  かくいひやりける。ー

 「三輪の山いかに待ち見む年経ともたづぬる人もあらじとおもへば」

三輪山と大神神社
 この歌は古今和歌集の中の次の歌をふまえての詠みと考えられています。

 「我が庵は三輪の山もと恋しくはとぶらいきませ杉立てる門」
                        (古今集・巻第十八・雑歌下・982)

 なお伊勢の上記の歌を、古今和歌集では次のような詞書きで採りあげています。

 ー仲平朝臣あひ知りて侍りけるを、離れがたになりにければ、父が大和守に侍りけるもとへ
  まかるとて、よみて遣はしけるー
 「三輪の山いかに待ち見む年経ともたづぬるひともあらじと思へば」
                        (古今集・巻第十五・恋歌五・780)
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<竜門寺>

 仲平に別れを告げた伊勢は、大和国で三ヶ月を過ごし、竜門寺を訪れて歌を詠んでいます。

 ー大和に三月ばかりありけるに、竜門といふ寺にまふでたりけり。正月十一日ばかりなりけり。
  この寺のさまは、雲の中より滝はおつるやうに見ゆ。山の人の家といふは、いたう経て、
  岩のうへに苔八重むしたり。見知らぬ心地にいとかなしう、物のみあはれにおぼえて、涙は
  滝に劣らず。橋のもとにしばしあるに、いと暗うなりぬ。「雨やふらんとすらむ」といふほどに
  いみじうおほきなる雪かきくらし降れば、人々「歌詠まむ」といふに、この詣でたる人、

 「裁ち縫はぬ衣着し人も無きものをなに山姫の布さらすらむ」

 古今集では、次の詞書きが付いています。

 ー竜門にまうでて、滝のもとにてよめるー(巻第十七・雑上・926)

 この歌は竜門寺仙人古伝(大伴仙・安曇仙・久米仙など仙人の話「扶桑略記」「今昔物語・巻11
第二十四話など)を踏まえてよんだもので、流れ落ちる滝水を仙人が山姫のために布をさらしている
と見ているのです。

 伊勢が傷心の身を引きずって、空しく流れ落ちる滝水を眺めた跡を訪ねてみましょう。

 (注)「伊勢集」に滝の屏風歌として、次の歌があります。
   「みなかみとむべもいひけり雲ゐよりおちくるごとも見ゆる滝かな」(67番歌)

 竜門寺址への登り口は、吉野川に沿った国道169号線を遡って近鉄下市駅よりさらに東へ、
伊勢街道沿いにある山口の里に当たります。

吉野川沿いの竜門寺址周辺
 山口神社の境内を抜けて、津風呂湖の北岸を竜門岳(904m)への山道を北へとること約30分で
竜門川の細流に沿った谷間の一画に竜門滝および龍門寺塔跡を見つけることが出来ます。

(右)式内吉野山口神社と高鉾神社(右の道は旧伊勢街道)
高鉾神社はもと竜門岳山頂に鎮座していた。境内には徳川吉宗寄進の灯籠が立つ。
(左)神社に隣接するのは浄土宗西蓮寺(累徳山円成院)
竜門寺子院西蓮華台院として室町末期まで存続した。

 竜門寺の門前の村里である山口は、一見何の変哲もない簡素な山間の村落ですが、かって都から
わざわざ清和上皇、陽成天皇、宇多上皇、菅原道真公、藤原道長他の上流貴族を招き寄せるだけの
名を成した大寺院が建立されていた村里であったのです。
 (注)「三代実録」「扶桑略記」元慶四年(880)諸大寺の一寺に列挙されている。

 現在竜門川の渓谷に確認出来る竜門寺の遺跡は、僅かに参道の道しるべと塔跡の一部、さらには
竜門滝などです。

竜門寺への入口にある下乗石(元弘三年・1333卯月八日在銘)
  これらの遺跡からでは「大寺としての竜門寺」は想像しがたい所ですし、都までその名が及んで、
上皇、天皇、上流貴族や官人の多くがわざわざ訪れたとは、なおさら考えにくい現在の遺構です。
 (注)元慶四年(880)十一月、五年(881)一月 清和上皇、陽成天皇巡礼修業
    昌泰元年(898)十月 宇多上皇宮滝行幸途次参詣
    治安三年(1023)十月 藤原道長高野山参詣途中宿坊
                 (出典資料:「三代実録」「扶桑略記」等) 

参道脇の案内板と竜門寺塔跡礎石群
 千百年前の竜門寺院の風景は、現在残る旧伊勢街道を門前の参道として、竜門滝を本堂の庭の
借景とする、それこそ竜門岳山麓全体を覆うだけの堂宇が渓谷を埋め尽くしていたと考えたいところ
です。

竜門滝
竜門滝の瀑布(滝の糸)
竜門岳に水源を有する
竜門川中腹にある
総高23.6mの三段の瀑布
下から見上げると、
伊勢の歌にいうように
天井から衣を曝しているように
岩間を水が流れ落ちている。
滝壺の脇には芭蕉句碑が建てられている。
(奈良を旅した時の「笈の小文」より)

 菅公が漢詩を賦したというだけの感興を起こさせるに足る絶景でなくてはなりません。
 しかしながら、この山口の里は、地理的に見て明日香と吉野宮滝に隣接しているため、
万葉の古代より人々の往来のあったところです。この付近一帯が桃源郷のような雰囲気で
あったのかもしれません。

 山口より吉野川岸に下ったところに、万葉集に詠まれた妹背山があります。

 (注)妹山 吉野川右岸にある標高260mの山。原始時代より斧が入らない特殊暖地性
       植物が繁茂する妹山樹叢がある。
    背山 妹山に対して吉野川を挟んで左岸にある標高272mの山。

 「背の山に直に向へる妹の山事許せやも打橋渡す」(万葉集・巻7・1193)
 「大汝少御神の作らしし妹背の山をみらくしよしも」(万葉集・巻7・1274)
 「後れゐて恋ひつつあらずは紀伊国の妹背の山にあらましものを」(万葉集・巻4・544)
 「流れては妹背の山の中に落つる吉野の川のよしや世の中」(古今集・巻15・恋五・828)
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<越 部>

 竜門寺の参詣を済ませた伊勢は、山道をくだり、吉野川沿いの街道を国府の方、西に向かって
越部に至ります。  

 ーいまは、道に出でて、越部といふ所に宿りぬ。かの御寺のあはれなりしを思ひいでて、

 「みもはてず空に消えなで限りなく厭ふ憂き世に身の帰りくる」

 ーとひとりごちて、袖しぼるばかりに泣きぬらしたりけり。

 越部にはかって岡堂と言う寺院があり、阿弥陀・弥勒・観音菩薩像が祀られていたという伝承が
「日本霊異記」(中巻・二十六)に記されている土地柄です。

奥越部の丘陵から越部の里を遠望する
 現在の奈良県吉野郡大淀町は、吉野川右岸の扇状地河川敷に拡がっています。その東部の吉野川
支流越部川流域の越部谷にある南北に伸びた村落が越部の地です。

大淀町の上空からの写真(中央左手が越部の里)
 大和国の国府官衙のあった高取町の南に隣接しています。
 近鉄吉野線が大阪へこの地域を繋いでいますので、大淀町も宅地開発の波が押し寄せつつあります。
越部の里にも元大淀町中心街よりも大きな新興住宅地(南大和ニュータウン、吉野平など)が誕生し、
それにつれて、道路整備も進行しているところです。
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<大和国府>

 父の任国大和の国府に近い越部に宿した伊勢は、程なく国衙に帰館したことでしょう。
 大和国府は現在の高取町にあったと推定されています。

 高取町内の名所旧跡としては、高取山中腹に白鳳時代創建された名刹で、西国三十三札所第六番
壺阪寺があり、標高580m高取山頂には、南北朝時代に築かれた高取城があります。

 国府の跡は、奈良県から三重県の熊野市に抜ける国道169号線沿いの高取町下土佐にある
国府神社とされています。 
 
奈良県高市郡高取町周辺
 近鉄吉野線の壷阪山駅より国道169号線に下り、さらに南下しますと、旧高取町内に入ります。
  国府神社は国道や町内を見下ろせる小高い丘の上にあり、そこからは東南方向に、高取山を
遠望できます。

国府神社境内より見た高取町
 現在の国府神社は応神天皇を祀る旧尊者で、室町期と推定されている扁額に「国府宮」と記されて
いることがかっての国府の名残とも考えられます。

国府神社の鳥居と参道
  現在の高取町下土佐は、かって二万五千石譜代大名植村氏の城下町の面影を幽かに残しています。
町の中心にある石川医院の門は藩主邸の門を移設したものであり、植村家長屋門も城跡への路を
少し上ったところに残っています。

高取町の中心地・石川医院周辺
 なお、高取町は江戸時代以来製薬の町で、全国を行脚した「大和の薬売り」の故郷でもあるのです。

 さて伊勢が傷心の逃避行で過ごした国府の日々から千百年立ち、国衙も高取城も、過去の世界の中に
消え去ってしまいました。
 しかし、竜門寺や越部での歌は消え去ることなく、伊勢集と共に伝承されてきました。
 国衙や山城より文字の力が如何に永遠の生命があるかの好例でしょうか。
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<伊勢の心のふるさと>

 傷心の身で大和へ逃避した伊勢の精神的な「心のふるさと」を伊勢集の中に探索してみました。
 ヒントは百人一首歌の世界「難波潟」です。
 
 伊勢集には、480数首収録されていますが、それらの歌を追っていく内に、主テーマ「海」に
関係する歌が多いことに気がつきます。それを知ってか藤原定家も百人一首に伊勢の歌世界の代表と
して、「難波潟」を抽出したのかも知れません。
 文末にその首題「海」のリストを添付します。486首中61首(12.5%)、すなわち8首に
1首は「海」に拘っているわけです。

 その拘りの心の核心は何かというと、次の4首の歌の心にあります。

 「住吉の岸に寄すなる沖つ波間なくかけてもおもほゆるかな」(407番歌)
 「我が恋は荒磯の海の風はやみしきりに寄する波のまもなし」(412番歌)
 「浦近く波は立ち寄るさざれ石の中の思ひは知るや知らずや」(434番歌)
 「伊勢の海にあそぶ海人ともなりにしか波かき分けて海松かづかむ」(460番歌)

 その浜辺をさまようものとして、彼女は自分自身を「浜千鳥」に託しています。浜千鳥の歌がなんと
6首もあるのです。伊勢集の中で詠まれている動物や鳥には他にたづ(鶴)が数首ありますが、鶴も
海辺や水辺に関係した鳥であるわけです。 

 「たちかへりふみゆかざらば 浜千鳥 跡見つとだに君言はましや」(19番歌)
 「年ふれど何時も我こそ忘れずの 浜千鳥 とはなきわたりつれ」(163番歌)
 「浜千鳥 翼のなきをとふからに雲路にいかでおもひかくらん」(189番歌)
 「なだの海の清き渚に 浜千鳥 ふみおくあとを波や消つらん」(191番歌)
 「なだの海は荒れぞまさらん 浜千鳥 なごむるかたの跡を尋ねよ」(192番歌)
 「わすらるる我が身をしらで 浜千鳥 ふみとめてきとたのみけるかな」(327番歌)
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(参考メモ)伊勢集「海」関連歌一覧

「海」縁語歌 番 号
海・わたつみ5・6・15・25・47・71・158・191・192・193・219・460
波・浪111・156・175・195・261・383・427・430
浜・汀85・393
164・418・429
428
浦・浦風210・211・379・380・382・388・390・392・395・434
磯・荒磯222・412・422
397
260・384・407
海人73・196・299・386・421・461
舟・船72・157・194・385・431
197
玉藻70・300
たづ・あしたづ68
浜千鳥19・163・189・191・192・327

 仲平との恋愛破綻の心を癒すべき大和国の寺詣では、伊勢に立ち直る気持ちを与えたのでしょうか。
 竜門寺に残された二首の歌からは、さらに一層憂き世での身の振り方に惑いを加えただけのようにも
受け取れます。
 一二年の逃避行では気持ちに十分な冷却期間とは云えないかも知れません。
 温子からの切なる再出仕の仰せによって、逃避行も寸断されてしまいました。外的な強制手段によって
悶々とした気持ちを押さえ込んでしまったのでしょう。
 この後、さらに多様に展開した伊勢の人生への本当の幕開きだったのです。
 
平成14年6月27日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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