敷 島 随 想
「連 載」 第 59 回 ***第92番・その2(参考メモ)***
***** 二条院讃岐ー若狭の沖の石 *****
(源頼政の所領・若狭)
「若狭国」は現在の福井県南部日本海沿いの一国で、JR敦賀から小浜線に乗り換えて西に向かう
ことになります。昔は近江今津と若狭上中を結ぶ「鯖街道」が主要道路であったようで、現在国道
303号線が走っている道筋になります。
「若狭」の小浜付近が古代の国府があったところで、国分僧寺(天平13年・741)址も近くに
確認されています。
JR小浜線「東小浜」駅の南側には、若狭媛神社(若狭一宮か?)があり、東側の一画に
若狭歴史民俗資料館を含む若狭の里公園があり、東側を流れる遠敷川(おにゅうがわ)の右岸流域
一帯がかっての国分寺境内とされています。現在は小さな金堂が残るだけです。

小浜市の近郊

若狭国分僧寺
国庁址の府中は、東小浜と小浜の中間の府中地区に当たるとされています。
現在は、「総神社」を氏神とする一村落が田圃の中にひっそりと固まっている様が国道27号線から
JR線路越しに望むことができます。


国府址(総神社)の周辺地図
府中は小浜湾に面した北川、多田川、南川などの河川の間にある平地の中心に位置しています。
近世になってから、若狭の中心街は、海岸の三角州地帯に移り、小浜城、は、慶長六年(1601)
京極高次によって築城され、かの勤王の志士梅田雲浜(1815〜1859)を出したところです。
梅田雲浜は、尊王攘夷論の儒者で、京都で開塾し、安政の大獄で逮捕されました。
現在の中心街は、お城の南側のJR小浜駅前の地区に変遷しました。

小浜城址に残る城郭

小浜神社と周辺の田園風景
平成14年3月2日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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