敷 島 随 想



[連 載] 第 23 回  ***第23番・その1***
*****参議篁ー近江・小野の里*****

  菅公に係わり深い百人一首の人物としては、本連載の第21回
にも触れましたように、菅公采地・長岡京の別邸で詩歌管弦を共にしたふたま
わりほど年長になる在原業平さらに太宰府の地と遣唐使に係わる人物群でしょ
う。中でも菅公が遣唐使廃止を提言(寛平6年・894)する56年前(承和
5年・838)最後の遣唐使を一蹴した小野篁が浮かんできます。
  以下に、小野篁公縁りの地をその経歴に従って辿ってみましょう。

  延暦21年(802)に、本邦初の勅撰漢詩集「凌雲集」を撰んだ参議
正四位下小野岑守の長子という名だたる小野族の一員として近江小野の里に
生れました。
 
  (以下蛇足)小野の岑守の漢詩集の編纂に付けての感想
  私たちの祖先は、少なくとも1300年前の八世紀の日本に於いて、即ち
 その頃は、漢字伝来から、未だ200年ほどしか経っていない時代ですが、
 既に漢字を自在に活用し、現在の漢字の世界では想像できないほどに豊かな
 漢字の素養を身につけて文化人がかなり存在したことがこの漢詩集編纂
  事業から見ても推察できます。
  平安時代「ひらがな」を工夫して以来、日本人の漢字力は伸びなかったば
 かりか、近世では洋学の影響も受けて、ますますのの影は薄くなっていく
  一方です。現在では、必須漢字群(当用漢字)を規定してしまったために
 漢字の学習範囲が限定され、漢詩文の世界まで漢字能力が到達できなく
  なってしまいました。

  小野氏は代々家学として漢字の教養を身につけた、というよりも小野氏族
のもって生まれた素性なのでしょう。

  小野篁公は、弘仁13年(822)、文章生から官途の道を歩み始めまし
た。天長年間(淳和帝・824〜833)従五位下太宰少弐、大内記・蔵人を
歴任中「令義の解」序文を草し、東宮学士、美作介などを経て、承和元年
(834)遣唐副使に選ばれながら、承和5年(838)配船の不満をぶつけ
て、嵯峨上皇の怒りに触れ、位階剥奪隠岐島遠島となりましたが、承和7年
(840)許されて帰京し、蔵人の頭、左中弁を経て、承和14年(847)
参議篁となりました。

  直言を好む廉直激情の性格は、風紀粛正・非違糾弾の弾正台職に適してい
ました。この経歴が、後世の物語に、閻魔大王のお使いで、閻魔王庁の冥官を
していると噂された所以でしょう。
  左大弁、勘解由長官を歴任し、仁寿2年(852)従三位で51年の人生
を閉じました。

  以上の経歴より、参議篁の関わりのあるところは、近江小野の氏族地、
太宰府、隠岐島、都内の閻魔王庁の縁寺、それに終焉の地と言うことになりま
しょう。

  琵琶湖には瀬田唐橋以北に2つの大橋が架かっています。
  一つは大津市と草津市を結ぶ近江大橋で、もう一つは堅田と守山を結ぶ
琵琶湖大橋(昭和39年完成)(全長1350m)で、中央部の最高点は、
湖水面から20mの高さを有する湖上橋で、観光名所になっています。
  この橋の両側にはそれぞれ人集めの娯楽施設が作られました。
  東岸の守山には、リゾートホテル群とスポーツランドやゴルフ場が、
西岸の堅田には、琵琶湖タワー観覧車やレストラン群があります。
  琵琶湖大橋の西方、比良山脈を越えた裏山は、京都府大原の里になりま
す。この堅田より琵琶湖西岸を国道161号線に沿って北上しますと、小野地
区に入ります。
    旧道を少し山手に上がったところに小野妹子神社をはじめとする小野篁
神社、小野道風神社が並んでいます。
  この周辺には古墳群も散在しており、古代から人が住む付いていた地域で
あることが分かります。古墳群の一つ唐臼山古墳は、伝承小野妹子墳といわれ
ており、古墳の上に妹子神社があります。
  この古墳も大都市周辺の宅地開発の例に漏れず、周辺に住宅が小野朝日町
小野水明町が迫っています。
  遣隋使(607)から1400年が経ちますと、小野の里も「ローズタウ
ン」というカタカナの外国名になってしまいました。妹子は、どう思っている
でしょうか。大海をわたって大陸の隋国を訪問するほどの開明的な人物ですか
ら、かえって喜んでいるかもしれません。
  小野篁神社は、滋賀県下でも、また全国的にも遺構が僅かと言われる
”切妻造平入り”と称される造りで、現存の本殿は、1340年頃(暦応4
年)のものと考えられており、少しく外観上でも傷みの見られた社屋になって
います。
  小野の里は、異も子墳の周辺の住宅地からは、若干離れているため静かな
社殿の雰囲気が残されていますが、周辺の旧い民家もまばらなため何時の時代
にか環境変化の波が押し寄せてくるかもしれません。
    小野篁神社と妹子墳の間に小野道風神社があります。
  こちらの神社は、旧道から奥まったところにあり、一棟の荒れかけの社殿
がひっそりと林の中にたたずんでいます。
  神社の前は林が切り崩された広場に開拓されており村落の集いの場になっ
ております。この地区は妹子墳の開発宅地に近く、このままで行けばあと百年
が二百年経てば、大きく環境変化しているかもしれません。ひょっとすると、
1300年前の近江大津宮が形を変えて、琵琶湖西海岸となっているかもしれません。
平成12年11月10日・磯城島綜藝堂・主筆 謹言

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