敷 島 随 想



[連 載] 第 20 回 ***第24番・その3***
*****菅家ー神になった菅公の天満宮*****

<三都夏祭り>
  京都・大阪・神戸三都の7月は、熱い暑い夏祭りで賑わいます。
  その三祭とは、次のようになっています。
京 都祇園祭7月16日 宵山
7月17日 山鉾巡行・神幸祭
大 阪天神祭7月24日 宵宮祭・鉾流神事
7月25日 陸渡御・船渡御
神 戸神戸祭7月29日 港神戸海上花火大会
7月30日 おまつりパレード
  祇園祭と神戸祭りは、またの機会に触れるとして、ここでは菅公を慰める
天神祭を「京阪神三都夏祭りキャンペーン実行委員会」のチラシより紹介して
みましょう。
<天神祭>
  天暦5年(951)疫病退散祈願神事として始まり、今や大阪随一の夏祭
りで、歌舞伎「夏祭浪花鑑」でも演じられている天神祭は、大阪市北区天満宮
(てんまんぐう)の夏祭りで、「天満天神祭」(てんまてんじんさい)と呼ば
れています。大阪の人々は、お宮さんも地名も「てんまん」より「てんま」と
呼称することが多いようです。
  菅公が九州太宰府の地で亡くなられたのが2月25日ですから、月命日の
25日に夏祭りとして7月25日に行われる習わしです。
  7月25日の夕方天満宮境内では、触れ太鼓が練りまわり、続いて、神輿
の陸渡御列が出発し、6時過ぎの夕闇が迫る頃からは、天神橋から神幸船を中
心にした船渡御に移ります。
  

(註)ちなみに、平成12年度は7月25日ではなく、26日に
   催されました。これは、7月25日は、去る平成12年6月16日
   なくなられた良子皇太后陛下のご葬儀(れんそうのぎ)が行われ、
   祝事を控えたためです。
     「多事多難」の昭和の時代は、完全に過去の歴史の中に固定されて
      しまいました。
    天神祭は、細かく神事進行を見ますと、7月25日一日の行事では
ないのです。次の各種神事内容を参考にしましょう。
7月23日ギャル神輿天神祭の前触れとして約75人の
神輿ギャルが天神橋筋商店街を駆け抜け、
お祭り気分を盛り上げるものです。
プレ天神祭地域に祭りを呼びかける目的で、
夕方OBPツイン21ビルで、
催し太鼓、地車囃子、獅子舞、天神祭囃子踊りの実演を
紹介するもの。
7月24日
宵宮祭
鉾流神事「夏越しの祓い」神事後、神童を乗せた斎船が、
堂島川に漕ぎだし、お祭りの安全祈願として、
白木の神鉾が流されます。
催太鼓祭り準備完了を知らせるもので、
見所の「からうす」では、
打ち手の願人(がんじ)が、勇ましく太鼓を打ちならします。
獅子舞約300人の舞い手が、大型の獅子頭を操るもので、
「傘踊り」や「四つ竹」の舞いを披露します。
7月25日
陸渡御
渡御列発信
(氏地巡行)
本殿での「夏大祭」「神霊移御祭」の後、
渡御列が催太鼓を先頭に、
第一陣(催し太鼓)から、第二陣(御鳳輦)・
第三陣(鳳神輿・玉神輿)の総勢三千人余の行列です。
御鳳輦
(ごほうれん)
渡御列の中心は、菅公の御神霊を奉安する
神輿「御鳳輦」で、担い手は平安時代の装束を
纏っています。
鳳神輿
玉神輿
陸渡御のクライマックスは、「鳳神輿」と「玉神輿」を
勇ましく舞い上げる競演神事です。
7月25日
船渡御
船渡御列発進夕闇が迫ってきますと、陸渡御の集団が、次々に乗船します。
大川(旧淀川)の両岸沿いには篝火や提灯が川面を
照らす中、祭り船百艘あまりが、上り下りします。
御鳳輦や神輿を乗せた奉安船とお供の供奉船は上流へ、
御神霊を乗せる奉拝船は、下流へ、巡行します。
江戸時代から祭りの景気づけに始まった数千発の花火が
打ち上がり、斎船が発進します。
水上祭
(どんどこ船)
御鳳輦船上の神事が「水上祭」で、他の舞台船では、
巫女の神楽や各種伝統芸能が上演されます。
祭りの人気者どんどこ船はすれ違うごとに、手締め「大阪締め」
(打ちましょ。もひとつせ。祝うて三度。)を交わして、賑わいます。
宮入り
還御祭
渡御列が上陸し、天満宮へ向かい、次々と宮入し、
催し太鼓と「大阪締め」の手打ち後、神事「還御祭」を行って
午後10時頃2日間にわたる諸神事終いをします。
  天神祭は、祭りの初めから終わりまで、独特の地車囃子という鉦と太鼓の
軽快な音色「ジキジン。ジキジン。ジキジン。ジキジン。ジキジン・・・・」
と響き渡り、そこへ、手締めのかけ声などが入り交じり、大川は川面も
川岸も一帯祭りの熱気に満ち満ちています。
<船渡御>
  陸渡御と船渡御は、次の地図のように巡回しています。
  船渡御の元々の始まりは、菅公天満宮御鎮座の2年後、社頭の浜から神鉾
を流し、流れ着いた場所に斎場を設けて、禊ぎをしましたが、その時周辺の
人々が船を仕立てて奉迎したことに依るとされています。従って本来船渡御は
大川(旧淀川)を海まで下って行くのですが、大川に掛かる浪花の八百八橋が
地盤沈下で、橋桁が川面に近づき船が通れなくなったので、昭和28年(19
53)より、大川を遡航する事で代行することになったのです。
  陸渡御や船渡御の華々しい祭り行事とともに天神祭での催し物で忘れては
ならない時代を感じさせるものとして、地車囃子によって演じられる指先の動
きが巧みな「龍おどり」や祭りの期間中境内で展示されている「お迎え人形」
で、江戸時代、氏地の各々が町の顔として、当時の一流の人形師たちに技を競
い合って作らせたもので、かっては50体はあったとされています。
  祭日に街頭に飾り、船の舳先に立てたもので、現在15体を残し、
大阪府指定文化財となっています。
<永遠の天神さん>
  菅公の霊をお慰めする大阪天満宮の天神祭も日本三大祭りの一つに数えら
れるようになり、その歴史と伝統が大きく、深く、長い行事になり、時代から
時代へと引き継がれてきました。

  京都の祭りの代表が5月葵祭りであるように、商都大阪の祭りの代表が7
月の天神祭と言うことになりましょう。
  大阪天満宮は北野天満宮創建の2年後、天歴3年(949)村上天皇勅願
により大将軍の森と言われた旧淀川である大川左岸に創建され、1050年が
立ちました。
  天満宮は、伊勢神宮(天照大神)、八幡宮(八幡大菩薩)につぎ、全国に
その神社が多く、約1万社が庶民の信仰の対象になっています。
  京都北野天満宮と同様「天満の天神さん」も大坂の町の北に位置して、
町の守り神として崇められてきたわけです。天神さんの町も南北に約2.5
kmに伸びています。
  大阪は京都とちがって、川と橋が多く天神祭も水の都に相応しく、船渡御
が催されるわけです。
  今年の船渡御は、90万人の人々が集う大きな祭りとなりました。
  一年の内でも最も夏らしい7月25日に祭りが盛り上がりを見せるので
す。年毎に祭り好きの大阪人に支えられて、盛大に継承されていくことでしょ
う。        打ちましょ(チョン)!
          もひとつせー(チョン)!
          祝うて三度(チョン)!
平成12年7月31日・磯城島綜藝堂・主筆 謹言

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