敷 島 随 想



[連  載] 第 19 回 ***第24番・その2***
*****菅家ー不遇の日々・遠の朝廷*****

    江戸時代後期の碩学尾崎雅嘉著「百人一首一夕話」によって、菅公の
左遷とその後の不遇の日々を追ってみます。
  藤原「時平公無実の讒言を構へ、道真公を罪に落さんと」「昌泰3年正月
二十五日道真公の右大臣の官職を停めて太宰権帥に左遷せらるるの由宣旨下れ
り」というなりゆきです。

  「紅梅殿に愛せさせ給ひし梅をご覧じて、・・・」

  東風ふかばにほひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ
  桜花ぬしを忘れぬものならば吹きこん風にことづてはせよ

の歌を残して「二月朔日都を出て筑紫へおもむかせ給ふ・・・」。
「さて筑紫太宰府に着かせたまひて、・・・常に一室の中のみに、鬱々として
日を送り給ふ」。
  「道真公は不出門行という詩を作りて、いづかたへも立ち出で給はず」

  都府楼纔看瓦色  観音寺只聴鐘声
  観音寺または、観世音寺は、太宰府の府大寺と言われた名刹で天智天皇が
母帝斉明天皇の冥福祈願のため発願したと伝えられております。完成まで、
80数年余を要した大寺で、天平17年(745)11月玄ム法師が造営のた
め筑紫に下り、翌18年6月供養が行われました。
  同寺の西側には、東大寺・下野薬師寺と並ぶ筑紫の戒壇院が天平宝字5年
(761)設置されています。

  かくて、「延喜3年2月25日御齢五十九にて、終わらせ給へり」。
  菅公は、昌泰3年2月(延喜元年)(901)から、延喜3年2月(90
3)丁度丸2年間、不出門の鬱々たる遠の朝廷の日々であったわけです。
<観世音寺の沙彌満誓>
  観世音寺と言えば、菅公が太宰府入りする約180年前に沙彌満誓なる人
物が別当で赴任しています。
  沙彌満誓は、在俗時笠朝臣麻呂として官職についていました。慶雲元年
(704)従五位下のあと、美濃守(慶雲三年・706)、尾張守(霊亀二
年・716)右大弁(養老四年・720)を経て、養老五年・721元正天皇
の病平癒を願って出家し、養老七年・723太宰府筑紫観世音寺造営長官に就
任し、大伴旅人らと筑紫歌壇文化を形成しました。
  和銅七年・714年には木曽路開通の功により、報償(封戸七十戸、田六町)を
下賜されているところや出家した状況などを考えますと、律令体制下の
一官僚という平凡な官人ではなく、国を背負って立つ高官の意識を強く持った
人物であった印象を受けます。
  沙彌満誓の歌は、万葉集、巻3から巻5にかけて、7首ほど採録されてい
いて、観世音寺別当としての詞書きが2首についています。
  満誓の最も有名な歌は、

  「世間を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の後なきがごと」

  この歌は後に拾遺和歌集に次のように詠み代えられました。

  「世の中を何にたとへむ朝ぼらけ漕ぎ行く舟の後の白波」
                     (巻二十・哀傷・1327)
  さすが西国第一の大官寺観世音寺別当に就くだけの哲学を修身した人だけ
の事はあると思わせます。誠に世の中をまた人の一生を達観していたことが
良く解ります。人だけでなく、物に対する思い入れも普通の人ではないようで
す。

  沙彌満誓、綿を詠む歌一首、造筑紫観音寺別当、俗称笠朝臣麻呂といふ
  「しらぬひ筑紫の綿は身につけていまだは着ねど暖かに見ゆ」
                       (巻三・336)

  造筑紫観世音寺別当、沙彌満生の歌一首、
  「鳥総立て足柄山に船木切り木に切り行きつあたら船材を」

  最も後者の歌は、懸想する女性を誰かに取られたことの比喩歌と解釈され
ています。

  ちなみに、万葉集に残されている満誓のその他の歌を並べます。

  満誓沙彌の月の歌一首
  「見えずとも誰恋ざらめ山の端にいさよふつきを外に見てしか」
                      (巻三・393)
  太宰帥大伴卿の京に上りし後、沙彌満誓卿に送る歌二首
  「真そ鏡見飽かぬ君に後れてや朝夕にさびつつをらむ」
                     (巻四・572)
  「ぬばたまの黒髪変わり白髪ても痛き恋には会ふ時ありけり」
                      (巻・573)
  「青柳梅との花を折かざし飲みての後は散りぬともよし」
                      (巻五・821)
<太宰府天満宮>
  なくなった西府の太宰府における御墓所として、「延喜5年(905)
8月19日安楽寺にて初めて菅公の神殿を建てられ」「延喜9年(909)
に到りて作り終われり。」「その後安楽寺の御社に天満宮と廟号を」頂いた
わけです。
  一方、都の地においては、「延長元年(923)・・・菅神の霊を北野の
社にいはひ籠めたまひし・・・」
(もっとも歴史書では、949年北野天神社創建となっていますが)

「百人一首一夕話」の挿し絵
    学問の神様である菅原道真公を祀る全国天満宮の総本社としての「太宰
府天満宮」は、近く創建1100年を迎えることになります。
  菅公が無念の思いでは収まらず怨念の鬼神となって太宰府の地に没して、
おおよそ1100年。はるか660kmも離れた都の地に復讐の霊となって飛
んでゆき、無実の罪に陥れた人々を襲ったのでしょうか。
  かって都落ちの途上、哀れ悲しむ明石浦の宿の主に向かって、

  駅長莫驚時変改 えきちょうおどろくことなかれ、
          ときのへんあらたまるを
  一栄一落是春秋 さかえては、ほろびゆくのもときのながれ

  人生において人の浮き沈みは世の常のこと。驚くに当たらぬ事。多分に
自嘲気味に宿の主人の慰めに答えたのではないかと思います。
  
  菅公没後、都では、復讐された人々が不慮の死を遂げる出来事が相次いだ
と言います。
  これらは、菅公を哀れに思う人々の気持ちがそうさせているのでしょう。
それでないと、庶民の大半の菅公に対する居たたまれない気持ちのもって行く
ところがないからなのです。
  正しく栄枯盛衰は人の世の習い。とはいえ、割り切れないところが何時の
世の誰にでも残るのです。
<太宰府市>
  太宰府市は、古代日本の九州における律令国家体制の中心地であったわけ
ですから、ひょっとしますと、耶馬台国は、福岡市や太宰府市を含めた佐賀県
の吉野ヶ里に到る一帯の九州西北部分を言うのかもしれません。兎に角弥生
から古墳時代以降における九州という国の発祥の地と言えます。
  現に弥生時代の遺跡群や古墳時代の古墳群は、福岡県の西部から南部、佐
賀県にかけての地域に密集していることからも早くから文化の行き渡って
いたところと推定されます。

  日本民族は西の大陸からやってきて、定住してから、以降は絶えず
「西方」を見続けてきました。
  仏教の世界においても「西方浄土」であったように「西の中国大陸文化」
は日本民族にとってあこがれの的であり続け、近くはさらに中国大陸のさらに
西の方にあった「西洋文明」が日本民族の近代を開いてくれたのです。

  現在太宰府市は、面積約30平方キロメートルで、人口約6万5千人、2
万4千世帯の行政体です。驚くべき事に、市域の約15%が国史跡指定されて
いるという歴史の町になっていて、建造物始め各種文化財も50件を越えると
いう文化の町でもあるのです。
  年間約650万人の観光客を迎え、特に正月と受験シーズンは、太宰府天
満宮への参拝客で賑わいを見せる福岡・博多の衛生都市でもあるわけです。
  ちなみにれきしじょうの「だざいふ」を意味する名称は「大宰府」と書か
れています。

<太宰府のホームページ>
  以上に引用した太宰府市内の都府楼、観世音寺、天満宮などの名所旧跡
案内は、次のホームページへ、どうぞ!
  太宰府市関係 
http://asahi-net.or.jp/~WX2A-KMD/
     http://www.dazaifutenmangu.or.jp/tayori/monzen.htm
http://www.pref.fukuoka/jp/shochosen/v0222201.htm
  商工会議所関係 http://www.dazaifu.com/
  太宰府博物館関係 http://dazaifu.mma.co.jp
  西鉄観光関係 www.nnr.co.jp/nnr/sightseeing/place06.htm
  
平成12年7月24日・磯城島綜藝堂・主筆 謹言 

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