敷 島 随 想

(百人一首歌人旅)



「連 載」 第 180 回  *** 第4番・その4 ***
*****  山部赤人ー瀬戸の浦廻  *****

目    次
<瀬戸内の浦々> <武庫の辺り> <藤江の浦> <縄の浦と辛荷島> <相生市周辺>

百人一首・第4番 田子の浦に打ち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ



錦百人一首あづま織「山部赤人」

<瀬戸内の浦々>

 前回の連載文中に掲載した「万葉集中の赤人歌枕」から、「赤人の瀬戸の浦廻」を抜粋しますと、
次のようになります。

 行幸:印南野行幸     巻六ー938,939,940,941 神亀三年(725)九月
 浦々:縄の浦、武庫の浦  巻三ー357,358 
    藤江の浦、敏馬浦  巻六ー939,946,947     藤江の浦は行幸時。
 島々:阿倍島       巻三ー359             場所は不詳。
    辛荷島、野島    巻六ー934,942,943,944

 これらの赤人縁りの各所のうち、敏馬浦と野島については、既に柿本人麻呂の連載文中で言及し
ましたので、ここでは、武庫の浦、印南野と藤江の浦、縄の浦、および辛荷島などを探訪してみたいと
思います。これらの各所の位置関係は次の略図のようになります。

赤人万葉歌関連地(左)印南野周辺(右)武庫の浦周辺 目次に戻る

<武庫の辺り>

 「武庫の浦を漕ぎ廻る小舟 粟島を背向に見つつ 羨しき小舟」(巻三ー358)(山部宿禰赤人)

 万葉集中「武庫」の地名が言及されているのは、「川」(巻七ー1141)、「浦」(巻三ー358,
3578,3595)、「海」(巻三ー256、巻十五ー3609)、「泊」(巻三ー283)、
「渡」(巻十七ー3895)などですが、いずれも現在の兵庫県下の武庫川流域、河口付近を中心と
した尼崎市から西宮市にかけての海浜地一帯を指しているものと想定されています。
 「武庫」なる意味は、「戦の道具を入れる倉庫」「武器庫」のことで、漢語用語としては、博学多識
の者の誉め言葉でもあるわけです。では、何のための誰の武器庫かと言いますと、当該連載文の第三回
「河原左大臣ー尼崎の潮汲み」で言及しましたように「武庫川の両岸に・・・蔵めたまひし・・・
神功皇后」に依っているのです。現在でも「武庫」の名は、いろいろに活用され伝承されているのです。

 「武庫の辺り」で多分赤人も眺めたであろう万葉期の風景に「角の松原」があります。万葉集では、
巻三ー279,巻十七ー3899に次のように詠われています。

 「我妹子に猪名野は見せつ 名次山角の松原いつか示さむ」(巻三ー279)(高市連黒人)
 「海人をとめ漁りたく火の おほほしく 都努の松原思ほゆるかも」(巻十七ー3899)(作者不詳)
 
 歌の中で詠み込まれている「角」(つの)および「都努」(つの)は、いずれも現在の兵庫県
西宮市津門の地であったと推定されています。昔の武庫川の河口付近一帯が「武庫の浦」「武庫の泊」
であったのではないでしょうか。

(左)武庫川河口付近の地理(右)西宮市津門地区の地理
 かって武庫川河口流域は「武庫の浦」あったと推測されますから、国道2号線辺りまでは波が押し
寄せていた海岸であった可能性があります。現在国道2号線南側「津門」地区松原町には、「万葉集
縁りの松原神社」があり、武庫川を渡って少し東に移動しますと「河原左大臣・源融公縁りの琴浦
神社」があることからも、大凡の推定ができましょう。

 いまや鉄道や道路が当地区を縦横に走り、住宅が建て込んでいるため、かっての「武庫の浦」での
「武庫の泊」など、想像もできない様変わりです。松原神社や隣接する菅公縁りの染殿池、あるいは
琴浦神社の存在が唯一の万葉の時代や平安貴族の時代を思い出させてくれる縁になっているわけです。

(左)松原神社境内の「染め殿池」庭園内風景(右)津門神社境内風景

(左)名次神社(右)隣接するニテコ池(嘗ての武庫の浦を連想させる風景)
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<藤江の浦>

 印南野とは播磨国加古川流域一帯の原野の総称とされているわけですから、現在の加古川市から
明石市にかけての地域のことになりましょう。その地区の藤江の浦ということになりますと、播磨灘に
面する明石市藤江地区で、沖には「鹿ノ瀬」と呼ばれる漁場を有する地のことになります。

  印南野から望む「藤江の浦」とは、現在の明石市藤江地区の海岸ということになるのでしょう。
 藤江の地は丁度山陽新幹線「西明石駅」の南側に当るので、明石市は万葉の昔の「藤江の浦」を
偲ぶ場所として「藤江休暇施設」を設けて、海岸の景観保全に配慮しています。

(左)藤江地区の地理(右)藤江休憩施設場所の万葉歌人像
  万葉歌人像は柿本人麻呂をイメージしたのでしょうか。それとも、山部赤人でしょうか。いずれにしても
この藤江の浦から遙か沖合の播磨灘を「振りさけ見」やっています。

 長歌(巻六ー938)では「印南野の 大海の原の 荒たへの 藤井の浦に・・」と詠った印南野の
各所を反歌では次のように詠いました。(「藤井」は「藤江」ではと考えられています。)

 「沖つ波辺波静けみ 漁すと 藤江の浦に船ぞ騒ける」(巻六ー939)
 「印南野の浅茅押しなべ さ寝る夜の 日長くあれば 家し偲ばゆ」(巻六ー940)
 「明石潟潮干の道を 明日よりは 下咲けましけむ 家近づけば」(巻六ー941)
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<縄の浦と辛荷島>

 相生湾の東海岸を南下する国道250号線は「播磨シーサイドロード」と名付けられて、特に
市街地の海岸通りは環境整備が進んでいます。250号線を南下しますと、岬の南端金ヶ崎に到ります。
ここは「万葉の岬」として万葉歌碑も建てられている見通しの良い岬の先端で、風光明媚な瀬戸内の
島々を180度の展望で眺められる所となっています。

(左)相生湾と金ヶ崎ー万葉の岬(右)国民宿舎「あいおい莊」前の「万葉の岬」碑
 岬の足元には、君島と蔓島の二島が並び、その東側の会場には辛荷島が、その島々の彼方には
家島群島が展望できます。瀬戸内の海の向こうに昇る日の出は海上に浮かぶ大小さまざまな島影を
浮き出し、見応えのある風景を創出しています。
 かって万葉の時代から、瀬戸内を航行する旅人には金ヶ崎や相生湾の地形は、目印になり、船の
停泊地に最適であったのではないでしょうか。現在相生湾ではかきの養殖が行われ、年産400トンの
蠣を出荷しているのです。

 万葉の岬には春の各種桜(山桜、染井吉野、しだれ桜、ぼたん桜、大島桜など)が開花し、桜の名所に
なっています。山頂には観音堂があり、千手観音菩薩が安置されています。
 万葉集に詠まれた「相生の里」とは、次の山部赤人や日置少老の歌などです。

 「縄の浦ゆ背向に見る沖つ島 漕ぎ廻る舟は釣しすらしも」(巻三ー357)(山部宿禰赤人)
 (注)縄ー現在相生市内の地名としては「那波」となっています。
    沖つ島ー大野山城が築かれた相生湾内最奥部の小島と見られています。
 「玉藻刈る辛荷の島に島廻する鵜にしもあれや 家思はざらむ」(巻六ー943)(山部宿禰赤人)

(左)赤人の「縄の浦」歌碑(澤潟久孝書)(右)「辛荷島」歌碑(ロータリークラブ建碑)

辛荷島の三島と家島群島遠望
 山部赤人以外の万葉歌碑としては、次のような歌が建碑されています。

 「縄の浦に塩焼くけぶり 夕されば行き過ぎかねて山にたなびく」(巻三ー354)(日置少老)

 この万葉歌碑は、相生市内那波南本町中央公園内に神戸大学名誉教授吉川貫一氏の書で建碑されて
いるものです。

  さらに「万葉の岬」から室の浦の方へ岬をめぐりますと、次の歌碑が犬養博士の書で建碑されて
います。

 「室の浦の瀬戸の崎なる鳴島の磯越す波にぬれにけるかも」(巻十二ー3164)(作者未詳)

(左)日置少老万葉歌碑(吉川貫一書)(右)「鳴島(君島か?)」歌碑(犬養孝書) 目次に戻る

<相生市の周辺>

 西播磨地区の海岸沿いに大きな入り江となっているのが相生湾で、天然の良港をなしています。
 古くから造船業(播磨造船所)も発達していたのです。現在石川島播磨重工業に企業活動が引き
継がれており、入り江の奥まったところには大型船も停泊し、係留されております。
 入り江の周辺に発達した相生市の北側には山陽本線、山陽新幹線、さらには山陽自動車道が走り、
交通の便がよい西播磨の港町となっているのです。

 市内の那波地区大野山城址近くにある市立歴史民俗資料館内の展示によりますと、
 「相生市域は矢野莊として正和2年(1313)、東寺に寄進された頃から中世東寺領荘園として
知られる」ようになったようです。

大嶋城址への登城口と住吉神社・善光寺への参道
(参考メモ)相生湾内大嶋城について 大嶋城は、長治元年(1104)相模国海老名郷より海老名家須季が下向し、
築城したが、建武三年(1335)児嶋高徳の父和田範長の焼き討ちにあった。
児嶋高徳とはかの後醍醐天皇に仕えた南北朝の武将で、院の庄にて配流される
天皇を救出しようと、桜樹に「天勾践を空しくする莫れ 時に范れい無きにしも非ず」と
刻した南北朝武将として有名。
 相生湾内のもっとも奥まった入り江では、毎年5月に舟の町として相応しい「ペーロン競漕大会」が
海上花火とともに賑わしく開催されることです。

 市内の近世の旧跡としては、西隣赤穂藩浅野家家老大石良雄別邸もあります。

大石良雄旧別邸説明板と庭園
 旧市街から相生湾の西海岸を南下しますと、現代特に戦後の昭和工業社会を代表するような石川島
播磨重工業の造船会社とその間連企業群の工場が海岸を埋め尽くしており、さらに山を二つほど潜り
ますと、関西電力相生火力発電所も建設されているのです。

 海岸沿いの道から見る対岸の山々は、相生湾を挟んでなだらかな山稜をみせており、一幅の絵画を
見ているような印象を受けます。その中でももっとも高い山は、天下台山(321m)で、流れるような
稜線は庭の築山のような小山にも映るのです。火力発電所の裏山から見る相生湾は、庭の泉水と言え
ましょう。
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「百人一首のー平平点描ー千年の言霊への誘い」
ー第四話 富士の雪ー
併せて御覧願います。

平成16年6月21日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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