敷 島 随 想

(百人一首歌人旅)



「連 載」 第 135 回  *** 第7番・その1 ***
*****  安倍仲麿ー長安の満月 *****

目    次
<唐の長安> <望郷の歌> <仲麻呂伝小説>

百人一首・第7番 天の原ふりさけ見れば春日なるみかさの山に出し月かも 


<唐の長安>

 安倍仲麿(阿部仲麻呂)の人物略記を事典(金田一春彦他「新世紀ビジュアル大事典」学習研究社)
より引用しますと、次のようになります。

 「奈良時代の文学者(698〜770)」
 (補記)文武天皇(697〜707)第二年生まれで、光仁天皇(770〜781)即位の年に
     客死したことになります。文学者に加えて、唐朝中枢官僚の色が濃い人生を送ったと
     するべきでしょう。聖武帝の天平文化隆盛期を実感することなく、外国で人生を送った
     ことになります。

 「717年遣唐留学生として入唐し、玄宗皇帝に仕え、名を朝衡(晁衡)と改めた。」
 (補記)推古八年(600)から始まって、前後五回におよんだ遣隋使により大陸文化使節に
     ついては、第23回〜第25回連載の小野篁を参照願います。
     仲麻呂が乗船した遣唐使船は、舒明二年(630)の第一回派遣から数えて第八回目の
     養老元年(717)出発した丹治比県守を使節団長とする557名の4船団構成で
     帰国は、翌年の養老二年でした。

     唐は618年初代李淵(高祖)(618〜626)建国から丁度100年目に当たり、
     3代高宗(649〜684)の死後、則天武后(690〜705)の周国を経て、
     唐国として最も国の勢力が充実していた盛唐の時期で、684年に即位した第6代
     玄宗皇帝(712〜756)の勢力は、確立していました。755〜763年にわたる
     安史の乱(安禄山、史思明の乱)から、体制が揺らぎ始めました。
  
          参考メモ:朝(晁)衡という仲麻呂の中国名について
       晁という漢字は漢和辞典に依りますと朝と全く同じ意味で、朝の古字。
       この字の構成は、「日」と「兆」からなっており、兆は、二つに開く意味で、
       夜の帳が明けること、明るく、明け放たれた朝のことになります。
       仲麻呂は、「衛尉寺卿」に任ぜられたので「晁卿衡」と呼ばれたのです。
       「晁」の漢字のついでに同じ様な「晨(あさ、あした)」「旦(あした、
       日の出)」「晃(ひかる、あきらか)」などもあります。漢字の世界の
       広さを感じさせます。

遣唐使の行程略図
 「753年第10回遣唐使藤原清河に従い、帰国するため、蘇州から船出したが、暴風雨に遭い
  安南に漂着した。」
 (補記)この時の使節には、藤原清河を長に、大伴古麿、吉備真備、大伴御笠など約450名から
     なる四船団で、そのうち一部の人々で帰国できたのは、753年、754年の2回に
     分かれています。

 「再び唐に戻り、鎮南都護に任じられて安南に赴いたが767年長安に戻り、そこで客死した。」
 (補記)玄宗皇帝のあと、第7代粛宗(756〜762)、第8代代宗(762〜779)が
     継承した唐朝も晩唐期(755〜907)に入り、仲麻呂は、なおも唐朝の治政に
     参画したことになります。入唐以来53年、人生のほぼ3/4を唐の官人として送った
     ことになります。

 「王維・李白らの文人と交わり、遣唐使・留学生のために力を尽くした。」
 「唐にあって詠んだ歌「あまのはらふりさけみればかすがなるみかさのやまにいでしつきかも」は
  有名。」
 (補記)仲麻呂が在唐時に関わった遣唐使は、第8回(渡唐時)から第13回(中止)までの6回の
     内、3回(第9回、第10回、第11回)になります。
期  間使 節 団備  考
第9回733(天平五年)発
734(天平六年)
〜739(同十一年)帰着
多治比広成
中臣名代ほか
594名
仲麻呂は帰国できたはずだが、玄宗皇帝の許可が出なかったのか。?
第10回752(天平勝宝四年)発
753(同五年)
〜754(同六年)帰着
藤原清河、
大伴古麿ほか
四船450名
仲麻呂の舟は難破して、清河共々帰国できず。鑑真和尚(687〜763)は、無事来日。
第11回759(天平宝字三年)発
761(同五年)帰着。
高元度
内蔵全成ほか
一船99名
仲麻呂は「安史の乱中につき、帰国を認められず。また、安南に赴任していたか。?
第14回777(宝亀八年)発
778(同九年)帰着
小野石根、
大神末足ほか、四船
仲麻呂客死後八年目、藤原清河の娘が来日。
      盛唐期の文壇の文人群は、何れも仲麻呂と同年代の詩人達で、主な人物は、下記の多士済々。
  
     李白(701〜762)性豪放、気品高い脱俗詩風。漢詩例「靜思夜」ほか。
     杜甫(712〜770)生涯不遇で、乱世の嘆き、悲愴沈鬱の詩風。漢詩例「春望」ほか。
     王維(699〜759)画人でもあり、後世南宗画、文人画の祖。漢詩例「送元二使安西」ほか。
     その他の漢詩人と代表詩文
     高適「涼州詞」、王昌齢「芙蓉楼送辛漸」、王翰「涼州詞」
     李適之、劉湾、張謂、張巡、岑参、王之渙、崔 等々

     なお白居易(772〜846)は、仲麻呂の死後、活動した詩人。白氏文集が日本の漢詩文
     「和漢朗詠集」などの日本文学文化へ与えた影響は大きい。 
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<望郷の歌>

 古今和歌集巻第九羇旅歌の巻頭歌は、阿部仲麻呂の百人一首の元歌です。

 ー唐土にて月を見てよみける 安倍仲麿
 406番歌 「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」
 ーこのうたは、昔、仲麿を唐土にものならはしに遣はしたりけるに、あまたの年を経て、
  え帰りまうで来ざりけるを、この国よりまた使まかりいたりけるに、たぐひてもうで
  来なむとて出で立ちけるに、明州といふ所の海辺にて、かの国の人むまのはなむけしけり。
  夜になりて、月のいとおもしろくさし出でたりけるを見てよめる、となむ語り伝ふる。
    (注)明州の海辺:長江南岸黄泗浦(江蘇省鹿苑)
 
 この和歌集の責任編者紀貫之も月を見る毎にこの歌と仲麻呂のことを思いだしていたようで、後年
土佐守から帰任の途上、戦場にて次のように述懐しています。承平四年(935)12月21日、
土佐守の任を終えて、仲麻呂と同じ帰任の旅路にある承平五年一月「廿日の夜の月いでにけり。」
とて、思いだした歌が、丁度30年前自ら編纂した古今和歌集中の仲麻呂の歌でした。

 「・・・山の端もなくて、海のなかよりぞいでくる。かうやうなるを観てや、昔、安倍の仲麿と
  いひける人は、唐に渡りて、帰り来ける時に、船に乗るべき所にて、かの国人、馬のはなむけし、
  別れ惜しみて、かしこの詩作りなどしける。飽かずやありけむ、廿日の夜の月出でるまでぞ
  ありける。その月は海よりぞ出でける。これを観てぞ、仲麿のぬし、「わが国にかかる歌を
  なむ神代より神も詠まんたび、今は上中下の人も、かうやうに別れを惜しみ、喜びもあり、
  悲しびもある時には、詠む」とて、詠めりける歌、

  青海原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも

  とぞ詠めりける。かの国人聞き知るまじく思ほえたれども、事の意を男文字にさまを書き
  いだして、ここの語つたへたる人に言ひ知らせければ、意をや聞えたりけむ、いと案ひの
  外になむ感でける。唐とこの国とは、言異なるものなれど、月の光は同じことなるべければ、
  人の心も同じことにやあらむ。・・・」

  (注)男文字にさまを書き出して、・・とは、下記の漢詩とされています。

     望郷詩   翹首望東天 神馳奈良辺 三笠山頂上 想又肢月圓

 この歌の碑はかの長安(西安)三個所建立されています。その内の一基の「阿部仲麻呂記念碑」は
西安市街東方興慶宮公園に建立されています。この公園は、唐三大宮殿のひとつで、広さは50万
平方米もあり、興慶湖と興慶宮跡地で、玄宗皇帝と楊貴妃が遊んだ沈香亭や花事相輝楼などが再現
されています。

(左)西安周辺地図(右)西安市街地図
 百人一首の中で唯一異国の地で詠まれた歌が阿倍仲麻呂の歌ですが、長安を訪れる日本人は、必ず
立ち寄る観光名所になっているのです。一例西安交通大學を卒業した日本人留学生が仲麻呂歌碑を
紹介しています。同大学の正面前に興慶宮公園があるのです。

興慶宮公園にある阿部仲麻呂歌碑(電気学会誌より)
 記念碑文は李白が、仲麻呂の帰国途上に海難死去を聞き、友人として追悼したときの詩を捧げている
ものです。東側に上述の仲麻呂の詩が西側に李白の詩が刻まれています。
 
          哭晁卿衡          晁卿衡を哭す
   日本晁卿辞帝都       日本晁卿帝都を辞す
   征帆一片繞蓬壺       征帆一片蓬壺を繞ぐる
   明月不帰沈碧海       明月帰らず碧海に沈み
   白雲愁色満蒼梧       白雲愁色蒼梧に満つ

 李白は仲麻呂の遭難を聞いて、哀悼詩を作りましたが、他の友人王維や包佶らも惜別詩を作ったと
伝えれられています。仲麻呂の文学者としての交際の広さを伺わせます。 

 参考絵画として西宮市内にある財団法人辰馬考古資料館所蔵で、富岡鉄斎が1914年辰馬悦叟翁に
贈ったものに「阿部仲麻呂明州望月図」があります。


富岡鉄斎筆「阿部仲麻呂明州望月図」(辰馬考古資料館蔵)
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<仲麻呂伝小説>

 仲麻呂伝記で最近出版された主なものは、刊行年次順に次のような4冊子があります。

 1.正延哲士「阿部仲麿」三一書房(1994年12月)
 2.大原正義「長安の月ー阿部仲麻呂伝」関西書院(平成七年二月)
 3.林 青梧「阿部仲麻呂の暗号」PHP研究所(1997年11月)
 4.辻原 登「翔べ麒麟」読売新聞社(1998年10月)

 仲麻呂が唐土に客死後、1220年以上経ったこの時期に続けて伝記が出版されたことになります。
 1及び2の伝記は、比較的史実(仲麻呂の二編の唐詩と一首の和歌、さらに王維や李白などの送別詩
など)を前提にした記述です。仲麻呂の動静不明部分は、作者の空想で埋めながら彼の生涯を展開して
います。両書における「あまのはら・・・」の歌を詠む部分を抽出しますと、次のようになります。

1.正延哲士「阿部仲麿」其の五 辞国銜命 151頁
  「・・・天宝十二載十月十五日の・・・・夜、仲麿は船の甲板で東の海の上空に昇る満月を見た。
   ・・・少年の頃に奈良で見た月の光を連想させた。
    あまのはらふりさけ見れば春日なる御笠の山に出でし月かも
   と、和歌の一首を詠んだ。・・・」

2.大原正義「長安の月ー阿部仲麻呂伝」第十二章 難船 233頁
  「・・・仲麻呂の頭の中で平城の都が次第に膨らんでくる。
    首を翹げて東天を望む 神は馳す奈良の辺
    三笠山頂の上     想うにまた皓月圓ならん
   ・・・しばらくして清河が差し出した紙片には、几帳面な文字の並ぶ漢詩の横に、大和歌が
   一首滑らかに書き添えられていた。
    あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも ・・・」
  
  つまり「あまのはら・・・」の歌は仲麻呂の漢詩に対して藤原清河が翻案した和歌であるという
  想定です。

3.林 青梧「阿部仲麻呂の暗号」
  この著述は「あまのはら」の和歌の謎解きを行っているもので、次のようなキャッチフレーズが
 添えられています。
  「望郷歌として名高い古歌に驚くべき秘密が隠されていた。中国皇帝の大臣となった仲麻呂が
   日本にいる同志に向けて発した重大な通信とは?
   八世紀の日本、中国、朝鮮半島を巻き込んだ外交戦争の実態を明らかにし、天皇制成立の謎に
   迫る。」
  「あまのはら」の歌については、次のように言及されています。

   第八章 操られる孝謙女帝 180頁
  「・・・阿部仲麻呂は日本に赴くために楊州近郊古黄四浦で遣唐使船に乗船したが、しかしこの間
   「天の原」の詠まれた場面を設定することが出来なかった。・・・」

   第九章 安禄山の乱 226頁
  「・・・朝衡は筆をとり、拡げた白紙に墨痕も鮮やかに詩文を書いた。
   「ほう」と高元度が目を見張った。
   「阿麻能波羅 布利佐計美禮婆 加須我奈流 美加佐能夜麻珥 以伝志都岐加毛」

 つまり、第10回遣唐使の帰途に詠んだ歌ではなく、第11回遣唐使に託した漢字文の和歌という
想定です。

 以上いろいろな和歌を詠み情景を設定していて、興味の尽きないところです。

4.辻原 登「翔べ麒麟」
  藤原真幸なる架空人物と仲麻呂という実在人物を組み合わせた読売新聞連載小説です。
  作者は、1990年「村の名前」で芥川賞を、また当該小説で1999年読売文学賞を、さらに
 2000年第36回谷崎潤一郎賞を受賞した和歌山県出身の作家です。   
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平成15年10月22日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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