敷 島 随 想

(百人一首歌人旅)



「連 載」 第 125 回  *** 第94番・その2 ***
*****  参議雅経ー美吉野の秋 *****

目    次
<歌枕「吉野山」の季変り> <ふるさとの秋>
<吉野山の今昔物語> <観光地・吉野山>

百人一首・第94番 み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒くころも打つなり


<歌枕「吉野山」の季変り>

 参議雅経の百人一首歌は、新古今和歌集巻五・秋・483番歌で、吉野山の秋を読んだものですが、
そのキーワードは、「美吉野」「秋風」「衣打つ」(擣衣)になりましょう。
 一方、この歌の本歌とされる坂上是則の歌は、古今和歌集・巻六・325番歌で、吉野山の冬を
詠んだもので、そのキーワードは、「美吉野」「白雪」「寒きふるさと」となります。

 何れの歌でも、後世の歌枕「吉野山」すなわち「さくら」のイメージは全くなく、いずれも
「ふるさと」という概念が強く、歌われています。
 時代が300年隔たっているこれら二種の勅撰和歌集に於ける「吉野山」の姿を描き出してみますと、
次のようになります。
勅撰和歌集雪 の 歌桜 の 歌
古今集7首
春・3番(読人不知)、冬・317番(読人不知)
冬・321番(読人不知)、冬・325番(坂上是則)
冬・327番(壬生忠岑)、冬・332番(坂上是則)
賀・363番(読人不知)
2首
春・60番(紀友則)、恋・588番(紀貫之)
新古今集3首
春・1番(藤原良経)、(春・79番(西行法師))
冬・588番(俊恵法師)
12首
春・79番(西行法師)、春・86番(西行法師)
春・92番(家衡)、春・97番(藤原季能)
春・100番(藤原俊成)、春・110番(大伴家持)
春・132番(頼輔)、春・133番(後鳥羽院)
春・147番(藤原良経)、春・156番(藤原家隆)
雑・1465番(藤原俊成)、雑・1617番(西行法師)
 雅経の歌の本歌として、また古今集では、冬の部位に二首も吉野山の歌を詠んでいる坂上是則は、
次回の連載で採り上げます。それに対して新古今集では、西行法師が吉野山の桜に固執して飽きる
ことなく3首も入集しています。
 雅経の歌が巻5・秋下の部位に後鳥羽院が「切り入れ」したとのことですから、よほど雅経が
お気に入りで「手足り」と御口伝で褒めそやしたぐらいです。この歌のキーワードである「衣打つ」
(擣衣)歌題の集団の中に入っているところを見ますと、その舞台は、必ずしも「吉野山」でなくとも
単なる「ふるさと」で良かったのかもしれません。二番前の歌に源経信の歌は次のようになっています。

 「ふるさとに衣打つとは行く雁や旅の空にも鳴きて告ぐらむ」(秋下・481番・源経信)

 因みに古今集の「吉野山の雪」と新古今集の「吉野山の桜」を詠んだ歌が多い中にあって雅経の歌は、
唯一秋の歌と言うことになります。
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<ふるさとの秋>

 雅経が歌の中で吉野山を強く「ふるさと」と意識して詠み込んでいました。「ふるさと」とは、吉野の
旧都・古京ということで、背景に天武天皇離宮などを心に描いているのでしょう。
 坂上是則の時から数えると約200年前で、雅経の時から約500年前の「ふるさと」を偲んでいる
ことになります。その「ふるさと」の秋とは、冬が近く物寂しげな山の里を想像させます。

 天武天皇の離宮があった宮滝は、現在ほんの閑静な吉野川右岸の村里になっています。

吉野川沿いの宮滝周辺
  秋風が吹いてくると思われる頃、「ふるさと」の宮滝からは、吉野川を挟んで対岸にある象山や
青根ヶ峰は、寒々とした冬山の姿に映ることでしょう。
 宮滝を訪れるには、近鉄吉野線の大和上市駅で下車し、吉野川沿いに路線バスに乗り、約20分で
辿り着くことが出来ます。

 離宮跡の畑には、「宮滝遺跡」を示す石碑が立つのみで、離宮の面影はなく、想像だけの「ふるさと」
になっています。吉野山の里も宮滝のふるさとも、1300年以上の長い歴史の中で、山里として現在に
到っているのです。 


(上・左)柴橋の上から見た宮滝の吉野川、(上・右)宮滝大橋から柴橋を望む
(下・左)宮滝遺跡(下・右)柴橋から見た青根ヶ峰
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<吉野山の今昔物語>

 日本歴史の中で、大きな役目を果たした吉野も、中世後醍醐天皇の南朝が終わりをむかえるとともに、
吉野の地も「いにしへの離宮」と、桜の名所を一枚看板に掲げて、語り継がれてきたわけです。
 吉野山の今昔物語を繙くとき、二つの大きな時代を通過してきたことがわかります。
 それは「天武天皇と吉野」であり、「後醍醐天皇の吉野朝廷」です。

 雅経の歌「あき風小夜更けて」「寒く衣打つ」という詠い文句に、兄頼朝に「あき」疎んじられて
心さむく、さみしく、吉野山をさすらう弟義経の姿を連想するのは、思い過ごしでしょうか。
 平家追討の後、兄頼朝に追われた弟義経は、西国落ちに失敗し、大和宇陀に潜伏の後、文治元年
(1185)十一月、吉野大衆を頼って吉野山に入り、吉水院に5日ほど滞在したとされています。
 しかし、吉野大衆も頼朝からの命令に抗しきれず、義経を追い出す羽目になります。
 静御前とも別れ、吉野山奥深く、逃れるときに、一時避難したのが今に観光名所として残る「義経
隠れ塔(蹴抜け塔)」で、佐藤兄弟のうちの弟忠信が、義経の身代わりになって奮戦したところと
されています。
 (註)佐藤兄弟 藤原鎌足内大臣の末裔、淡海公藤原不比等の後胤、佐藤左衛門のりたかの孫で
         信夫の佐藤庄司の長男継信(屋島合戦で義経の身代わりになる。)次男・忠信

 義経一行剛勇の従者16名の「吉野山雪中逃避行」は、「吾妻鏡」や「義経記」巻五などに

 判官吉野山に入りたもう事、義経吉野山を落ち給ふ事、静吉野山に捨てらるる事、忠信吉野山に留まる事、
 忠信吉野山の合戦の事、吉野法師判官を追い奉る事、

と連綿たる情感で語り伝えられています。後醍醐天皇の吉野朝廷の200年前に当たります。

 義経と佐藤忠信の関係は、その200年後に同じこの吉野山で展開されます。
 元弘の乱において、後醍醐天皇第一皇子大塔宮護良親王のために足利軍の攻撃を蔵王堂仁天門上で
奮戦し、護良親王の身代わりになったのが、村上義光です。偶然の歴史の繰り返しです。
 村上義光の墓は、吉野神宮の南の道脇に建っています。

 近鉄吉野線の終着駅「吉野」から、ケーブルカーで「吉野山」にのぼり、そこから吉野山の山の背を
通る古い道沿いに登ってゆくと、そこに展開する村里は、確かに千年以上古いかつ遠い昔へ誘い
込まれて行くような気がします。
 吉野の「ふるさと」は宮滝の「古里」とともに、時代の流れに流されないで、何時の時代でも
日本人の昔を後世に伝え続けてほしいものです。宮滝には「天武天皇の吉野」が、吉野山には、
「後醍醐天皇の吉野朝廷」が感じられる雰囲気の村つくりが進むように願って止みません。        

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<観光地・吉野山>

 観光地としての吉野には、現在「吉野神宮」「村上義光墓」「蔵王堂」「吉野皇居跡」「吉水神社」
「如意輪寺」「後醍醐天皇陵」「水分神社」など、いずれも南朝縁りの名所旧跡です。それよりすこし
古い時代のものとしては、「金峯山寺」「金峯神社」「西行庵」などが挙げられましょう。

吉野山駅前の観光案内
吉野山の寺院遠望

(左)蔵王堂(中)如意輪寺(右)水分神社
 これらの各所名所の中で吉野地区の歴史的中心地は、「金峯山寺」ということになります。
 当寺は、修験道の根本道場・金峯山修験本宗総本山として知られ、その開祖は673年の役行者と
されています。大峰山(山上ヶ岳)山上の修行の地に対して、その麓・吉野山での修験地として重要視
されてきたところです。蔵王堂は、その本堂となります。

 一時、多くの堂塔伽藍と僧徒を抱え、強大な勢力を形成し、後醍醐天皇以下4代57年の南朝を
支えたのもこれら「吉野衆徒」の力によるとされています。
 京都奪回ならず、無念の涙を呑まれた後醍醐天皇の悲願「玉骨はたとひ南山の苔に埋るとも魂魄は
常に北闕の天をのぞまむと思ふ」を叶えるべく、吉野山の「塔尾陵」は、北方の京都に向いています。
 その思いは、延元四年(1339)8月16日から530年後の明治元年に実現できたと見るべき
でしょうか。永い永い忍耐の吉野山待機といえます。
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平成15年8月3日・磯城島綜芸堂・主筆 謹言
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